魅了するレイズ
そうして商人の流通を許可したレイズ。
場面は、ひとりの商人とレイズが向き合う場面へと移る。
「私は商人の家計、リールと申します。このたびはアルバードに招き入れていただき、心より感謝を申し上げます」
深々と頭を下げるリール。その視線がレイズへと向いた瞬間、言葉を失った。
目の前の青年はあまりにも若い。だがその立ち居振る舞いからは、上に立つ者としての覚悟と風格が確かに漂っていた。
緊張を隠しきれぬ声で尋ねる。
「それで……私にお願いがある、とのことでしたが……」
レイズは姿勢を正し、静かに応える。
「はい。俺はアルバードの当主、レイズです。これからよろしくお願いします」
そうして机上にひとつの石を置いた。
淡く光を放つその石を見たリールの目が大きく見開かれる。
「これは……魔石!? まさか、私どもに売ってくださるのですか……?」
信じがたい申し出だった。
アルバードが魔石を外へ流すことなど決してない――それは商人として当然の認識だったからだ。
一瞬の驚きと共に、リールの胸に芽生えたのは「若き当主は金に目がくらんだのかもしれない」という侮りだった。
だがレイズは淡々と告げる。
「これは魔石じゃない。メモリアルストーンだ」
「……メモリアルストーン?」
レイズは続けた。
「魔石のように魔力を増幅させたり、武器に力を与えるものではない。本来の魔石とは別物だ」
「では、これは一体……」
リールの疑問に、レイズはわずかに微笑みを浮かべ、答えを示すように魔力を注ぐ。
次の瞬間――ストーンから冷気が広がり、室内の空気が一瞬で澄んだ。
氷属性の魔法〈フロストヴェール〉。それは防御の加護を纏う魔法であり、同時に心地よい冷風をもたらしていた。
「……っ!」
リールは目を見開き、震える手でストーンを受け取り、自ら魔力を込めてみる。
再び冷気があふれ、同じ魔法が発動する。
「こ、これは……! ですが、回数が決まっているのでしょうか……?」
「そんな制限はない」レイズは静かに答えた。
「使うのはあくまで魔力だけだ。壊さない限り、半永久的に使える」
その言葉にリールの顔色が変わる。
理解してしまったのだ。
これが生活にどれだけの利便を与え、そしてどれほどの価値を生み出すかを。
先ほどの侮りはすでに消え失せ、リールは震える声で懇願するように言った。
「こ、これは……人々の生活を必ず、いえ、すべての者の暮らしを根底から変えてしまいます……! これを……本当に売ってくださるのですか!?」
リールの表情がぱっと明るくなる。
氷属性――それは日常生活において極めて希少な力だった。
炎や風と違い、扱える者は限られ、ましてや誰もが簡単に涼を得られる術など存在しない。
「これさえあれば……日差しの強い日も、人々に快適さを与えられる……」
商人としての計算よりも早く、人間としての感情が先に走った。
それは生活を根底から変える。氷属性を“誰でも”扱えるというだけで、価値は計り知れない。
リールの心臓は激しく高鳴り、息が詰まるほどの昂りに支配される。
そんな彼を見ながら、レイズは静かに口を開いた。
「ちなみに――メモリアルストーンは、ひとつにつき“好きな属性”を一つ記憶させ、発動することができますよ」
「……っ!?」
リールは声を失った。
驚きに開いた口は、もはや閉じることすら忘れている。
「好きな……属性を……?」
喉から絞り出したかすれ声は、現実を確かめるためのものでしかなかった。
「そうだ」レイズは淡々と答える。
「光でも、氷でも、風でも――攻撃性を持たぬ魔法に限るが、ひとつの石にひとつ、必ず記憶できる」
リールの視界が揺れた。
ただでさえ生活を変える氷の魔法。それに加え、用途に応じた属性を選べるとなれば、その価値は想像すら及ばない。
「……ま、まるで夢のようだ……!」
彼は思わず机に手をつき、崩れ落ちるように呟いた。
「――それで、これを一ついくらで買う?」
レイズの声は落ち着いていた。
「属性はリールさんが決めていい」
「……っ」
リールの目が泳ぐ。
口を開こうとしても声にならない。
計り知れない価値を持つものを、自らが望む形で提示できるなど――常識ではあり得ない。
それでも、震える唇から素直な言葉が漏れる。
「こ、これは……私ども商人が単独で購入するには……あまりにも……あまりにも多額の……!」
するとレイズは微笑を浮かべ、静かに告げた。
「ならば――売値の八割はアルバードが受け取る。二割を、そちらに渡す」
その言葉は、甘美にして冷徹。
まるで悪魔が囁くように、リールの耳に深く染み込んでいく。
「……っ!!」
断るという選択肢は最初から存在しなかった。
リールは感謝を必死に伝える。
「ありがたき幸せ……! 私が今日ここに来られたことは、本当に……本当に幸運でした!」
彼は頭を深々と下げ、額を床につけるほどに礼を尽くした。
胸の内には商人としての歓喜と、背筋を這い上がるような恐怖が同時に渦巻いていた。
――この少年は、人を操ることすら容易い。
「ちなみに――」
レイズはふっと口元を緩める。
「これで飲み物を冷やすと、めちゃくちゃ旨いんだ」
そう言って、彼は近くにあった茶の入った器に軽く魔力を込める。
ひやりと涼風のような気配が走り、茶がたちまち凍りつくように冷えた。
「ほら、試してみてくれ」
手渡された杯を受け取り、リールはごくりと喉を鳴らす。
口に含んだ瞬間、冷たさが舌を走り抜け、喉を心地よく潤す。
だが――味などもうどうでもよかった。
「……っ!」
胸に広がるのは驚きでも感動でもない。
ただ、目の前の少年が持つ恐るべき「魅せ方」。
力を見せつけるだけでなく、さりげなく人を惹き込む余裕。
その底知れなさに、リールは完全に魅了されてしまっていた。
「……レイズ様」
言葉はもはや、震えを隠せぬ賛美となって口をつく。




