威厳モード
こうして――屋敷では、レイズがそそくさと準備を始めていた。
その動きは、まるで“大切な人が急に家に訪れる前の受け入れ準備”そのものだった。
机の上の書類を整え、椅子の角度を微調整し、服の皺まで念入りに確認するレイズ。
その真剣さに、部屋の空気すらピリついていた。
そんな様子を見て、イザベルが呆れたように言う。
「クリスと一緒に寝たら、やけに元気じゃない……?」
レイズは即座に振り返り、眉を吊り上げる。
「バカにしてる!?」
リアノは両手を胸に当てながら、感心したように頷いた。
「クリス様はすごいです。一夜を共にするだけで、あそこまでレイズ様を取り戻すなんて……」
その言葉にディアナが吹き出しそうになる。
「ちょ、ちょっと待って。男二人で寝て元気になるって……レイズ様って、まさか……?」
リアノは真剣な顔で遮る。
「違います! クリス様はレイズ様にとって欠かせない、すごいお方なんです!」
どこか誇らしげに言い切るリアノ。
「……いや、そういう意味じゃないんだけど……」
イザベルは額を押さえ、呟いた。
そんな中、リリアナが少し咳き込みながらも、せっせとレイズの服の襟を整えている。
「その、リリアナ。体調があまり良くないなら、休んでくれ」
レイズが心配そうに声をかけると、すぐにクリスも口を添えた。
「ええ、ここは私たちにお任せください。リリアナさんはお休みを」
リリアナは優しく微笑み、静かに頷いた。
「ほんとに……頼りになりますね、あなたたちは」
そう言って、そっとレイズの頭を撫でる。
「それでは、お言葉に甘えて少し休みますね」
その包み込むような仕草に、場の全員が息をのんだ。
イザベルは小声で呟く。
「……ほんと、レイズくんの扱いがいちばん上手だよね、リリアナは」
しかし当の本人、レイズはそんな空気をまったく気にしていなかった。
むしろ、ますますやる気に満ちていた。
「よし、お前たち! そこに並び立て!」
「えっ、はいっ!」
言われるがまま整列する一同。
次の瞬間、どこから持ってきたのかわからないほど立派な椅子を中央に置き、レイズは堂々と腰を下ろした。
腕を組み、わざと低い声を出す。
――完全に“威厳モード”である。
イザベルは口元を押さえながら、肩を震わせていた。
「ほんとにバカじゃないの……!」
そのとき、屋敷の扉がゆっくりと開く。
重厚な光が差し込み、帰還したリールの姿が現れた。
旅の疲れを感じさせる衣をまといながら、彼は静かに一歩、二歩と中に入る。
そして――目に飛び込んできたのは、威厳たっぷりに玉座めいた椅子へ腰掛けるレイズの姿。
「こ、これは……!!」
リールはあまりの光景に、言葉を失った。
レイズはゆっくりと立ち上がり、低く響く声で言い放つ。
「ククク……よく帰ってきたな、リール。
俺は、この時が来ることを知っていた。
――さあ、話すがよい。」
どこか上機嫌である。
離れた場所からその様子を眺めていたヴェルは、静かに笑った。
「さすがは、我と盟約を交わすだけの男だ……。
方向は間違っているが、努力は本物だな」
隣のエルイは、少し頬を染めながら微笑んだ。
「ほんとに……そういう見栄を張るところが、かわいいですね」
ヴェルはちらりと彼女に目を向ける。
「だが、そんな男を――お前は好いているのだろう?」
エルイは一瞬表情を変えずにいたが、耳だけがほんのりと赤く染まっていた。
「……はい。ですが、私の想いが届くことはないでしょうけど」
どこか切なげに、けれど誇らしげに。
その言葉は、屋敷の柔らかな空気に溶けていった。




