今後の動き方について
「それでは、レイズ様。色々とお聞きしたいことは山ほどありますが……まずはこちらをお受け取りください。」
リールが差し出した袋を、レイズは受け取る。
中から金貨が次々と机の上に置かれていく。
一枚、二枚……数え終えると、レイズは肩をすくめて呟いた。
「まぁ、こんなもんか。」
その様子に、イザベルは目を丸くした。
「ちょ、ちょっと! どうしてこんな大金を……」
レイズはあっさりと答える。
「ああ、リールさんに頼んで、いくつかのメモリアルストーンを売ってもらったんだ。」
机の上には大金貨が五十枚近く積み上がっている。
金貨に換算すれば五千枚。誰もが息を呑むほどの大金だった。
リールは不安げにレイズを見た。
「少なかったでしょうか……?」
「いや、はっきり言って十分です。」
レイズは首を振る。
「ただ、この価格が正当かと言えば……まぁ、一つあたり金貨千枚といったところだろうな。」
表情は喜びよりも冷静さに満ちていた。
彼は知っていた――もし死属性付与を施せば、その価値はさらに倍になることを。
だがそれを売ることなど出来はしない。だから、驚きは見せなかったのだ。
イザベルが眉をひそめる。
「でも……レイズくん、メモリアルストーンを売って良かったの?」
「言いたいことはわかる。」レイズは淡々と答える。
「だが、今回売ったのは攻撃性のない魔法を記録したものだけ。特に問題はないよ。むしろ、このくらいのリスクは背負わないといけない。供給もしなくちゃならないし。」
一呼吸おいて、彼は少しだけ口元を緩めた。
「それに……この資金があれば、やりたいことを多少は実現できる。」
レイズは視線をリールに戻し、軽く笑った。
「ありがとう、リールさん。これは頂くよ。」
「い、いえ……。もし力不足であったなら、謝罪いたします。ただ、これでも……かなり苦労はしました。」
「えぇ。」
レイズの声は穏やかだった。
「価値を示すのは簡単でも、そこに値段をつけさせるのは難しかったでしょう。応用方法を知っていればさらに付加価値がつく。……むしろ、今は“メモリアルストーン”という形で売れただけでも十分だったのかもしれません。」
「その応用方法とは……聞いてもよろしいでしょうか?」
リールが静かに問うと、場の空気が一層張り詰めた。
レイズは組んでいた腕をほどき、ゆるやかに答える。
「リールさん、ここに来るまでに色々と見たとおもいますが、それがその一つです。」
屋敷の壁に埋め込まれた光の装置や、城壁を照らす幻想的な輝き。それらは応用の一端にすぎない。
「だが、応用方法を知れば価値は瞬く間に跳ね上がる。
しかし……まだ価値を上げてはいけない。」
レイズの声音には、冷静な計算と同時に、重い覚悟がにじんでいた。
イザベルが思わず首を傾げる。
「価値を上げちゃいけない……?」
レイズは続ける。
「今、大事なのはメモリアルストーンじゃない。魔力石だ。大量に必要になる。
だから、この金の半分は魔力石の買い付けに充ててほしい。可能な限り多く。」
リールは息をのむ。
イザベルの視線も彼へと移る。
「……レイズくん、それじゃあリールさんに危険な役を押しつけることにならない?」
「メモリアルストーンを売った時点ですでに危険に巻き込んでいる。」
レイズはあくまで冷静に言い切った。
「だが必要なことで、今は基盤を整える時期なんだ。流通を乱せば規制を呼ぶし、暴動の種にもなりかねない。今はまだ――動きを大きく見せるべき時じゃないんだ。」
机の上に積まれた大金貨の山。
その半分が、これから魔力石の確保に消えていく。
リールの顔には緊張が浮かんでいたが、その瞳は次第に決意の色を帯びていった。
「……わかりました。次に戻る時は、必ず――必要な数を集めてきます。」
その言葉に、レイズはわずかに微笑んだ。
「お願いします、リールさん。買い付け先はよく見極てほしい。魔力石は扱いを誤れば害にもなります。」
イザベルはため息混じりに苦笑しながら、肩をすくめた。
「……また大変な役目を引き受けちゃったわね、リールさん。でも、お願いします。」
リールは静かに息を整えると、一歩前に出て口を開いた。
「それで……どうしてそんなに魔力石が必要なのでしょうか?」
部屋の視線が一斉にレイズへ向かう。
レイズは淡々とした声で答えた。
「メモリアルストーンは魔力を伝達できる導線さえあれば、魔力石を載せるだけで魔法を発動できる。様々な素材を試したが、一番はミスリルだ。もっとも、ミスリル以外でも導線として使えるものはいくつか確認した。」
短く区切られる言葉は冷静そのものであったが、その背後にある意味は重い。
「つまり――この仕組みが他の人に知れ渡れば、魔力石の価値は瞬く間に跳ね上がる。……さすがに、ミスリルを導線にするのはアルバードくらいだが、それが広まるのも時間の問題です。」
リールは深く頷いた。理解だけでなく、責任の重さを感じ取ったのだ。
そして少しの沈黙の後、口を開く。
「でしたら、レイズ様……一つ提案がございます。」
レイズが視線を向ける。
「提案...?」
「私はすでにメモリアルストーンを王国の貴族たちに売却いたしました。ですが、今の状況では、それを入手できるのは大金を持つ貴族だけです。供給と需要は見合っておらず……このままでは一部の富裕層の遊び道具にしかなりません。」
言葉を聞いたレイズは小さく笑みを浮かべる。
「なるほど。つまり、公共で使える仕組みにしたいということか。」
思考を先に読まれたことに、リールは息をのむ。
レイズは続ける。
「それは実はアルバードでは実施してます。ただ、やみくもに公共の場に置けば盗まれて終わりになる。だから、それと分からぬように細工を施して、城壁や装飾の一部に見せかけ、魔力石を置く台座が仕込んである。」
イザベルが目を丸くし、リールは深い納得の表情を浮かべた。
レイズの狡知と先見は、彼らの想像を遥かに上回っていた。
レイズは続けて説明を重ねる。
「町の者たちにはこう伝えている。
『この装置は、俺とクリスの魔力による発明だ。
一度壊せば二度と使うことはできない。
つまり、盗もうとして壊したところで、その瞬間に価値はなくなる。
だからこそ大切に扱うように』とね。」
イザベルは腕を組みながら、ぽかんとした表情を崩さずにいた。
「……ちょっと、レイズくん。よくもまぁそんな回りくどい細工を思いつくわね。普通の人なら“置いたら盗まれる”で止まるのに……“盗まれても価値がなくなる”って考えるところまで行き着くなんて、ほんと頭のネジが何本か外れてる。」
呆れ混じりの声色だったが、その目は笑っていた。
尊敬と驚きと、少しの安心が入り混じった視線だ。
一方のリールは、深い納得の表情を浮かべながらも、真剣に頭を下げた。
「なるほど……これなら、町の人々も恐れを持って扱いますね。盗んでも意味がないとなれば、逆に守ろうとする気持ちが働くはずです。」
彼は言葉を選ぶように続ける。
「やはり、レイズ様の発想は私たちの想像を超えている……。ですが、同時に、だからこそ責任も重い。私も、この方針を商いの面から支えられるよう動いてみます。」
その言葉に、イザベルが振り返って小さく笑う。
「……リールさん。もう立派に巻き込まれてるじゃない。これから先、レイズくんは更に忙しくなるよ....?」
リールは苦笑を浮かべたが、その瞳には決意の色が宿っていた。
レイズの狡知と先見に導かれながら、二人もまた確実にその道へと歩み始めていた。
レイズは最後に立ち上がり、片手を軽く掲げて言い放った。
「――ああ! これが一蓮托生だ!」
その言葉に、場の空気が一瞬止まる。
イザベルは目をぱちくりさせたあと、吹き出すように笑った。
「本当に最後は意味わからないこというんだから....」
リールは真剣な面持ちで首を傾げながらも、小さく頷く。
「……意味は存じ上げませんが、とてもいい言葉です、レイズ様。」
対照的な反応を受けても、レイズはどこ吹く風と胸を張ったままだ。
その姿に、イザベルは肩をすくめ、リールは胸に熱を宿す。
そして――三人はそれぞれの思いを胸に、同じ方向を見据えていた。
やるべきことは山ほどある。だが、この瞬間、確かに彼らは「共に進む仲間」として結びついていた。




