219話 終戦の気配を感じる。
氷の戦場に、風が凍りついた。
デュランは剣を振りかざし、声を張り上げた。
「――この男は、私ひとりで十分だ! お前たちはウラトスを討て!!」
その号令に呼応し、銀世界を駆ける五人の王国序列騎士が一斉に包囲を狭めていく。
中央に立つクリスは、荒く吐く息の白を見つめながら、ただ静かに剣を握り直した。
一歩も退かない。背後には、守るべき者がいる。
氷が砕ける音とともに、最初に動いたのは第八位――エルンスト=ヴァレン。
巨躯の男が振るう戦斧は、風圧だけで雪を舞い上げるほどの凄烈さ。
「はあああああっ!」
轟音。地が裂け、氷塊が跳ね上がる。
クリスは瞬時に踏み込み、剣の側面で斧を滑らせるように受け流した。
刃と刃が擦れ、火花が散る。
間髪入れず、第九位ロイク=ファルマーの細剣が風を裂いた。
その突きは雷のような速さ。
クリスは身をひねり、頬をかすめる氷片の冷たさを感じながら回避する。
空気がわずかに鳴る――死の間合い。
背後に殺気。
「っ……!」
振り返るより早く、双短剣のサラディン=クロウが影のように忍び寄っていた。
背中を狙う鋭い一閃。
クリスは剣を背中に回し、火花と共に衝撃を受け止める。
足元の氷が砕け、膝が沈む。
だが――退かない。
「俺は、退けない!」
そこへさらに、第五位ジェイル=グラトニーの重剣が振り下ろされる。
重さは岩塊の如し。
受け止めた瞬間、クリスの腕に痺れが走った。骨が軋み、呼吸が乱れる。
だが剣を手放すことはない。
「これで終わりだ!」
別の騎士が叫び、魔力を纏わせた剣を振り下ろす。
しかし――その刃がクリスの体に触れた瞬間、
青白い火花と共に魔力は霧散した。
死属性の加護が、異質な力を打ち消していく。
「なっ……!? 魔法が……効かない……!」
騎士の目に恐怖が走る。
その一瞬の隙を逃さず、クリスの剣が閃いた。
無駄のない一閃。
切り裂くのではなく、押し流すような動き。
相手の剣を弾き飛ばし、胸元を蹴りつけて距離を取る。
息を吐く暇もない。
再びエルンストの斧が迫り、ロイクの突きが交差する。
その殺気を正面から受け止め、クリスは静かに目を閉じた。
「……融合魔法――ライト・バースト」
低く呟く声と同時に、閃光が弾けた。
氷上を走る白光が視界を焼き付け、五人の動きが止まる。
「目がっ……!」
その隙に、クリスは足を踏み込み、ロイクの胸を蹴り飛ばす。
同時にエルンストの斧を弾き返し、体勢を整えた。
しかし、影のように迫ったサラディンの短剣が肩をかすめた。
鮮血が氷を染め、白銀の世界に赤が滲む。
クリスは顔を歪めるが、剣先を決して下ろさない。
息は荒く、視界は霞む。
だが、その眼だけは揺るがなかった。
「……レイズ様を――守る」
その言葉は、叫びではなく祈りだった。
胸の奥で誓うように呟き、クリスは再び剣を構える。
五人の騎士が一斉に襲い掛かる。
剣閃が乱舞し、氷片が散り、衝撃波が雪原を吹き飛ばす。
彼は殺さない。
ただ、誰ひとり通させない。
“守るための剣”。
不殺の信念が、彼の体を動かしていた。
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その少し離れた場所――。
第2位、デュラン=ヴァルトとレイズ=アルバードの剣が火花を散らしていた。
氷に覆われた大地が二人の衝撃で砕け、霧が立ち上る。
「はああっ!」
レイズが剣を振り抜く。
しかしデュランはその刃を的確に受け止め、滑らかにいなし、逆に突きを返す。
咄嗟に後退したレイズの頬を、冷たい刃がかすめた。
血が線を描いて滴る。
デュランの攻撃は止まらない。
斬撃、突き、横薙ぎ――そのすべてが寸分の狂いもなく繋がっていた。
レイズは必死に受け止める。
腕が震え、肩が悲鳴を上げる。
呼吸が荒れ、肺が焼けつくようだ。
だが、倒れることは許されない。
「君は強い、レイズ=アルバード。」
剣戟の合間、デュランが低く言葉を放つ。
「だが、今のままではまだ届かない。グレサスにも、私にも……この戦場で半端は許されない。」
その声には侮りの色はない。
敵としてではなく、一人の戦士としての真摯な評価だった。
レイズは血を拭い、息を吐いた。
「……それでも、退けないんだよ! あほっ!」
剣を構える手に、再び力を込める。
刃と刃が交錯し、爆ぜる音が響く。
氷の大地が震え、二人の足跡が刻まれていく。
デュランの剣筋は研ぎ澄まされた芸術。
対するレイズの剣は、荒々しくも魂のこもった渾身の一撃。
「くっ……!」
防ぎきれずに受けた一撃が肩を裂き、鮮血が飛び散る。
痛みに顔を歪めながらも、レイズは歯を食いしばった。
デュランの眼差しには、冷静さと敬意が混じっていた。
「本当に……グレサスの言葉は正しかったようだ。」
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その瞬間、
上空に轟音が鳴り響いた。
兵たちが一斉に顔を上げる。
氷の空を切り裂いて、巨大な影が舞い降りる。
翼を広げたドレイクの群れ。
その背には――黒銀の鎧を纏うダークエルフたち。
「な、なんだあれは!?」
「アルバードの援軍か!?」
混乱と驚愕が走る。
ダークエルフの魔導士たちが杖を掲げ、夜のような魔力光を放った。
「アルバードの者を害するな! この地を汚す者どもを滅せよ!」
次の瞬間、
空から無数の魔力砲撃が雨のように降り注いだ。
地が裂け、氷が砕け、大地が爆ぜる。
王国兵たちは防御もままならず、吹き飛ばされる。
レイズの叫びが響いた。
「やめろ!! なんで来たんだ!!!」
怒りと焦り、そして焦燥。
胸の奥が灼ける。
ダークエルフたちは盟約の友――だが、戦場に現れた瞬間、状況は一変した。
「お前たち! 下がれ!!」
レイズの声が戦場を震わせる。
「このままじゃ、無駄な死者が増えるだけだ!!」
だが、王国の兵たちは動けない。
恐怖と怒りがせめぎ合い、剣を握る手が震えていた。
ドレイクから飛び降りたダークエルフの戦士たちが、アルバード軍の前に整列する。
その魔力の圧に、大地さえ軋む。
「下がれ、人間ども!!」
「我らの同胞を害すること、決して許さぬ!!」
二つの軍勢が向かい合う。
一触即発――。
そのときだった。
ふいに、戦場を満たしていた凶気の気配が、音もなく消えた。
風が止まり、氷の粒が静止する。
「……今のは?」
「魔力の波が、消えた……?」
ざわめきが広がる。
兵士たちは互いを見合い、声を失っていた。
「グレサス様!!」
誰かが叫ぶ。
その名を聞いた瞬間、空気が凍りつく。
――最強の剣神、その気配までもが掻き消えていた。
レイズは剣を握りしめ、空を見上げる。
「……ヴィル……無事なのか……」
氷の風が頬を撫でる。
戦いの終焉を告げるように、
白い世界が、静かに、音を失っていった。




