偵察
偵察班は、夜の闇の中に溶け入るようにしてアルバードへと紛れ込んだ。
城門は決して完璧に閉ざされてはいない。アルバードは、敵意を示さぬ者には門戸を開く――その懐の深さが、逆説的に守りを甘くしていたのだ。
彼らは狼のように静かで、確かな実力を持った者たちだった。足並みを崩さぬまま屋敷の周囲を回り、退路と連絡経路を綿密に確認する。任務は単純だが危険であり、成功のためには綿密な準備だけが頼りだった。
城壁に沿って等間隔に灯る光。ミスリル線の細やかな輝きではなく、あの灯りは確かに「人の手が作った光」だった。レイズが考案したという噂の装置――ロウソクの代わりに、夜を照らす新たな灯りが並んでいる。
「ふん……とんでもないことをしてくれたな」
「どこもかしこも、誰も考えつかなかったような設置がされている」
囁きは緊張を孕むが、そこに嘲りは混じらない。彼らは次々と装置のひとつひとつを確かめ、内蔵されているであろうメモリアルストーンの存在を確信していく。水を湧かす装置、夜を照らす灯り、生活を支える数々――一つの石の価値が、どれほど巨大であるかを、彼らは思い知る。
「この石一つで——一族の暮らしが保障されるほどだ」
「あちこちに散らばせて、生活基盤を作っている。盗むのは簡単じゃない」
だが、彼らの目的は“奪う”ことではなかった。金属音ひとつ立てずに周囲を確かめながら、リーダーは低く命じる。
「我々の仕事は人を連れ出すことだ。石そのものを奪っても意味は薄い。価値は理解させれば上がる。今は“人”を確保して、交渉のカードにする——それが最良の一手だ」
侵入者たちは、捕獲・連行のルートを緻密に描いた。出入り口の確保、潜伏場所、護衛の配置、そして何よりも“逃がす道”。夜風に揺れる城の影が、その計画の厳しさを一層際立たせる。
彼らは一つひとつの灯りを見下ろしながら──そこに住む者たちの顔を思い描いていた。
光が与える安心。水が運ぶ生活。奪われたときに生まれる恐怖。すべてが、これからの交渉で彼らを動かす“駒”になる。
任務のための沈黙は深く、夜はまたたく間に通り過ぎていった。侵入班の決意は固い。作戦を完遂するための時間だけが、静かに刻まれていった。
侵入班の息が止まった。
闇の中、ひときわ大きな影がゆらりと動く。そこに立っていたのは――魔族だった。しかも、ただの魔族ではない。獣のような筋肉と、冷徹な眼差しをもつ巨躯が静かに闊歩している。
「――なんだ、あれは。」
囁きが漏れる。勇猛を誇る彼らですら、思わず息をのむほどの威圧がそこにあった。街に紛れ込んだ影は、彼らの想像をはるかに超えていた。
「アルバードは馬鹿か……あれが紛れていることに気づかないのか?」
一人が苛立ちを滲ませて吐き捨てる。だが、苛立ちより先に冷や汗が背筋を伝った。ここにいるのは、“手を組む”などという軽い類の存在ではない。
「お前は知らないのか?」別の者が低く問い返す。
「アルバードが魔族と手を組んでいる、という噂を――」
ささやかな噂話が、彼らの間で一瞬に広がる。可能性が現実に変わった瞬間、計画の歯車は大きく狂い始めた。
「これじゃ、人質を掻っ攫うのは難儀だ」
リーダーが静かに判断を下す。魔族は魔力で敵の気配を察知し、隠れた者を見抜く術に長けている。隠密行動が前提の今回の作戦において、それは致命的な不利を意味した。
一行は互いの顔を見合せる。短い沈黙の後、誰かがぽつりと言った。
「撤退するか、作戦を練り直すかだ。ここで無理に動けば、全員が露と消えるだけだ」
夜風が城壁の灯りをなでる。レイズが作り出した光は、人々の暮らしを静かに照らしていた──だが今は、侵入者たちの計画を阻む堅牢な盾にも見えた。彼らは目の前にある“光”がどれほど厄介な守りであるかを、初めて思い知ったのだった。




