病室での報告。
その頃、王城の一室には王国の座位騎士たちがずらりと集められていた。
本来であれば、このような重要な話は王城に設けられた会議室で執り行われるべきものである。ましてや集められているのは、王国でも指折りの力と権限を持つ座位騎士たちだ。それぞれが決められた席につき、厳粛な空気の中で報告を受ける――本来ならば、そうなるはずだった。
だが今日に限っては、そうもいかなかった。
理由は部屋の中央に置かれたベッドにある。そして、そのベッドの上で身体のあちこちを包帯で巻かれ、なんとも言えない表情を浮かべている男――王国座位第二位、デュランにあった。
現在、デュランは治療のためにまともにベッドから動くことすらできない。理由は至って単純である。
グレサスが模擬戦と称して、デュランを徹底的に叩きのめしたからだ。
その張本人であるグレサスはというと、ベッドから少し離れた場所で腕を組み、まるで自分には何の関係もないと言わんばかりの顔で立っていた。
「……なぜ、このような場所で重要な報告を聞かなくてはならないのでしょうね」
デュランが静かに呟きながら、グレサスへ恨めしそうな視線を向ける。その視線を受けたグレサスは、悪びれる様子もなく鼻で笑った。
「許せ、友よ」
「友をここまで痛めつけるとは、大した友情ですね」
「ハッハッハ! 何を言う。生きているではないか」
「そういう問題ではありません」
エルンストは二人のやり取りを前にして、額へ僅かな冷や汗を浮かべていた。他の座位騎士たちも部屋のそれぞれの場所に立ちながら報告を待っているものの、誰一人としてこの二人の会話へ割って入ろうとはしない。
当然だった。
座位第一位グレサス。そして第二位デュラン。この二人が話している時に、わざわざ好き好んで間へ入ろうとする者などそうはいない。
エルンストは小さく息を整えると、ようやく本題へ入った。
「まず皆様へお伝えしなくてはならないことがあります。アルバードとの戦いは――完全に終結しました」
その瞬間、部屋の空気が僅かに変わった。だがグレサスだけは、あからさまにつまらなそうな顔をする。
「そうか」
そして、少し考えるように顎を上げた。
「ヴィルもセバスもいないあそこに、俺も正直それほど興味はない」
ベッドの上からデュランが呆れたように見る。
「レイズとウラトスとの戦いを楽しみにしていたのでは?」
その名前を聞いた途端、グレサスの口角がつり上がった。
「なに。あれらであれば、二人がかりでも俺の相手にはならん。それよりもだ――」
「グレサス様、デュラン様」
エルンストが恐る恐る割って入った。
「話の続きをしても……よろしいでしょうか?」
デュランはすぐに申し訳なさそうに頭を下げる。
「ええ。申し訳ありません。グレサスは放っておいて話を進めてください」
「おい、デュラン。貴様……」
「エルンスト、続きを」
「は、はい」
エルンストはこれ以上脱線させてなるものかと、すぐに話を続けた。
「今回、陛下とレイズ・アルバードとの間で、最終的に四つの条件が結ばれることになりました」
デュランの表情が僅かに変わる。
「四つ……ですか?」
「はい」
「三つと聞いていましたが」
「本来はその予定だったそうです。ただ、四つ目については陛下ご自身から新たに提示されたもので……」
そこでエルンストは僅かに言いづらそうな顔をした。座位騎士たちの視線が集まる中、その内容を口にする。
「近いうちに、レイズ・アルバードは王国学院メルビムへ入学することになるそうです」
一瞬、部屋が静まり返った。
そして次の瞬間。
「ハッハッハッハッハ!!」
グレサスの豪快な笑い声が部屋中へ響き渡った。
「あれほどの男が、今さら学院だと!? ハッハッハ! これは傑作だ! デュラン! 貴様からも教えてやれ! あれが学院へ行ったところで、今さら学ぶことなど何もないとな!」
デュランは眉間を押さえた。
「誰に教えるのですか、本当に……」
「そんなもの陛下に決まっているだろう」
「…………」
デュランの目が細くなる。
「あなたは本当に……」
だが、デュラン自身も今回の決定については疑問があった。
「しかし……陛下はなぜ、そのようなことを?」
周囲の座位騎士たちからも小さなざわめきが生まれる。
エルンストは頷いた。
「詳しい意図についてすべてを伺ったわけではありません。ただ、陛下ご自身がレイズを学院へ入学させることを望まれました。そして、それだけではありません」
「まだあるのですか?」
「はい」
エルンストの表情が真剣になる。
「これより王国は、国力そのものを高めることへ、これまで以上に力を注ぐことになります」
グレサスが眉を寄せた。
「国力を上げる?」
「はい」
「なんだ、それは?」
デュランがため息交じりに答える。
「生活水準を上げるということですよ。民の暮らしを豊かにし、国そのものの基盤を強くするという意味でしょう」
するとグレサスは、本気で意味が分からないという顔をした。
「それでは強くなれないではないか」
デュランが額へ手を当てた。
「グレサス……」
「なんだ?」
「王国は確かに、武力という意味では長く鍛え上げられてきました。騎士を育て、魔族との戦いへ備え、我々座位騎士を頂点として軍事力を高め続けてきた。ですが、国に住む全員が我々のように強くなれるわけではありません」
「当たり前だ」
「ならば、その者たちはどうするのです?」
「?」
グレサスは本気で首を傾げる。
デュランは根気強く続けた。
「どうしても力を持てない者はいる。戦えない者もいる。病を患う者もいれば、満足な食事すら得られない者もいる。その者たちの生活を守ることも、本来は我々騎士が守ろうとしている『王国』の一部でしょう」
グレサスは少し考えた後、当然のように答えた。
「それならば、すでにやっているだろう」
「……何をです?」
「脅威はすべて俺がひねり潰している」
「…………」
デュランは黙った。エルンストも黙った。周囲の座位騎士たちまで黙った。
誰もが思った。
――やはり、この男には伝わっていない。
エルンストが咳払いをして説明を引き継ぐ。
「そういう話ではありません、グレサス様。陛下がお考えなのは、もっと根本的な部分です。たとえば貧困を減らすこと。民が安定して食事を得られるようにすること。生活に必要なものを行き渡らせ、国全体を豊かにすること。そのような政治的な部分まで視野に入れておられます」
「政治……?」
グレサスの顔から一気に興味が消えた。
「そんなものが戦いに何の意味があるというのだ。馬鹿馬鹿しい」
「グレサス」
さすがのデュランも低い声を出した。
「いい加減にしないか」
「…………」
「陛下がお望みになられたことだということを忘れるな」
その言葉には、さすがのグレサスも少しだけ黙った。
「……ふん。ならば好きにすればよい。貴様らはその国力とやらを磨き上げればいい」
「あなたも王国の騎士なのですが……」
「俺には俺の役目がある」
グレサスの口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。
「俺は魔族に備える。あの男との決着をつける必要があるのでな」
「グレサス……」
デュランの声音から呆れが消える。グレサスも今度はふざけていなかった。
「分かっている。こちらから攻め込むことは、もはや叶わぬのであろう?」
「ええ」
「ならば、それで構わん。奴がこちらへ攻めてきた時だ」
その瞳に、戦士としての凶暴な光が宿る。
「その時は必ず――このグレサスが首をちぎり取ってやろう」
誰も笑わなかった。
この男ならば、本当にやる。
比喩でも何でもなく、本当に相手の首を掴み、そのまま引きちぎりかねない。そんな妙な説得力がグレサスにはあった。
しばらくの沈黙の後、デュランが静かに頷く。
「まあ……確かに、あの者は規格外の力を持つ一人です。もし本当に王国へ牙を剥くことがあれば、その時は頼みますよ、グレサス」
「任せろ」
「ただし」
「なんだ?」
「くれぐれも、人に聞かせられる範囲の方法で討伐してください」
「何を言っている?」
グレサスは不思議そうな顔をする。
「倒せれば同じであろう」
「同じではありません」
「なぜだ?」
「…………もういいです」
エルンストを含め、周囲の座位騎士たちから苦笑が漏れた。
王国座位第一位グレサス。そして第二位デュラン。この二人が並べば、それだけで王国屈指の戦力となる。本来であれば、周囲の騎士たちが言葉を発することすら躊躇するほどの存在であり、その強さも、権限も、名声も、他の騎士とは明確に一線を画している。
だというのに。
「それでエルンスト。学院には強い奴がいるのか?」
「……グレサス様は入学されませんよ?」
「なぜだ?」
「なぜと言われましても……」
「レイズが行くのであろう?」
「だから何なのですか」
ベッドの上からデュランの疲れ切った声が飛んできた。
「グレサス。頼むから、これ以上話をややこしくしないでください」
「ふん。つまらんな」
王国最強の男は、心底残念そうに鼻を鳴らした。
エルンストはそんな二人を眺めながら、アルバードから戻る馬車の中でカイネルが語った言葉を思い返していた。
王国は変わる。
いや、変わらなくてはならない。
カイネルがアルバードで見つけたものを王国へ持ち帰り、その思想を少しずつ国全体へ広げていく。それがこれから自分たちに求められる役割なのだろう。
ただ――。
その変化を王国最強の男に理解させるまでには、どうやら相当な時間が必要になりそうだった。




