落ち着かない日々
リールは一度、静かに目を閉じて覚悟を決めるように息を吸った。
「……はい。それでは、ここではなくて……どこか別の部屋で……」
その声音にレイズは頷き、すかさず声を張り上げる。
「そうだな! その通りだ! おい、お前たち、何をしている。私とリールを案内するのだ!!」
「ほら、さっさとこっちに来なさい、二人とも」
イザベルが半ば呆れた顔で促す。
案内に従い、二人は屋敷の奥へ進んでいく。
その背を見送りながら、リアノは頬を赤く染めてつぶやいた。
「……本当に……好きでたまらないです……」
その隣でディアナがニヤリと笑みを浮かべる。
「うかうかしてると、クリス様に取られちゃうわよ? 愛しのレイズ様」
「そ、そ、そ、それは……そうなんですか!? クリス様!」
リアノは慌ててクリスを見つめる。
クリスは何のことやらまったく分かっていないようだが、はっきりと言い放った。
「安心してください。私はすでにレイズ様のものですから!」
屋敷の空気が一瞬で凍りつく。
リアノの口は“あ”の形で止まり、ディアナは吹き出しそうになるのを必死にこらえる。
イザベルは頭を抱え、「もうだめだこの人たち」と、小声で呟く。
それまで静かに様子を見ていたリアナが、ふと口を開いた。
「……ところで、そのレイズ様への告白って、どうなったんですか?」
その声に、空気が一瞬で止まる。
あの時──彼女たちが一斉にレイズに思いを伝えたあの夜のこと。
しかしレイズは、まるで何事もなかったかのように日々を過ごし、
リアナ自身、その無反応に胸の奥を小さく痛めていた。
イザベルは肩をすくめて微笑む。
「今はレイズくんも、まだ恋を意識する時間がないだけよ。
だから、私たちは待つしかないわね」
リアノは小さく頷き、少し恥ずかしそうに言った。
「そ、その……意識はしていると思います。
たまに、そんな言葉を……出しますので……」
その一言に、一同が一斉に反応する。
「はぁ!?どんなこと言われたの!!?」
リアナは思わず笑ってしまい、「やっぱりリアノなんだぁ」と呟く。
ディアナは眉をひそめ、冷静に口を挟んだ。
「たぶん、いろいろと誤解がありそうな気がしますけど……」
そこへクリスが、まるで謎が解けたかのようにうなずく。
「えぇ、レイズ様は確かに意識しています。
皆様との未来を。
そして、皆様の幸せを。
なにより──!!私の忠誠を!!」
そのテンションの上がりように、場が思わず和む。
「クリス様……」ディアナが半ば呆れたように言う。
「レイズ様以外のことも、ちゃんと見てあげてくださいね?」
「もちろんです!」クリスは胸を張った。
「私は皆様のことを信用しています。ですから、このクリスに何でも相談してください!
必ずお役に立ちます!」
ディアナはぼそっと、小さな声で尋ねた。
「……じゃあ、あなたのことを愛してるって人が出てきたら、どうするの?」
クリスは真剣な表情に戻り、しばし考えた後、きっぱりと答えた。
「私のことを……愛している、ですか。
それは……真髄に受け止め、その人を私は理解します!」
そのやりとりを見ながら、イザベルは小さくつぶやいた。
(もしかして……ディアナさんって、クリスのこと……?)
部屋の外では、女たちの談笑が続いていた。
恋だの忠誠だのと、それぞれが思い思いに語り合う声。
笑い声とため息が混じり合う、穏やかな時間だった。
ディアナが何かを言いかけたその瞬間――
屋敷全体を震わせるような怒声が響き渡った。
「――はぁぁぁ!?!?」
音が一瞬、空気を裂いた。
まるで爆発でも起きたかのように、鳥たちが一斉に飛び立つ。
その声の主はもちろん、レイズである。
一同がピタリと動きを止め、顔を見合わせる。
「……で、でた……」とイザベル。
「れ、レイズ様……何かあったのでしょうか……?」とリアノ。
ディアナは苦笑しながら、
「まぁ、たぶんリールさんの報告が“予想外すぎた”んでしょうね」と呟いた。
そして誰もが、心の中で思った。
――“やっぱり、落ち着く日は、まだ遠い。”




