資金を作るためにリスクを売る。
ディアナの決断
静かな執務室に、控えめなノックの音が響いた。
「……どうぞ」
レイズが声をかけると、扉を押し開けて入ってきたのはディアナだった。
「レイズ様。」
その立ち姿は、かつて王国の誇る騎士として見せていた威厳よりもずっと柔らかく、それでいて揺るぎない強さを帯びていた。
もはや彼女は人質ではなかった。
そこにいるのは、アルバードの一員として立つひとりの女性の姿だった。
レイズは彼女を見つめ、言葉を選ぶように口を開いた。
「……決めたんだな。」
ディアナは短くうなずいた。
「はい。王国で騎士として生きることも、確かに誇りでした。ですが……」
彼女の視線は窓の外に向かう。
そこでは人と魔族が肩を並べて働き、子供たちの笑い声が混ざり合っていた。
「もう迷いはありません。
ここには確かに、私が守りたいものがある。王国に背を向けることになるとしても……私は、このアルバードに仕えます。」
レイズは静かに目を閉じ、彼女の決断を受け止めた。
ディアナの苦悩も理解している。
そして、その苦悩を超えて選んだ答えが、この場所を強くしてくれるのだと。
「ありがとう、ディアナ。お前の覚悟は、俺が必ず守る。」
そう言ったレイズの言葉は、ただの慰めではなかった。
魔族との絆を選び取ったアルバードの姿勢を、誰よりもはっきりと示す宣言だった
クリスは柔らかく微笑み、そっとディアナに声をかけた。
「ディアナ、私と一緒に――レイズ様を支える任を持つ仲間として、これからもよろしくお願いします。」
その言葉に、ディアナの胸が熱くなる。
クリスが自分を初めて名前で呼んだ。それは、確かに仲間として受け入れられた証だった。
目に涙を浮かべながら、彼女は深く頭を下げる。
「……はい、よろしくお願いします、クリス様。」
二人を見届けたレイズは、静かに口を開いた。
「それで、ディアナ。アルバードを……“皆”が住みやすい場所にしたいと考えている。」
その“皆”という言葉には、人間だけでなく魔族も含まれていた。
ディアナは真っ直ぐに視線を向ける。
「皆が住みやすい、ですか。……具体的には、どのようなことをするおつもりなのですか?」
レイズは椅子に背を預け、少し目を細めた。
「これまでのアルバードは、個の力に頼りすぎていた。確かに抑止力にはなったが……個に頼れば、その対策を取られれば終わりだ。守れるものも限られてしまう。」
「……では、軍事力を作るということですか?」とディアナ。
「ああ。だが軍を作るには資源と資金が要る。」
レイズは机の上に広げられた書類を指で叩く。
「アルバードにある資源といえば、食料と魔石……それに魔族領にしかない特殊な植物くらいだ。だが、いずれも不安定で安定供給には向かない。」
そう言って、彼は机の引き出しから一つの石を取り出した。
「これを見ろ。」
それは光を湛えた透明な石――メモリアルストーンだった。
クリスとディアナは目を丸くする。
「これは……魔石ではないのですか?」
「似ているが、まったく別物だ。」
レイズはその石に魔力を注ぎ込む。すると石が眩く輝き、光属性の魔法が発動する。
部屋の隅々まで白い光が満ちた。
「……レイズ様は光属性まで持っていたのですか?」とクリスが驚く。
「いや、俺に光属性なんてない。だが、これは魔力を込めるだけで誰でも光属性の力を使える石だ。」
ディアナの息が詰まる。
「……つまり……誰でも、光の魔法を?」
「ああ。ただしこれは灯りを灯すだけで、攻撃性は一切ない。」
そう言って、レイズはもう一つの石を取り出し、ディアナへと手渡した。
「これにも魔力を込めてみろ。」
言われるまま魔力を流し込むと、氷の結界が瞬時に発動し、彼女の全身を包み込む。
《フロストヴェール》。防御の加護が彼女を護った。
「これは……属性石と……まるで違う……!」
ディアナは震えながら呟く。
「そうだ。属性石は消耗品で、簡単な魔法しか使えない。だが、このメモリアルストーンは違う。消耗せず、ひとつの魔法を記憶し、魔力さえあれば何度でも使える。」
「……完全に属性石の上位互換……」とクリスが呟く。
レイズは静かにうなずいた。
「俺はこれをアルバードの資源として活かすつもりだ。ただし、攻撃性のある魔法は決して覚えさせない。」
そこで彼は二人を見据え、問う。
「……うまく行くと思うか?」
クリスは光る石を見つめ、長く息を吐いた。
「これは……誰もが欲しがる代物です。価値は計り知れません。ですが、その価値に見合うだけのリスクも背負うことになるでしょう。」
ディアナも頷く。
「間違いなく、多くの者たちが狙います。……ですが、それでもアルバードの未来のためには必要だと思います。」
レイズは二人の答えを受け、静かに目を閉じた。
「……ならば、守る軍を作るしかないな。この石を守り、この地を守る軍を。」
重い沈黙が落ちた。
だがその沈黙は、不安ではなく――新たな覚悟を確かに刻むものだった。
レイズは静かに言葉を継いだ。
「だが、俺はこの石を売ろうと思う」
守るためのはずのものを外へ出すという矛盾に、クリスもディアナも息をのむ。
それでもレイズは真っ直ぐに二人を見据えた。
「これなら多大な資金を補える。そして、この石の秘密はいまのところ誰にも解明できない。王国にも流通させ、彼らに利益を与えることで奪われる口実も与えない。奪えたとしても、理解できなければ意味はないんだ」
その声音は決して揺らがなかった。
それは「守るためにあえて差し出す」という、確かな覚悟を証明する言葉だった。
クリスとディアナは沈黙した。そこにあったのは矛盾ではなく、リスクを背負ってでも未来を守ろうとする強い意思だと、二人とも悟ったのだった。




