立派になりましたね。
クリスとディアナが町へたどり着いた頃には、すでに事態はクリスが想像していた以上のものへと発展していた。
「…………」
「え……?」
町へ入ったディアナが、思わず足を止める。
「え、え!? 何ですか、これ!?」
道を埋め尽くすほどの、とてつもない数の人々が集まっていた。アルバードの民だけではない。人間に混じってダークエルフの姿もあり、さらには魔族までいる。老若男女、種族すら関係なく、ただ一目レイズを見ようと、一言でも言葉を交わそうと、人々が一ヶ所へ群がっている。
もはや当主に対する礼節だとか、そういう次元を完全に通り越していた。
そして。
その群衆の中心で。
「ワッショイ!!」
「ワッショイ!!」
「レイズ様ぁぁぁ!!」
「ワッショイ!!」
「…………」
レイズ・アルバードは。
なぜか。
胴上げされていた。
「ワッショイ!!」
宙へ舞う。
「…………」
落ちてくる。
「ワッショイ!!」
また宙へ舞う。
「…………」
レイズの身体には、もはや抵抗するだけの力すら残っていなかった。
何度目なのか分からない宙を眺めながら、その青い瞳からは完全に光が失われている。
「…………俺……旅に……行きたいだけなのに……」
誰にも届かない。
「ワッショイ!!」
「…………」
また飛んだ。
その光景を。
クリスが見逃すはずもなかった。
「…………」
クリスの表情から、すっと感情が消えた。
ディアナが隣で困惑する。
「え、え!? なんでレイズ様が胴上げされているんですか!?」
「…………」
「クリス様?」
クリスの周囲から。
何かが。
メラメラと燃え上がる。
「レイズ様に……」
「え?」
「気軽に触れるなど…………!!!」
「ちょっと!? クリス様!?」
あまりにも禍々しい気配に、ディアナが慌ててクリスの腕を掴む。
「駄目ですからね!? 絶対に何もしちゃ駄目ですよ!? 町の人たちですよ!?」
だが。
そんなディアナの心配は不要だった。
なぜなら。
クリスが何かをするよりも先に。
一人。
また一人と。
町の者たちが気づき始めたからだ。
「…………あ」
「ん?」
「あ…………」
「どうした?」
「…………やば」
その一言が。
波のように広がっていく。
「クリス様だ……」
「え?」
「クリス様が来たぞ……」
「やべ」
「やばい」
「離れろ!」
「道! 道開けろ!」
先ほどまで道を完全に埋め尽くしていた人々が、一斉に左右へ分かれていく。
ザザザザザッ!!
まるで最初からそこに一本の道が存在していたかのように。
綺麗な一本道が出来上がった。
ディアナは唖然とする。
「…………すご」
クリスは何も言っていない。
ただ。
見ているだけである。
しかし、それだけで十分だった。
そして。
ようやく地面へ降ろされたレイズも、周囲の異変に気づいた。
「…………ん?」
静かになった群衆。
開かれた道。
その先。
「…………」
クリスがいる。
その隣には。
ディアナ。
「…………」
レイズの顔が。
僅かに引きつった。
群衆の一人も、震える指を伸ばす。
「み……見ろ……」
「…………」
「あそこに……クリス様とディアナ様が……」
「…………」
その瞬間。
クリスが静かに口を開いた。
「ディアナ」
「はい?」
「ここは私にお任せください」
「え?」
ディアナが首を傾げる。
「何をですか?」
クリスは答えない。
そして。
突然。
ディアナの手を握った。
「…………え?」
そのまま。
高々と掲げる。
「…………えぇ!?」
ディアナの顔が一瞬で真っ赤になった。
「ちょっ!? クリス様!? 何をしているんですか!?」
クリスは群衆へ向かって堂々と宣言する。
「皆!!」
ざわめきが止まる。
「私とディアナが、ここへ来ました!!」
「…………」
「その意味が分かりますか!?」
「…………」
レイズが即座に呟いた。
「いや、分かんねーよ……」
だが。
群衆は違った。
「…………まさか」
誰かが呟く。
「え?」
「まさか……!?」
「クリス様と……ディアナ様が!?」
「そんな!?」
「ついに!?」
「ついになのか!?」
「おおおおおおおお!!」
一気に空気が変わった。
レイズは呆然とする。
「いや……だから、ついに何なんだよ……」
しかし。
これは好機だった。
今まで自分を囲んでいた人々の視線が、完全にクリスとディアナへ向いている。
レイズはそっと荷物を拾った。
誰も見ていない。
「…………」
右を見る。
誰も見ていない。
左を見る。
誰も見ていない。
「…………今だ」
そそくさ。そそくさ。
十四歳の当主が、まるで悪戯をして逃げる子供のように群衆から離れていく。
そして。
その直後。
「クリス様ぁぁぁ!!」
「ディアナ様ぁぁぁ!!」
今度は。
人の波が。
二人へ襲いかかった。
「クリス様! 一体いつからなんですか!?」
「ディアナ様! どちらから!?」
「いつからそんな関係に!?」
「結婚ですか!?」
「式は!?」
「えっ!?」
ディアナの顔がさらに赤くなる。
「ちょ、ちょっと待ってください!? 何の話ですか!?」
クリスは冷静だった。
「何を騒いでいるのですか」
「だってクリス様!」
「隠さず教えてください!」
「隠してなどいません」
クリスは堂々と言い切る。
「私たちは、ただ買い出しに来ただけです」
「うそだぁぁぁ!!」
「嘘ではありません」
「だったらなんで手を繋いでたんですか!?」
「必要だったからです」
「何に!?」
「レイズ様のためです」
「やっぱり意味深じゃないですか!!」
「何がです?」
「クリス様ぁぁ!!」
質問が止まらない。
その頃。
少し離れた場所まで脱出することに成功したレイズは、遠くで人の波に飲まれていく二人を振り返った。
「…………」
クリスが見える。
その隣で。
「ちょっと!? 今誰か私を触りました!? クリス様! どうするんですかこれぇぇ!?」
ディアナが必死に助けを求めている。
レイズはしばらくその光景を眺め。
「…………あいつ、アホだろ」
小さく呟いた。
だが。
すぐに。
少しだけ笑った。
「…………まぁ」
荷物を背負い直す。
「さすがクリスだな」
偶然なのか。
狙ってやったのか。
たぶん。
クリス本人に聞いても、よく分からない答えしか返ってこないだろう。
それでも。
「助かった……」
レイズはそのまま歩き出した。
その言葉は。
当然。
クリスには届いていない。
だが。
何故か。
その瞬間。
クリスが遠ざかっていくレイズの背中へ顔を向けた。
「…………」
そして。
静かに目を細める。
「どうか……レイズ様」
小さく。
本当に小さく。
「ご無事に……」
「クリス様ぁぁぁ!!」
その余韻は一秒で消えた。
ディアナの悲鳴で。
「どうするんですかこれ!? 人増えてますよ!?」
「問題ありません」
「ありますよ!!」
「ディアナ」
「はい!?」
クリスは真剣な顔で頷いた。
「立派になりましたね」
「…………はい?」
「それでこそ、アルバードに仕える者です」
「何がですか!?てかいま言うことです!?」「主人の旅立ちを守るため、自らを盾とする」
「私、何も聞かされていませんけど!?」
「見事です」
「だから意味が分からないですってぇぇぇ!!!」
そんなディアナの悲鳴を背に。
レイズは。
ついに。
町を抜けた。
こうして。
レイズ・アルバードは。
自由な旅路に立ちはだかった最初の難関を。
クリスの助けによって突破することに成功したのである。
その代償として。
ディアナ一人が盛大に巻き込まれたことについては。
誰も触れなかった。
そして町では今。
主人のためにその場へ残り。
自ら囮となって退路を作る。
騎士として見れば、確かに立派な殿の姿がそこにあった。
ただし。
その隣では。
「だから私まで巻き込まないでくださいぃぃぃ!!!」
一人の女性騎士が。
全力で抗議していたのだった。




