必死の賜物。
休むことなく、真面目に木刀を振り続けるレイズ。
時折、ふっと顎を引き、いかにも達人めいた表情を浮かべる。
――だが、その余裕は木刀を振り上げる瞬間に木っ端微塵となって消え去るのだった。
「レイズ様……そろそろ休憩なさってくださいませ」
心配そうに声をかけるリアナ。
レイズは木刀を肩に担ぐと、ゆっくりと振り返った。
そして、わざと低い声を作る。
「……リアナよ」
「は、はい」
「時に男とは――決めた道を突き進まねばならぬ時がある」
静寂が流れる。
朝日に照らされたレイズの横顔。
汗が流れ落ちる。
真剣な眼差し。
「そう……それが今なんだ」
一度視線を空へ向ける。
そして静かに言った。
「……見ていてくれ」
リアナは思わず胸を押さえた。
(当主様……!)
頬がほんのり赤く染まる。
その姿は、まさしく努力を重ねる若き当主そのものだった。
レイズは満足げに頷く。
――よし。
――決まった。
――今のは決まったぞ…。
再び木刀を握る。
そして心の中で固く誓った。
(もう変な声は出さない!!!)
(絶対にだ!!)
(俺は成長したぁぁ!!)
ゆっくりと木刀を振り上げる。
だが――
重い。
ものすごく重い。
「…………っっっ!!!」
必死に耐える。
声を出せば格好がつかない。
だから耐える。
耐えて耐えて耐え抜く。
結果――
顔がとんでもないことになった。
頬は引きつり。
目は見開かれ。
口元は意味不明な形に歪む。
もはや人類の表情とは思えない。
だが本人は気付いていない。
そしてリアナもまた気付いていなかった。
「さすがです当主様!!」
尊敬の眼差しで見つめている。
必死さを努力と解釈していた。
レイズは満足げに頷く。
(よし。完璧だな)
全く完璧ではない。
その頃――
図書館のある方角から、一人の人物がゆっくりと歩み寄っていた。
重厚な足音。
堂々とした佇まい。
最初に気付いたのはリアナだった。
「ヴィル様……」
すぐに膝を折り、頭を下げる。
現れたのは執事長ヴィルである。
しかし。
レイズは全く気付いていなかった。
額から汗を飛ばしながら。
必死な顔で。
木刀と格闘している。
ヴィルは近くまで歩み寄ると、その様子を静かに見守った。
努力する若き当主に感動していたのか。
あまりにも凄まじい顔に言葉を失っていたのか。
あるいは単純に声をかける機会を失ったのか。
その真意を知る者はいない。
やがてレイズは木刀を置いた。
ふぅ、と息を吐く。
満足げに顎を引く。
そして再び格好をつけた。
「っふ……では少し休憩を――」
くるりと振り返る。
その瞬間。
「おわぁっ!!」
目の前にヴィルがいた。
思わず飛び上がる。
情けない悲鳴が庭へ響いた。
「ヴィ、ヴィル!?」
顔を真っ赤に染めるレイズ。
先ほどまでの格好良さは跡形もない。
恥ずかしそうに視線を逸らした。
そんなレイズをヴィルは静かに見つめる。
その眼差しには呆れではなく、どこか孫を見守るような優しさがあった。
レイズは頭を掻く。
「あのさぁ……」
「はい」
「頼むからさ……」
「はい」
「死角にこっそり立つのやめてくれよ……」
ヴィルは穏やかに首を傾げた。
「私は決してこっそり立っていたわけではございませんが」
「え?」
「それほど鍛錬に集中されていたということでしょう」
レイズは固まる。
リアナも大きく頷いた。
「は、はい!!」
「当主様はそれはもう凄まじい集中力でございました!」
「木刀以外何も見えておられませんでした!」
レイズは内心で呟く。
(いやいや……)
(集中してたんじゃなくて……)
(ちょっと格好つけてただけなんだけど……)
少し考える。
そして結論を出した。
(……まぁ、いいか)
誰も幸せにならない真実は、時として胸の内へしまっておくべきなのである。




