ガイルの思想
ガイルは、もはや魔法の鍛練をやめていた。
代わりに彼が磨いていたのは――肉体そのもの。
その行動に、周囲の魔族たちは疑念を抱かずにはいられない。
「……なぜ、体を鍛えているのですか、ガイル様?」
問いかけに、ガイルは豪快に笑った。
そして、肩に担いだ巨大な岩を軽々と持ち上げながら、答える。
「体を鍛えなきゃ勝てねぇに決まってんだろ。」
その軽口に、魔族の一人が困惑した表情で反論する。
「ですが……魔力はそもそも身体強化に用いることができます。それは武器にも、防具にも……」
だがガイルは、なおも笑みを浮かべて吐き捨てるように言った。
「魔法の頂点にいたあいつが殺されたってのに、まだそんなこと言ってんのか?」
その名を口にはしなかった。
だが、誰もが思い浮かべた。――ディアブロ。
魔力総量で彼に並ぶ者は存在せず、その次に続くと自負していたのがガイル自身だ。
だからこそ理解していた。ディアブロが最後に肉体を重んじた意味を。
「……もし魔法が一切効かねぇ相手が現れたら、お前らはどう戦うつもりだ?」
その問いに、魔族たちは言葉を失った。
「そんな存在はいない」と口にしかけて――だが、ディアブロが敗れた時点で、その言葉に意味がないことを悟る。
沈黙の中、かろうじて一人が答えた。
「……純粋な力での戦いになるでしょうか。」
「――ああ、その通りだ。」
ガイルの声は力強く響いた。
「王国のやつらも、アルバードのやつらも……魔力だけ見りゃ俺からすりゃ大したことはねぇ。
だが、剣と体の強さで言えば、俺より強い奴が何人もいる。……だからこそ、俺はそれも超えなきゃならねぇ。」
岩を投げ捨てる轟音が響く。
その光景に、魔族たちはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……それでしたら、ガイル様。私たちは……どうしたらいいのですか?」
恐る恐る問いかける魔族の一人。
その声には怯えと期待が混じっていた。
ガイルは鼻で笑うと、乱暴に言い放つ。
「ぁあ? んなこと、てめぇで考えろ。」
突き放すような言葉。
だが、その裏で彼の思考は静かに回っていた。
――自分がどれほど強くなろうとも。
純粋な力のぶつかり合いになれば、守れる範囲には限界がある。
仲間を守る自信など、決して持ちきれはしない。
だからこそ、彼は短く言った。
「……仲間を増やせ。戦力を増やせ。
お前なら、もっと大きくできるだろう。」
魔族たちはハッと目を見開いた。
その言葉の真意を理解する。
――仲間を増やせ。
それはつまり、ただ兵を集めろという意味ではない。
散らばる魔族たちを束ね、力を一つにまとめておけということ。
その意図を悟った瞬間、彼らの胸に小さな炎が宿る。
ガイルの背中は重圧のように大きく見え、同時に抗えぬほどの信頼を集めていくのだった。
「つえぇ奴は……俺がなんとかする。」
ガイルは巨大な岩を地面に落とし、息を吐いた。
その眼はぎらぎらと燃えている。
「だが――そこそこにやる連中は、俺が面倒見てやるわけにはいかねぇ。
自分らで方をつけるしかねぇんだ。」
彼は理解していた。
いくら己が最強を目指そうと、仲間の力を補わねば大局は覆せない。
だからこそ、これまで好き勝手に動かせていた魔族たちを――束ねる必要がある、と。
その思想は、彼にしては珍しく「他者」に向けられた決意だった。
だが、ガイルはまだ知らない。
すでに一部の魔族たちはレイズへと心を寄せていることを。
それが後に、避けがたい衝突の火種となることを――。




