レイズの世話役。
ほんの少し――だが確かに、レイズの努力は芽吹き始めていた。
使用人たちの眼差しに、淡い期待が宿る。
アルバード家の使用人たちは洗練されており、無駄口を叩くことは決してない。
そのため外からは寡黙に見えるが、彼らもまた人間。
内心にはそれぞれの感情が渦巻き、主人の変化を敏感に感じ取っていた。
「……当主様は、変わられた」
そう胸の内で囁きながら、彼らは黙々と日常の務めをこなしていく。
――場面は変わり。
重厚な書斎の一室で、ヴィルとクリスが向かい合っていた。
「それで、クリス」
ヴィルは落ち着いた声で切り出す。
「レイズのことは、貴方に任せるつもりです」
姿勢を崩さず、クリスは静かに頷いた。
「はい。わかりました」
「率直に――貴方から見たレイズは、どうなのか。私に教えてください」
クリスは短く息を整え、冷静に答える。
「……まだ能力的に見れば、不足としか言いようがありません」
一拍の間を置き、続ける。
「ですが。重木を持ち上げるレイズ様の姿は、すでに常人のそれを超えております」
ヴィルは目を細めた。
(……そうか)
――たとえ、どれほど情けなく頼りなく見えようとも、
そう口にしたクリスの声音は、落ち着き払っていた。
しかし――内心は穏やかではなかった。
(あの時、確かに見た……)
額から滝のように汗を流し、声を張り上げ、情けなくも、威厳を見せようとするレイズの姿。
常人であれば「無様」と嘲笑する光景。
だが、クリスの目には違って映った。
(あれほど必死に、己の限界を破ろうとする人間を、私は知らない)
彼自身、幼少より剣を学び、努力を重ねてきた。
だからこそ知っている。――努力とは、報われる保証のない孤独な行為だということを。
その孤独を真正面から抱きしめ、なお立ち上がろうとする姿勢に、胸を打たれずにはいられなかった。
(未熟だ。だが、未熟だからこそ……育つ余地がある。あの目は、鍛錬の先を見ていた)
「……」
表情ひとつ動かさず、クリスは沈黙を保つ。
だが内心には、すでに決意が芽生えていた。
(レイズ様を支えよう。あの方が道半ばで倒れぬように。
それが、私に与えられた役目なのだ)




