判断は自身の眼
カイネルの問いに、リオネルもシスティーヌもすぐには答えられなかった。十四歳。自分たちとそう大きく年齢の離れていない少年を、父はグレサスやウラトスと並べるだけではなく、いずれ王と呼ばれる存在にすらなり得るとまで評したのである。それは、これまで王国で語られてきたレイズ・アルバードという人物像とは、あまりにもかけ離れていた。
そんな二人の反応を見ながら、カイネルは懐へ手を入れると、小さな袋を取り出した。そして、その中から一つの石を取り出し、コトッと机の上へ置く。
「父上……これは……」
リオネルが不思議そうに覗き込む横で、システィーヌはすぐにその正体へ気づいた。
「お父様、それは……メモリアルストーンですね? アルバードで生まれたといわれる……」
「ああ。そして、これを発明したのも、その使い方を考えたのも、すべてレイズだ」
「なっ……!?」
リオネルの顔色が変わった。
「何を仰るのですか!? アルバードには優秀すぎるほどの人材がいると耳にしています! それらの者が生み出した発明を、レイズが自分の功績として奪っているに違いありません!」
その言葉を聞いたカイネルは、怒るというより呆れたように息を吐いた。机に置かれたメモリアルストーンへ指先を添えながら、静かにリオネルを見る。
「リオネル。あまりにも愚かなことを言うな。この石は紛れもなく、あやつが生み出したものだ。余は今日、レイズだけを見ていたわけではない。あの屋敷にいる者たちも見ていた」
「ですが……!」
「仮に、お前の言う通りだとしよう。レイズが誰かの功績を奪い、それを自らの発明として振る舞っているのであれば、必ず周囲に歪みが生まれる。どれほど表面を取り繕ったところで、近くにいる者ほどその事実を知るからだ」
カイネルは長く国を治めてきた。地位によって人を従わせることも、恐怖によって口を閉ざさせることも、利益を与えることで表面的な忠誠を得ることもできる。それくらいは知っている。だが、心からの信頼だけは命令では作れない。
「アルバードには優秀な者が多い。それはお前の言う通りだ。だからこそ、なおさら不可能なのだ。優秀な者ほど自らの功績を奪われれば気づく。利用されていると分かれば警戒し、その状態が続けば必ず主へ疑念を持つ。だが、あの場所にはそれが一切なかった」
「…………」
「誰もレイズを疑っておらぬ。それどころか、心の底から信頼し、尊敬している。だが、それはあやつの力を恐れているからでも、アルバードの当主だから仕方なく従っているからでもない。あれらの関係を見れば分かる。皆、自らレイズ・アルバードという人物を主君として認めているのだ」
リオネルは信じられないと言いたげに首を横へ振った。自分が学院で聞かされてきたレイズは、出来損ないであり、愚物であり、人の上に立つ器ではない少年だった。その人物像が、父の言葉によって一つずつ壊されていく。
「そ、そんな……信じられません……」
兄の様子を見ていたシスティーヌも、さすがにリオネルが哀れに思えたのか、今度は兄の側に立つように口を開いた。
「お父様! それらもすべて、王国を……お父様を欺くために見せた芝居だった可能性はありませんか? あそこにはレイバードのイザベルだっているのでしょう? 彼女ならメモリアルストーンの発明に助力した可能性だってありますよね?」
だが、カイネルはその可能性を聞いた途端に笑った。
「それこそあり得ぬ」
「どうしてですか?」
「イザベルがレイズへ向ける感情がどのようなものか、余にもおおよそは分かった。だが、それは己の知識や功績をすべてレイズへ差し出し、レイズのものとして偽るような関係ではない。むしろ逆だろう。イザベル自身もまた、レイズから新たな知識を得て成長している側だ」
「そんなはずは……」
今度はシスティーヌまで眉を寄せる。
「彼女はいつだって何事にも無関心で……でも、アルバードのことになれば違ったはずです。きっと全力で助力したはずですよ? それに本来なら、アルバードは彼女が継ぐという話だって出ていたではありませんか」
「ああ。だからこそ、それが起こらなかったこと自体が答えであろう。もしイザベルの方が当主として相応しく、レイズがただの愚物でしかなかったならば、今のアルバードは存在しておらぬ。そして最後までそれを理解できなかった者が、レオナルディオだ」
その名前が出た瞬間、リオネルの表情が僅かに強張った。カイネルは構わず続ける。
「あの男は、人を駒として見ることに慣れすぎていた。レイズを動かし、イザベルを動かし、自らが望む形へアルバードを導けると考えていた。だが、それは叶わなかった。座位を持つほどの男でありながら、レイズを駒にすることも、イザベルを駒にすることもできなかった。故にレオナルディオは完全に敗れた」
「ですが、それは単に……レイズがレオナルディオより優秀だったというだけではないのですか?」
「違う。勝てる、勝てぬという話ではないのだ」
カイネルはそこで少しだけ笑みを消した。
「存在が大きすぎるのだ。そして、あやつはあまりにも人を惹きつける」
「人を……?」
「ああ。考えてみよ。ウラトスが尋常ではない忠誠を一心にレイズへ向けている。仮にもグレイオンの者だぞ? さらにディアナもそうだ。王国の座位を持ちながら、自らの意思でアルバードへ残っている。しかも今日のあやつを見た限り、実に楽しそうに過ごしていた」
システィーヌもリオネルも黙った。ウラトスもディアナも、王国内でその名を知らない者の方が少ない。それほどの人物たちが、一人の十四歳の少年へ自らの意思で付き従っている。
「そしてイザベルもいる。クリスもいる。他にも多くの者がいる。それほどの人材が偶然一か所へ集まり、全員が芝居をしていると本気で考える方が不自然であろう。これがどれほど異常なことなのか、お前たちにも分かるはずだ」
「…………」
「そして、それはあやつと一度会い、言葉を交わせばなおさら分かる。レイズという少年は、あまりにも人を惹きつける」
カイネルはそこで一度言葉を切り、今日アルバードで交わした会話を思い返すように目を細めた。
「余もな。抗いようもなく、あれには惹きつけられた」
「父上が……?」
リオネルが信じられないように聞き返す。国王カイネルが、ここまで明確に誰かへ惹かれたと認める。その事実自体が、兄妹にとっては異常だった。
「ああ。故に、あれだけは敵にしてはならぬ。いや、敵にはできぬと言った方が正しいかもしれぬな。そして、レイズが持っているその在り方こそが、今後の王国に求められる強さの答えになると、余は言い切れる」
それは、もはや一人の少年への評価というだけの話ではなかった。カイネルはレイズという存在そのものを、これからの王国の在り方にまで重ねている。リオネルもシスティーヌも、あまりにも受け入れ難い話にすぐには言葉を返せなかった。
やがて、リオネルが戸惑いながら口を開いた。
「ですが……父上。そのレイズと、どのように仲良くなれと仰るのですか」
その問いを待っていたかのように、カイネルがニヤリと笑った。
「簡単だ。あやつは間もなく王国へ来る」
「王国へ?」
「ああ。王国学院――メルビムへ入学することになる」
「…………え?」
システィーヌが目を瞬かせ、リオネルも一瞬その意味を理解できなかった。
「レイズが……学院に?」
「ああ」
「どうしてですか?」
「余が条件として出した」
「お父様が!?」
「父上が!?」
兄妹の声が綺麗に重なる。それを見てカイネルは満足そうに笑った。
「十四だ。学院へ通う年齢としては何もおかしくあるまい。そして、あれほどの男だ。余の口添えなどなくとも、最上へ受け入れられることになるだろう」
「最上……ですか?」
システィーヌの表情が固まる。
「最上って……」
リオネルもさすがに黙ってはいられなかった。
「私と同じ等級に、ですか? それこそあり得ません。あそこは学院へ入った者なら誰でも辿り着ける場所ではないのですよ! すでに一定以上の成果を残し、学問、魔法、実技、そのすべてで認められた者が、ようやくして辿り着く場所です! 学院の中でも僅かな者しか認められない!」
だがカイネルは慌てることもなく、机の上に置かれたメモリアルストーンを指先で軽く叩いた。
「すでに、これ一つで十分であろう」
「……え?」
「メモリアルストーンの発明だけでも、あやつは最上に値する。いや、最上の上が存在するのであれば、あやつはすでにそこへ立たせるべき者だ」
「それなら!」
リオネルが思わず身を乗り出す。
「それなら彼が学院へ来る意味などないではありませんか!!」
「その通りだ」
「……え?」
あまりにもあっさり肯定され、リオネルが固まる。カイネルはそんな息子を見て愉快そうに笑った。
「だからこそ、余が呼んだのだ」
「…………」
「学院がレイズを育てるためだけではない。レイズが学院へ来ることで、学院そのものが育つ。そして学院が変われば、王国もまた変わる。余はそれを見たい」
システィーヌも真剣な顔で父を見る。
「あやつを王国へ閉じ込めるつもりなどない。ただ、レイズ・アルバードという存在が王国の若者たちと交わった時、何が生まれるのか。それを余は見てみたいのだ」
そしてカイネルは、改めて二人を順番に見た。
「故にだ。リオネル、システィーヌ。お前たちはレイズと仲良くなるのだ。そして近いうち、レイズを迎えに行くことになる。その際は、お前たちのどちらかを向かわせるつもりだ」
「そんなの私は――!」
リオネルが反発しかけたが、それより早くシスティーヌが口を開いた。
「私が行きます」
「…………」
「私がアルバードへ行きます。そして私自身の目で見て判断します。お兄様と対等に関われるような人物なのか。お父様がここまで仰るほどの人物なのか。私がちゃんと見てきます」
「システィー……」
リオネルが妹を見る。カイネルはその言葉を聞くと、満足そうに笑った。
「それでよい。システィーヌよ、お前が見たものをありのままリオネルへ伝えてやれ。良いところだけを伝える必要はない。疑わしいことがあれば、それもすべて話せ」
「はい、お父様」
「そしてリオネル」
「……はい」
「余の言葉を疑うことも、今は構わぬ」
「ですが……疑ってなど……」
「良い。余とて、あれに会うまではお前と同じだったのだからな」
カイネルは楽しそうに笑うと、ゆっくり立ち上がった。
「だからこそ、システィーヌの目で確かめさせる。その上で、お前自身が考えるがよい。余が正しいのか、お前が正しいのか。あるいは、そのどちらとも違うのか。自分の目で確かめることだ」
「父上……」
「ハハハ! ではな」
それだけ言い残すと、カイネルは来た時と変わらぬ軽い足取りで部屋を後にした。扉が閉じると、一室にはリオネルとシスティーヌだけが残される。
二人はしばらく、父が出ていった扉を眺めていた。それほどまでに、今日聞かされた話は多すぎた。王国では愚物とされてきたレイズ・アルバードを、父は規格外と呼び、人を惹きつける存在と認め、学院の最上すら超えていると評し、さらにはいずれ王になり得るとまで口にしたのだ。
「…………システィー」
やがて、リオネルがゆっくり妹を見る。
「はい?」
「お前なら……間違えることはないと思っている。任せてもいいかい?」
システィーヌの表情がぱっと明るくなる。
「はい! お兄様! わたくしが、レイズ・アルバードの化けの皮を暴いてきますの!」
「…………いや、無理はするな」
「大丈夫ですわ!」
「そういう意味ではない。別に喧嘩をしに行くわけではないんだ」
「もちろんですわ!」
妙に勢いのある返事に、リオネルは少しだけ不安そうな顔をした。それでも妹ならば、自分より先入観なく相手を見ることができると信じている。
「ただ、事実だけを知ってきてくれ。父上が見たというレイズが、本当にそこにいるのか。それだけでいい」
今度はシスティーヌもふざけることなく、しっかりと頷いた。
「はい、お兄様」
そう答えながら、システィーヌは机の上に残されたメモリアルストーンへ目を向ける。小さな石一つ。それだけのものが、今まで兄妹が抱いていたレイズ・アルバードという少年への認識を大きく揺らしている。
果たして父の言葉は正しいのか。それとも、レイズという少年には何か裏があるのか。
「…………楽しみですわね」
「システィー?」
「いえ。なんでもありませんわ、お兄様」
こうして、二人にとってあまりにも受け入れ難かった話は、本人たちの戸惑いなど待つことなく、少しずつ確かな現実として動き始めていく。
そしてレイズ本人は、まだ何も知らない。
自分が学院へ入学するよりも前から、王国の王子には強く疑われ、その妹である王女からは――。
「化けの皮を暴く」
そんな、まったく身に覚えのない目標を掲げられていることを。




