レイズの理想とする場所
幾日の月日が流れた――。
ヴィルとセバスという二つの巨星を失ったアルバードは、深い悲しみを抱えながらも、少しずつ明るさを取り戻しつつあった。
レイズは、かつてヴィルが仕事をしていた部屋に腰を下ろしていた。
机の上には整然と並べられた書類。そこには、魔石の取引を求めるもの、開拓への協力を依頼するもの、さらには領民たちの切実な声が綴られていた。
「……商人を受け入れてほしい?」
レイズは眉を寄せながら読み上げた。
アルバードでは、これまで領内で生産された物資を物々交換でやりくりしていた。塩や香辛料といった生活必需品は、外からの流通に頼るしかなく、それを担っていたのは主に使用人や密かに動く者たちだったようだ。
「知らなかった……。ヴィルは、こんな細かいことまで全部やっていたんだな。」
胸に重くのしかかる感情を抑え、レイズは書類を睨むように読み進めた。
うーん……どうすればいい。
魔族を受け入れている今のアルバードに、商人を迎え入れることは容易ではない。
だが閉じていては、いずれ人も物も先細っていくだろう。
悩んでいると、扉を叩く音が響いた。
「レイズ様、失礼します。」
現れたのはクリスだった。
以前の硬い表情は和らぎ、どこか張り詰めていたものが抜けたように見える。
「何を読んでおられるのですか?」
机上の書類を覗き込むと、クリスはすぐに状況を理解したようだった。
「……ヴィル様がこなされていた仕事、ですね。」
静かに呟く声に、レイズは頷いた。
「そうだ。俺は知らなかった。ヴィルがどれだけの責任を背負っていたのか……。
この商人の件、どう思う?」
クリスはしばし考え込み、真剣な眼差しで答えた。
「外からの商人を迎え入れることは、危険もあります。しかし、アルバードの未来を考えるならば……避けて通れぬ道でしょう。」
レイズは深く息を吐いた。
「……そうだな。俺が、決めなきゃいけないんだな。」
アルバードの未来を思う
レイズは書類を閉じ、椅子に深く腰を沈めた。
思考は、自然とひとつの問いに収束していく。
――アルバードを、どんな場所にしたいのか。
ヴィルが守り、セバスが支えたこの地。
いまやそこには人間だけでなく、魔族たちの姿もある。
とりわけダークエルフの一部は既に住み着き、夜間の警備や境界の見回りを担っていた。彼らは誇り高く、そして律儀に役割を果たしてくれている。
「……俺が許したことだ。アルバードも、受け入れた。」
そう呟くレイズの胸には、責任の重みがずっしりとのしかかっていた。
人と魔が共に暮らす街。
それは理想の響きを持つ一方で、王国にとっては異端であり、敵意を買う要因にもなる。
それでも、ヴィルやセバスが命を懸けて守ったこの地を、ただの人間の町として終わらせるわけにはいかない。
「俺は……アルバードを、分け隔てのない場所にしたい。
人も魔族も、この地で共に生きられるように。」
レイズの視線は窓の外へと向けられる。
そこには市場を歩く人々の姿、荷を運ぶ魔族の姿が重なり合うように映っていた。
ほんの少しの違和感はある。だが、すでに当たり前のように並んで存在していた。
未来はまだ不確かだ。
だが、この小さな風景こそが、レイズが望むアルバードの始まりなのかもしれなかった。




