暖かな友人
静かな部屋
窓から差し込む朝の光が、薄いカーテンを透かして揺れていた。
デュランはベッドに横たわり、全身に巻かれた包帯の隙間から、まだ微かに脈打つ痛みを感じている。
そのそばに、グレサスが腕を組んで立ち、窓の外をじっと眺めていた。
「……グレサス。」
デュランはかすれた声で呼びかける。
「私は、決して……あの魔族が、お前より強いなどとは思っていない。」
グレサスは振り返らないまま、低く返す。
「ああ、分かっている。」
デュランは瞼を閉じ、息を整えながら続けた。
「……ただ、あの魔族が使った“魔法”――いや、もはや魔法と呼べぬものだ……。
あれは、得体の知れない“力”でもない。
まるで……見えない生き物が、私の体を貪り喰らうような感覚だった。」
言葉を口にするだけで背筋に寒気が走る。
「……抵抗など、できはしない。
魔力で防げるものでもなく、強い肉体でも防げるものでもない。
あんな感覚……生まれて初めてだった。」
デュランの拳が、布団の上で小さく握られる。
グレサスは沈黙を保ったまま、窓の外を見つめているが、その瞳の奥には微かに揺らぐ影があった。
「……お前の感じた恐怖は、俺にも届いている。」
グレサスはようやく、静かにそう言葉を落とした。
デュランは目を開き、グレサスを見上げる。
その瞳は、敗北を嘆くものではなく、未知に触れた戦士の色をしていた。
病室に、ゆるやかな風が吹き込んでいた。
白いカーテンがふわりと揺れ、陽光が二人の間をやわらかく照らす。
デュランはまだ包帯に包まれた体を横たえたまま、静かに天井を見つめていた。
一方、グレサスは窓辺に立ち、外の光を受けながら黙って腕を組んでいる。
しばらくの沈黙のあと、グレサスが口を開いた。
「……それよりもだ、デュラン。」
「ん?」
「お前、俺の頭に――頭突きなんてしてくるとはな。」
わざと真面目な声で言いながらも、口元に笑みを浮かべる。
「おかげで少し怪我をしたぞ。」
そう言って、彼はこめかみを指でなぞった。
デュランは苦笑いを浮かべる。
「……あれは反射的に出ただけだ。まさかお前の額があんなに硬いとは思わなかった。」
「ははっ、言ってくれるな。」
グレサスは軽く笑い、再び窓の外へと視線を戻した。
陽の光がその頬の古傷を照らす。
デュランは、その傷に目をやる。
「……その傷。あの時のものだな。」
「どの時の話だ?」
「かの化物たちが、お前に残したものだろ。
ヴィルやセバス……そして“あの化物”と、“魔族紛いの男”。
教えてくれ、あの戦いのことを。」
グレサスはしばらく無言だった。
風が窓枠を揺らし、静かな音を立てる。
やがて彼は、重い口をゆっくりと開いた。
「……いいだろう。」
椅子を引き寄せ、デュランのそばに腰を下ろす。
「報告では結果だけを伝えた。だが、あの時の“本当”を知る者は、俺たち数人だけだ。」
デュランはわずかに上体を起こし、静かに頷いた。
「――ヴィルは、あの戦場で命を張った。
化物を庇い、自分の身を盾にしてな。
静かに時が流れていた。
窓の外では風が梢を揺らし、光がやわらかく部屋の中に差し込む。
グレサスとデュラン――かつて剣を並べ、同じ理想を掲げた二人。
戦場では何度も拳を交え、そして時に反目し合った。
だが今、こうして穏やかに言葉を交わしている姿は、どこか懐かしく、そして不思議なほどに温かかった。
「……そういえば、お前、昔から剣を振るう時に笑っていたな。」
グレサスがふと呟く。
デュランは目を細めて笑った。
「笑っていなきゃ、怖くて動けなくなる。
俺はお前みたいに、“強さ”そのものを信じることができなかったからな。」
グレサスは鼻で笑うようにして、しかしその表情はどこか優しい。
「さっきまでなら俺なら、“臆病者”とでも言い捨てただろうな。」
「だろうな。」
デュランも笑って返す。
しばし沈黙が流れる。
けれどその沈黙は、重苦しいものではなかった。
戦いの記憶の向こうに、互いの“人間らしさ”を確かめ合うような、やわらかい空気がそこにあった。
窓辺に立つグレサスの横顔が、少しだけ和らぐ。
かつて傲慢で、強さにのみ価値を見いだしていた男の瞳に、わずかな穏やかさが宿っていた。
「……なぁ、デュラン。」
「ん?」
「俺はずっと、“勝つこと”だけが正しいと思っていた。 強ければ、それでいいと。
けど――今は少し違う。」
「それは、お前が“強さ”を知ったからだろ。」
「違うな。」
グレサスはわずかに笑みを浮かべ、窓の向こうの光を見つめた。
「……お前みたいな奴が、まだ立っているのを見た。」
デュランは小さく息を漏らし、目を閉じた。
「なら、俺がもう少し生きててよかったな。」
二人の間に笑いがこぼれる。
その音は、遠い昔の友情がほんの少しだけ――再び灯り始めた証だった。




