威厳あるレイズ
リールは案内された部屋に通されると、深く息を整え、
レイズの前で静かに膝を折った。
「――レイズ様。
デュラン様のおかげで、無事カイネル王のもとへ辿り着くことができました。」
レイズは窓際に立ち、腕を組みながら静かに頷く。
朝の光が背中を照らし、その横顔は妙に“当主らしい”威厳を帯びていた。
「そうか。それで、話はどうなった?」
リールは少し緊張した面持ちで続けた。
「はい。レイズ様のご提案……王国は、“手を出さない”と約束してくれました。」
「……そうか。」
レイズの唇がゆっくりと緩む。
背中を向けたまま、低く落ち着いた声で告げた。
「リール。お前の働きは多くの命を救った。誇りに思え。」
その言葉に、リールの胸は熱くなる。
「はっ、ありがとうございます……!」
だが、すぐに顔を曇らせた。
「……ですが、条件がございます。」
レイズは顎に手を当て、わざと重々しくうなずく。
「条件、ね。予想はついている。」
「魔族が攻撃してきた場合の反撃許可……そして、メモリアルストーンの応用技術の開示を求められました。」
「ふむふむ。そんなところだろう。」
レイズは余裕の笑みを浮かべ、完全に勝者の顔だった。
「……そして最後に。」
リールは少し間をおいて言葉を選んだ。
「王自ら、アルバードに来て……
レイズ様と“直接”お話をしたいと。」
――その瞬間。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
屋敷中に轟く絶叫。
壁がびりびりと震え、クリスたちの会話が一瞬で止まる。
リールはびくっとして背筋を伸ばした。
レイズは髪を掻きむしりながら叫ぶ。
「な、な、なんで王様がくんだよ!!?こっちが行く流れだろ普通ぅ!!!」
リールは小さく呟く。
「……陛下が、“礼を尽くすべきは王の側だ”と仰っておられました。」
「そんな筋通さなくていいんだよぉぉ!!!」
レイズの絶叫が再び響く。
屋敷の外では、イザベルがため息をついた。
「……また始まったわね、うちの“当主様”。」
「そ、それで――いつ来るんだぁ!?」
先ほどまでの威厳など、どこにもなかった。
レイズは机に手をつき、半ば叫ぶようにリールへ詰め寄る。
リールは目を丸くしながらも、冷静に答える。
「は、はい……。
私が出発したのが昨日で、到着したのが今日ですので……
早ければ、明日には……。」
「早すぎだろおぉぉぉ!!!」
レイズは頭を抱え、部屋をぐるぐると歩き回る。
「普通そういうのって、三日とか!一週間とか空けるもんだろ!? 段取り!準備!心の整理ィ!!」
リールは苦笑しながら、恐る恐る続ける。
「……それと、複数の“座位騎士”も同行するそうです。
王は、“対等に話をするためだ”と……。」
レイズの顔が青ざめた。
「だ、誰が来るって!? ま、まさか……グレサスとデュランじゃねぇだろうな!?」
「い、いえ……それは私にも分かりません。
ですが、デュラン様とグレサス様は訓練所で決闘されたとかで……。」
「はあぁぁ!?なんで決闘してんだよ!!!?」
レイズは絶叫し、椅子をひっくり返す。
リールは完全に冷静さを失った当主を前に、ひたすら恐縮するしかなかった。
「で、デュラン様はその……重傷とのことで……。」
レイズは口を開けたまま固まり、
次の瞬間、全力でツッコんだ。
「グレサスなにやってんだよ!! あほなのかぁぁ!!?」
部屋の外では、イザベルたちがそっと耳をそばだてていた。
イザベル「……聞こえた?」
ディアナ「ええ、ばっちり。“あほなのかぁぁ!”まで。」
リアノ「レイズ様……心臓に悪いです……。」
リールの報告がすべて終わったあと、
部屋には静寂が落ちた。
「……そうか。ご苦労だった、リール。」
低い声でそう告げるレイズ。
だが、その手は小刻みに震えている。
威厳を保つどころか、心の中は大嵐だった。
リールが部屋を辞すと同時に、
レイズはゆっくりと立ち上がり、
屋敷の廊下を歩き始めた。
右へ、左へ、また右へ。
「……くそっ、どうすりゃいい……!?」
独り言が漏れる。
廊下を往復するたび、焦りと不安が形を変えて渦を巻いていく。
「明日って……明日って、ほんとに明日なんだよな……?」
誰もいない廊下で、誰にともなく問いかける。
イザベルたちは遠巻きにその様子を見ていた。
「完全にパニックモードね……」
イザベルが小声で笑う。
リアノは両手を胸に当てながら、
「でも、レイズ様らしいです……」と呟いた。
レイズは屋敷の角を曲がり、再び反対側へと戻ってくる。
足取りはどこか落ち着かず、
頭の中では王の顔、騎士たちの姿、グレサスの怒号が
入り混じっていた。
「やべぇ……服どうしよう……挨拶の言葉も考えてねぇ……!」
そう言ってまた、レイズは廊下を一周する。
――威厳ある当主、遠し。




