強みと弱点
そうして今に至るアルバードは、再び大きな変革の時を迎えていた。
人も魔族も、同じ場所に立ち、互いを支え合う景色。
かつては夢にすぎなかった光景が、今ここに少しずつ形を取り始めている。
王国は今、一つの選択を迫られていた。
アルバード――その戦力と生活水準の上昇により、人々は少しずつ集まり、確実に力を備えつつある。
小さな集団にすぎなかったはずが、今や国を揺るがす芽を宿していた。
王の手元には、一つのメモリアルストーンが置かれていた。
カイネル王はそれをじっと見つめながら、低く問いかける。
「……グレサス。この石についてだ。アルバードで生まれた発明だというが……。
これは放っておいて良いものなのか? 小さな勢力のうちに奪うべきではないのか?」
グレサスはすぐに首を横に振った。
「手を出すべきではございません、陛下。」
「何故だ?」王の瞳が鋭くなる。
「理由は二つございます。
一つ、この石がただの生活道具ではなく――戦場においても作用している可能性があること。
実際、我が軍の者たちは“魔法が打ち消された”と証言しております。
ディアナ・フォルセティアを粛清する際にも同様の現象が確認されました。
つまり、この石にはまだ解明されぬ“魔法を無効化する力”が秘められている可能性が高いのです。」
王は思わず顔をしかめる。
「魔法を……無効化だと……? そんなものがあれば、魔族にとっては天敵そのものではないか。」
「その通りにございます。」
グレサスは静かに頷いた。
「ゆえに、軽々しく奪うべきではありません。下手に力づくで取り上げれば、仕組みを理解できぬまま潰してしまう恐れもある。
いま重要なのは“情報”です。アルバードがどのようにして石を運用しているのか、その真実を探り出すことが先決かと。」
王は唇を噛み、苛立たしげに机を叩いた。
「だが解明など、我が魔道士たちが既に試みておる。成果は一つも上がらん!」
「だからこそ――鍵を握る人物を捕らえるのです。」
グレサスの目が光る。
「アルバードの中心にいるのはレイズという男。そして彼を支える者たち。
彼らを取り込むか、あるいは弱点を突くか。
いずれにせよ、彼らの口から秘密を引き出すのが最善策でございます。」
王は深く息を吐き、重々しく頷いた。
「……なるほどな。奪うのは早計、か。
だがもしその“魔法無効化”の力を我が王国が手にしたなら……魔族を滅ぼすことも夢ではない。」
「はい、陛下。」
グレサスは恭しく頭を垂れた。
「それこそが、王国に新たな時代をもたらす切り札となりましょう。」
王国は、力づくで奪う道を選ばなかった。
兵を出してアルバードを潰すことは――勝てても代償が大きすぎると判断したのだ。
代わりに王は、もっと冷徹で確実な手を選んだ。人質を用いた交渉という名の圧力。
表向きは「話し合い」だが、その裏にはいつでも拳を振り下ろせるという脅しが隠されている。
そして、その方針は――知らぬ間に、レイズの致命的な弱点となっていた。
彼は守るべき者を着実に増やし、命を何よりも大切にする男だ。
子ども、民、魔族の仲間たち――彼ら一人ひとりが、いつしかレイズの胸中に杭のように刺さっていた。
王国が握る“人”という切り札は、直接的な戦力では測れない。
それはレイズが最も避けたい選択――誰かを犠牲にするか、全てを差し出すか――を突きつける。
その問いが突きつけられたとき、レイズの決断はアルバードの未来を左右するだろう。
――だが、レイズ自身はまだ知らない。
王の盤上に置かれた“人質”という駒が、いずれアルバードを追い詰め、彼自身を選択に追い込むことを。
朝靄の向こうで、アルバードの旗が風に揺れる。
その影に潜む静かな嵐を、まだ誰も完全には理解していなかった。
グレサスは理解していた。
――ディアナ・フォルセティアをアルバードに取り込むことは、生半可な説得で成し得るものではない。
それを成功させたのであれば、彼女はもはや単なる人質ではなく、確固たる仲間。
そしてその存在は、切り離すことのできない“甘さ”としてレイズを縛ることになる。
グレサスは口の端を吊り上げる。
「本当にあの一族は学ばぬな。仲間を増やせば増やすほど、強くなるどころか脆くなることに――気付いてもいない」
彼の言う“個”とは、圧倒的な個人の力。
一人で千を薙ぎ倒すだけの存在こそが真の強さであり、集団の絆など脆弱にすぎぬと考えていた。
だからこそ、彼はアルバードの理念を嗤う。
「わからせてやろう……個の強さこそが、王国にとって最も厄介で、最も揺るぎないものだと」
――だが、グレサスは理解していなかった。
確かにレイズ自身は仲間を思うがゆえに、その存在を弱点にされる。
しかし、レイズ以外の者たちは違った。
彼らの忠誠は、もはや常軌を逸していた。
「レイズを守るためなら、命すら惜しくはない」
そう心から誓う仲間が、すでに彼の周囲には数多く芽生えている。
その忠誠が、ただの脆さで終わるのか――あるいは、グレサスの知らぬ“もう一つの強さ”へと変わるのか。
それはまだ、誰にも見えていなかった。




