レイズの恐怖
王国から訪れていた一行が、アルバードの屋敷を後にする。長く続いた話し合いは、終わってしまえば驚くほど静かなものだった。屋敷の正面には王国の紋章を掲げた馬車が並び、その周囲では騎士たちが帰還の準備を進めている。少し前までならば、この光景そのものがアルバードにとって緊張の象徴だった。王国の紋章も、騎士も、そして国王カイネルの存在さえも、この土地にとっては決して無条件に歓迎できるものではなかった。だが今は違う。少なくとも、ここにいる者たちはもう知っている。王国とアルバードが、これまでと同じ関係に戻ることはないのだ。
カイネルは馬車へ向かう直前、ふと思い出したように足を止め、レイズへ振り返った。
「そうだ、レイズ。リールにはこちらから遣わせる。準備だけはしておけ」
「……はい」
反射的に答えながら、レイズは一瞬だけ眉を寄せる。
(……リール、王国の使者扱いなんかい)
思わず心の中では突っ込んだものの、もちろん口には出さなかった。ここで余計なことを言って、もう一度話が長くなってしまってはたまらない。
「ではな」
カイネルはそれだけ告げると、今度こそ馬車へと向かっていった。
やがて馬車が動き始める。車輪が土を踏みしめる音と馬の蹄が一定の間隔で響き、王国の騎士たちもそれに続いていく。レイズはその光景を黙って見送りながら、ゆっくりと周囲へ視線を移した。
まず目に入ったのはクリスだった。見るからに落ち込んでいる。少し前にディアナを泣かせた件についてレイズから注意されたことが、相当堪えているらしい。
対して、その少し離れたところに立つディアナはというと、なぜか若干勝ち誇ったような表情をしていた。
(なんで勝った顔してんだよ……)
そう思いながらも、レイズはもはや突っ込む気力すらなく視線を逸らす。
その先にいたのはリアノとリアナだった。二人ともレイズを見つめている。リアナはいつものように明るい表情を浮かべようとしていたが、その目元にはうっすらと涙が浮かんでいた。リアノも胸元で両手を重ねながら、どこか力が抜けたように微笑んでいる。
そして、それは二人だけではない。屋敷の入口や窓、廊下、少し離れた場所から様子を見守っていた使用人たち。その誰もが、それぞれ違った表情を浮かべていた。笑っている者もいれば、涙を流している者もいる。隣にいる者と小さく言葉を交わす者もいれば、ただ黙って空を見上げている者もいた。
長かったのだ。あまりにも長かった。
アルバードという土地が王国からどう見られているのか。いつ何が起きるのか。もし王国が本格的に敵となれば、自分たちはどうなるのか。領民は、家族は、屋敷は、そしてレイズはどうなるのか。誰もが口には出さなくとも、その不安をずっと胸の奥に抱えていた。
それが、たった一度レイズとカイネルが向き合い、言葉を交わしたことで終わった。あまりにもあっけなく、あれほど長く抱え続けていた憂いと緊張が、ようやく終結へ向かったのだ。
「…………」
レイズはそんな光景を眺めながら小さく息を吐いた。本来なら、自分もみんなと一緒に喜んでいいはずだった。肩の荷が下りたと笑っていい。だが――。
(…………どうしよう)
別の問題が、完全に頭の中を占領していた。
そんなレイズの横顔を見ていたイザベルが、ゆっくりと近づいてくる。
「それで……ね? 一体、陛下と何を話したのかしら?」
「……ん?」
「お姉さんに言ってごらんなさい?」
いつもの柔らかな笑顔だったが、なぜか逃げられない圧がある。レイズはしばらくイザベルを眺めたあと、露骨に話を逸らすように口を開いた。
「イザベル……王国の学院に通ってたんだな」
その瞬間、イザベルの笑顔がほんの少しだけ止まった。本当に一瞬だったが、その話題を彼女があまり好んでいないことくらいレイズにも分かった。
「……そっかぁ。聞いちゃったんだぁ」
「まあ……ちょっとな」
「そう。私も数年だけだけどね? お父様に言われて通っていたわ。でも……あんまり深くは聞かないでほしいかなぁ」
いつもの軽い口調ではあったが、その奥にあるものは軽くない。王国の学院で過ごした時間は、イザベルにとって決して楽しい思い出ばかりではなかったのだろう。
「まぁ……そうだよな。レイバードは王国側だとしても、アルバードと……ましてや俺と親戚であるイザベルは……」
そこから先を言わずとも想像は難しくない。アルバードが王国でどんな扱いを受けていたのか。そして、そのアルバード当主と血縁関係にある少女が学院へ通えば、周囲がどのような目を向けるのか。
だがイザベルは、そんなレイズの考えを察したのか少しだけ眉を上げた。
「ちょっと待って。勘違いしてない?」
「何が?」
「私が学院で、誰かから嫌がらせされたとか思ってる?」
「……違うのか?」
「そうねぇ。私自身がどうこうというより……レイズくんのことを、いっぱい聞かされてたかなぁ」
「俺?」
嫌な予感がする。レイズは少し考え、それから恐る恐る尋ねた。
「俺って……学院ではどんな扱いされてたんだ? アルバードがどう思われてたのかも知りたいし」
「…………」
珍しくイザベルが言い淀む。
すると、その横から一切の容赦もなく答えた者がいた。
「裏切り者です」
レイズがゆっくり振り向く。
「……クリス」
「はい」
「裏切り者……か」
「王国にとってアルバードという土地は、長らくあまりにも扱いづらい存在でした。王国へ完全に従属するわけでもなく、かといって容易に切り捨てることもできない。独自の戦力を持ち、独自の判断を行い、それでいて王国のすぐ近くに存在する。王国側からすれば、邪魔だったでしょう」
「言い切るなぁ……」
「事実ですので。ゆえに、学院でどのような教育が行われていたのかも想像できます」
レイズは少し黙ったあと、ふと別の疑問を抱いた。
「そういえばクリス。お前は学院に通ったことないのか?」
「ありません。私はグレイオンでしたので」
「……あぁ」
その一言だけでレイズも妙に納得してしまう。
「グレイオンは勉学よりも鍛錬を重視する家系でした。幼少より剣と魔法、戦闘技術を叩き込まれます」
「まぁ……グレイオンなら学院で学ぶ必要もなさそうだよな」
「はい。私もグレサスも若くして座位を授かっていましたので」
「…………なぁ」
「はい」
「グレサスはともかくとしてだ。クリスが座位って……何位だったんだ?」
「四位ですね」
「…………四位?」
「はい」
「王国の?」
「はい」
あまりにも普通に返されたせいで、レイズの方が理解に時間を要してしまった。
すると横からディアナが小さく笑う。
「そうですね。クリス様が抜けたことで空いた席に、後から私が入りましたので」
「……え?」
レイズは今度はディアナを見る。
「ディアナ、クリスを知ってるのか?」
「知っているも何も……学院を通さず、それほど若くして座位を授かる家名なんて、当時はグレイオンくらいしかありませんでしたから」
「そんなに特殊なのか」
「特殊です。私はその頃、まだ学院に通っていました」
「へぇ……」
レイズは改めてクリスを見る。現在ですら二十二歳。そのクリスがさらに若い頃には、すでに王国座位第四位だったというのだから、やはりグレイオンという一族は普通ではない。
そこでレイズは、ふと別のことを思い出した。
「あ、ディアナ。そういえばさ」
「なんでしょう?」
「王国との争いはもうなくなったわけだろ? だったら、その……フォルセティアって家にも戻れるんじゃないか? つまり、お前の家族とかさ。今なら会いに行けるんじゃないかと思って」
その言葉にディアナは目を瞬かせ、少ししてから「あぁ」と納得したように笑った。
「違いますよ、レイズ様。フォルセティアという家名は、私が座位を授かった際にいただいたものです」
「……え? じゃあ元々の家名じゃないのか?」
「はい」
また知らないことが出てきた。レイズは首を傾げる。
「なんか色々気になること増えてきたんだけど……座位を授かると、みんな家名をもらうのか?」
「基本的には違います。元々貴族であれば、その家名をそのまま名乗ります。ですが私は……貴族ではありませんでしたから」
「そうだったのか」
「はい。それに……父は戦争で命を落としています」
レイズの表情が変わる。ディアナは遠くを見るように視線を動かし、そのまま静かに続けた。
「母も……私を学院へ通わせるために必死でした。そして、私が座位を授かった頃に亡くなりました」
「…………そうなんだ。悪かった」
「なぜ、レイズ様が謝るのですか?」
「いや……辛い記憶だろ」
ディアナは少しだけ目を細めた。
「ええ。辛くないと言えば嘘になるかもしれません。でも、それだけ王国が目指していた思想は……私たちにとって強いものだったんです。だから私も、そのために頑張りました」
「そっか……みんな戦いに出るために努力してたんだな」
「違います」
すぐに否定されたことでレイズが顔を上げる。
「え?」
「戦うためではありません。守るために、です」
「守る……か」
レイズはその言葉を反芻しながら、どこか寂しそうに笑った。
「なんでだろうな。みんな、大事なものを守りたいだけなのに。守るために戦って、戦えば誰かの大事なものを奪って、奪われた側もまた自分の大事なものを守ろうとして戦う。……ほんと、矛盾してるよ」
ディアナもすぐには答えなかった。少しだけ遠くを眺めたあと、静かに返した。
「……今なら、私もそう思えます」
束の間、穏やかな空気が流れる。
だが、それを切り替えるようにイザベルが口を開いた。
「ところで……なんで学院の話をいきなりしたの?」
「…………」
レイズの肩がぴくりと動く。
「ねぇ?」
「いや、その……」
「うん?」
「……アルバードの人間が学院へ通うことを、王様が許可してくれたんだ。だからこれからは、アルバードの人間でも王国の学院に行きたいなら行ける」
「えぇ……あんなところに……?」
「おい、卒業生」
「だってぇ……」
そこへクリスが当然のように口を挟んだ。
「今さら学院で学ぶことなどありません」
「お前はそうだろうな」
「いいえ。アルバード全体の話です。ここでレイズ様と様々な発明を行い、新たな技術を生み出し、文明そのものを発展させる方が学院で学ぶより遥かに有意義です」
「いや、そこまで言うか?」
「事実です」
そしてクリスは少しだけ考え、何か素晴らしい案でも浮かんだかのように顔を上げた。
「ですのでレイズ様。アルバードに学院を設立してはいかがでしょうか」
「……嫌な予感するんだけど」
「名称は、レイズ学院で」
「なんだよそのレイズ学院って!! もう少しひねれよな!?」
「では、レイズ・アルバード学院」
「名前増やしただけじゃねぇか!!」
イザベルが堪えきれず吹き出す。
「あははっ。でも……学院ねぇ。基本的には兵法だったり、魔法への理解を深めたりする場所よ。魔法の研究もするし、まだ解明されていない現象を調べたり、そこから新しい魔法や道具が生まれることもあるわ」
「へぇ……」
素直に感心するレイズだったが、途中でイザベルの言葉が止まった。
「……あ」
「どうした?」
「レイズくんの知識って……学院に持ち込んだら、とんでもない貢献をしそうよね?」
「…………」
レイズはそっと目を逸らした。
その反応を見て、イザベルの目がすっと細くなる。
「へぇ……なるほどぉ」
「な、なんだよ」
「つまりレイズくん、学院に入学するつもりなの?」
「何を馬鹿なことを」
答えたのはレイズではなくクリスだった。
「学院程度の知識などレイズ様には不要です。レイズ様が、まさかそのような場所へ通うなどありえません」
「…………」
レイズは黙って頬をぽりぽりと掻く。
イザベルも笑顔で続ける。
「それもそっかぁ。レイズくんが自分から学院に行きたいとか言うわけないものねぇ?」
まさに釘を刺されている気分だった。この先の言葉を言うなと、二人から無言で圧をかけられているようにすら感じる。
「ち……違うんだ」
「何が?」
「学院には、その……ほぼ強制というか……」
「そんなはずありません」
ディアナが即座に首を傾げる。
「陛下は、そのように無理やり入学させる方では――」
「あ」
そこでイザベルが何かを思い出したように手を叩いた。
「そういえば陛下、さっき言ってたわよね? 格好良かったって。まさか……ねぇ?」
その瞬間、レイズの中で何かが切れた。
「ぁぁぁああ!! 分かったよ!! 陛下が条件を出すっていうから、内容も聞かずに二つ返事で『できます』って答えたんだよ!!」
一気にまくし立てる。
「でもまさか、それが学院に入学しろなんて話だと誰が想像できるんだよ!? つい最近まで敵だったんだぞ!? 普通思うか!? ありえるか!?」
「レイズくん……」
「断ったよ!? 俺だってちゃんと断ったんだよ!? でも!」
レイズはほとんど涙目になっていた。
「断れなくなったの!!」
イザベルは額へ手を当て、深いため息をついた。
「はぁぁぁ……」
その隣ではクリスの目つきが険しくなる。
「レイズ様の弱みにつけ込むとは……許せません」
「いや俺が勝手に返事したんだけど」
「国王といえど、このような――」
「聞けよ!!」
そんな二人のやり取りを眺めていたディアナが、ぼそりと呟いた。
「だから……格好をつける前に止めなくてはいけないと、私は言っていたではありませんか」
クリスの眉がぴくりと動く。
「……まだその話を?」
「事実でしょう?」
「ディアナ、貴様――」
スパァァンッ、と乾いた音が響いた。
いつ取り出したのか分からないハリセンのようなものが、クリスの頭へ振り下ろされている。握っているのはもちろんレイズだった。
「クリス!! いいか! ディアナを怖がらせるな! いいな!?」
「な……な……私は怖がらせてなど……」
「怖いんだよ!!」
イザベルまで呆れたように口を挟む。
「クリス、あなたが本気で声を荒らげたら、大半の女の子は普通に怖がるわよ。というか男だって怖がるわ。元王国座位第四位の男が本気の顔で詰め寄ってくるのよ? 怖くない方がおかしいでしょう」
「私はそこまで――」
「出ていますよ」
ディアナが淡々と補足した。
「かなり」
「…………」
クリスは珍しくショックを受けたように黙り込んだ。
そんな彼を横目に、レイズは大きく息を吐き、その場にへたり込む。
「はぁぁぁ……無理だよぉ。みんなどうしたらいい……学院なんて……」
すると、元気な声が上がった。
「はい!」
リアナが勢いよく手を挙げている。
「私、行ってみたいです! レイズ様、私がついていきます!」
「何を言っているのですか!! リアナ!!」
「ひゃっ!?」
クリスの声にリアナが肩を跳ねさせ、しゅんと縮こまる。
レイズは無言でハリセンを持ち上げた。
「……クリス」
「……申し訳ありません」
「今言ったばっかだろ」
「しかし」
「声」
「……はい」
クリスは明らかに不満そうだったが、今度は声量を落とした。しかし次に口にした言葉で、周囲からさらに呆れられることになる。
「ですが、レイズ様が行かれるというのであれば、このクリスも学院へ入学いたします!」
しん、とその場が静まり返った。
イザベルが心底呆れた顔をする。
「クリス……学院はね、だいたい十歳から十八歳くらいの子が通う場所なの。そこに二十二歳の男が入れるわけないでしょう」
「私は……まだ二十二です!」
「いやどう考えても無理だろ! アホか!」
「十八歳との差は四年しかありません!」
「その四年がデカいんだよ!!」
「しかし私はレイズ様の護衛として――」
「護衛が生徒になろうとするな!!」
イザベルもこめかみを押さえる。
「二十二歳の男が十歳くらいの子と同じ教室で机並べてたら、別の意味で問題になるわよ」
「年齢など戦闘能力には関係ありません」
「学院は戦場じゃないのよ!!」
もはや誰もクリスを止められない。
そんな中、リアノが控えめに手を挙げた。
「あの……それなら、私とリアナなら行けるのでは……? 年齢的にも問題ありませんし、それにレイズ様に何かあった時、側にいることもできます……よ?」
リアナも嬉しそうに何度も頷く。
だがレイズは、そんな二人を見ながらゆっくりと首を振った。
「リアノ……お前は学院でこれから起きることを知らないから、そんな簡単に言えるんだ……」
妙に低く、深刻そうな声だったため、リアノの表情が一気に強張る。
「一体……何が起きるのですか……?」
レイズは俯き、重々しく口を開いた。
「まず……俺の私物は隠されるだろう」
「…………」
「そして、俺と目を合わせてくれる同年代の子なんていない。廊下を歩けば陰口が飛び交う。教室に入ったら急に会話が止まる。机にはなんか書かれてるかもしれないし、靴だってなくなるかもしれない。昼飯を食おうとしたら誰も隣に座ってくれないかもしれない……」
「…………」
レイズの表情はどこまでも本気だった。
「それだけじゃない。アルバードに仕えているリアノとリアナも、女の子特有の陰湿ないじめに遭うかもしれないんだぞ……!」
再び、しんと沈黙が落ちる。
そして数秒後。
「……ふっ」
イザベルの肩が震え始めた。
「ふふっ……あははははは!!」
「なんだよ!?」
「なにその具体的な話! まるで経験したことあるみたいじゃない!」
「経験しなくても分かるだろ!? アルバードはただでさえ裏切り者の烙印を押されてるんだぞ!? その教育を受けた子供たちだぞ!? 絶対俺のこといじめるだろ!!」
イザベルは完全に腹を抱えていた。
「レイズくん……そんなことが怖いの!?」
「はぁぁ!? 怖いだろ!? どう考えても!!」
「だって、ここで過ごしてた頃なんて命を狙われ続けてたんでしょう!? 今さら同年代の子に多少何か言われたくらいで……あははは!」
「それとこれとは違う!!」
「何が違うのよ!」
「命を狙われるのと人間関係は別問題だろ!! うるさい! 俺はデリケートなんだよ!!」
その一言で、とうとうディアナまで耐えられなくなった。
「ふっ……ふふっ」
「ディアナ!?」
「も、申し訳ありません……」
そう言いながらも口元は完全に緩んでいる。
無理もない。アルバードの当主となり、幾度も命を狙われ、魔族と戦い、王国の騎士たちとも刃を交え、学院を主席で卒業するような実力者とも戦い、さらには王国座位第二位であるデュランとすらやり合った少年が、同年代から陰口を言われることには本気で怯えているのだ。
リアナもつられてくすくす笑い始め、リアノまで口元を手で隠している。
「リアノ!?」
「も、申し訳ありません……笑ってません……」
「じゃあこっち見ろ!」
「…………」
「目逸らすな!!」
もはやイザベルは腹を抱え、ディアナも肩を震わせ、リアナも楽しそうに笑っている。
だが、そんな中でただ一人。クリスだけは一切笑っていなかった。
「……大丈夫です」
「…………ん?」
レイズが振り返ると、クリスは恐ろしいほど真剣な表情をしていた。
「レイズ様。学院で何が起きようとも、ご安心ください」
「何がだよ……」
「レイズ様の私物を隠す者がいれば探し出します。陰口を叩く者がいれば特定します。机に何かを書く者がいれば必ず捕らえます」
「……クリス?」
「そしてレイズ様を傷つける者は、このクリスが――」
「やめろ」
「必ず消します」
レイズの顔から一気に血の気が引いた。
「お、おまっ……絶対ダメだぞ!?」
「ですが」
「ダメ!!」
「レイズ様を侮辱するような者を放置するなど――」
「相手は子供だから!!」
「年齢は関係ありません」
「関係あるわ!!」
「敵意を向けるのであれば――」
「学院生を敵判定するな!!」
「ですが――」
「バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
レイズの悲痛な叫び声が、アルバードの空へ高々と響き渡った。
少し離れた場所では、その声を聞いた使用人たちが顔を見合わせる。つい先ほどまで、王国との長い対立が終わったことに涙を流し、肩を震わせるほど安堵していた者たちだ。だが屋敷から響いてくる、あまりにも聞き慣れたいつもの叫び声を耳にすると、一人の使用人がふっと笑った。
「……当主様ですね」
隣にいた者も笑う。
「ええ。いつもの当主様です」
その言葉をきっかけに、小さな笑いが周囲へ広がっていった。
王国との争いは終わった。アルバードを長く覆っていた巨大な不安も、ひとまず去った。これから王国とアルバードがどのような関係を築いていくのかは、まだ誰にも分からない。問題がすべて消えたわけでもない。それでも、今日までとは違う明日が来る。そのことだけは確かだった。
そしてレイズ・アルバードにも、新たなる戦いが待っている。
剣でもない。
魔法でもない。
魔族でもなければ、王国との戦争でもない。
――学院生活。
敵意を向ける騎士よりも、恐ろしい魔族よりも、命を狙う暗殺者よりも。
同年代の少年少女たちから向けられる冷たい視線の方が、もしかするとレイズにとっては、よほど恐ろしいものなのかもしれなかった。




