理性と傲慢
王の間に、静寂が降りた。
誰もが言葉を失い、ただ石の床を撫でる風の音だけが響く。
その中で、デュランが静かに口を開いた。
「……陛下。ひとつ――お許しをいただきたいことがございます。」
王は、顔を上げる。
その声には疲労と緊張が混じっていた。
「なんだ……デュラン。」
「グレサス殿と、模擬戦をさせていただきたく存じます。」
その言葉に、王の目が大きく見開かれた。
「な……何を言うか、デュラン!!」
玉座の間の空気が一瞬で震える。
王の声は怒りではなく、恐怖に近かった。
「お前が強いことは、我が誰よりも知っておる!
だが――この国を支える二本の柱が、互いに刃を交えるなど愚行!!
そんなもの、許可できるはずがなかろう!!!」
その叱責を、デュランは静かに受け止めた。
膝をつき、頭を下げ、穏やかに言葉を紡ぐ。
「……ありがたきお言葉。
ですが――グレサス殿は、私よりも強い。
ゆえに、“恐怖”を知らぬ。
誰かが、それを伝えねばなりません。」
その言葉に、空気が張りつめた。
しばしの沈黙。
やがて、乾いた笑い声が王の隣から響いた。
「……ふははははっ!」
笑ったのは、グレサスだった。
その声音には、怒りでも軽蔑でもない――むしろ、余裕。
「デュラン。お前ごときが、私に“恐怖”を教える?
それこそ、滑稽だ。」
彼はゆっくりと立ち上がり、重厚な鎧が低く唸る。
「だが――面白い。
確かに、最近の貴様の“軟弱な言葉”には辟易していたところだ。
ならば一度、叩き直してやろう。」
そして、玉座に向き直る。
「陛下。どうかお許しください。
心配はいりません。
手加減はします――命を奪うような真似は致しません。
教育は上に立つ者の務め。
そして、部下の怯えを取り除くのもまた、私の責任。
……不徳の騎士デュランを、正しく導いてみせましょう。」
その言葉に、王の指が玉座の肘掛けを強く握った。
指先が白くなるほどに。
「……グレサス。
お前の“教育”とやらが、国を砕かねばよいがな……」
低く呟く王の声には、誰にも聞こえぬほどのかすかな震えがあった。
その日、王国最大の騎士たちによる“模擬戦”の準備が始まった。
だが――
それが、ただの訓練ではなく、
“未知の恐怖”を証明するための戦いであることを、
その場にいた誰ひとりとして理解していなかった。
「よかろう――許す。」
王は深く息を吐き、玉座の上で両者を見渡した。
その顔には未だ震えが残るが、声は王のものとして確かだった。
「だが心得ておけ。どちらが勝者となろうとも、互いを穢すことを断じて許さん。
お前たちはいずれも、我が国の替えのきかぬ宝であると理解せよ。
この国のために剣を振るう者同士が、内側から国を蝕んではならぬ。」
王の言葉は玉座の間に重く落ち、誰もそれに反論する者はいなかった。
グレサスは鼻の下で笑みを引き攣らせ、デュランは深く頷き、リールはただ目を伏せた。
準備が始まる。だが、その場に居合わせた誰も――
この“模擬戦”が、ただの試練では終わらないことを、まだ知らなかった。




