レイズの計画。
ヴェルからの報告は、夜の帳が降りた静寂を破るように響いた。
「――レイズよ。お前の言っていた通り、怪しい連中を見つけたぞ。本当に……あのまま放置して構わぬのか?」
低く重い声に、空気がわずかに震える。
しかし、レイズは怯むどころか薄く笑みを浮かべて答えた。
「むしろその方がいいさ。奴らが確かな情報を持ち帰れば持ち帰るほど、アルバードの存在は“危険すぎる”と広まっていく。……その風潮が根付けば、戦など起こるはずもない。」
ヴェルは鋭い眼差しを向けるが、やがて鼻で笑った。
「なるほど……。ならば我は引き続き奴らの前に姿を現そう。気付いているようで、気付いていない――そう装うだけで十分に効力を発揮するのだな。」
「そういうことだ。」
レイズは言いながら、懐からひとつの石を取り出した。掌に収められたそれは、かすかな光を帯びる――メモリアルストーン。
「見ろ、ヴェル。これが次の切り札だ。」
ヴェルの視線が石に注がれる。
「……ただのメモリアルストーンに見えるが?」
「いや、これは相手を畏怖させるためだけの魔法を記録してある。実際に攻撃の役には立たない。だが――」
レイズは口角を上げ、瞳を鋭く光らせた。
「これひとつで、王国の連中は更なる警戒を抱く。戦いを挑むのがどれほど愚かか、骨の髄まで思い知らされるだろう。」
ヴェルは黙って頷く。その巨躯の影が、淡い光に照らされ不気味に揺れた。
「アルバードに手を出すことが、どれほど危険か……。あやつらに悟らせるには十分というわけか。」
「そうだ。王国はますます迂闊に動けなくなる。――そしてその時間こそ、俺たちに必要なものだ。」
その声音には確かな決意と、静かな狡知が滲んでいた。
やがて、静かに足音を立ててエルイが現れた。
その表情には、抑えきれない迷いと不安が浮かんでいた。
「……レイズさん。本当に、私たちは戦わなくてもいいのですか?」
レイズが視線を向けるより早く、エルイは続けた。
「それに……あれだけ人が自由に出入りできるのは、あまりにもリスクが大きすぎます。」
声は震えてはいなかった。だが、誠実さゆえに滲み出る切実さがあった。
レイズは一拍置き、落ち着いた声音で答える。
「――労力はただではないんだ。守りを強固にするというのは、それだけで莫大な金がかかる。」
「金……ですか?」
「そうだ。金はただではない。だからこそ、必要最低限に抑えなくてはならないんだ。」
レイズの目は真っ直ぐだった。
「それに、奴らが侵入して目にする光景がすべてこちらに不利とは限らない。むしろ――得た情報が“大きすぎて手を出しづらい”と感じることもある。今回はそれを狙っている。」
エルイは言葉を失い、黙り込む。
レイズはさらに言葉を重ねた。
「戦わずに済むなら、それに越したことはない。守りに力を割くより、気軽に出入りできることで救われる人間の方が多い。力のない者たちにとって、それは大きな利点になるんだ。」
その言葉に、エルイは小さく息をつき、わずかに納得したように頷いた。
だが――。
レイズの心は別の影に囚われていた。
(……ガイル。あいつはいま、どこで何をしている? 何を考えている?)
思考の端に、どうしても拭えない不安が巣食っていた。
それは、いま静かに訪れる均衡を打ち破る、不気味な予兆のように感じられてならなかった。




