始まる戦い
はははは!と高笑いをあげ、ディアブロの背に乗ってご機嫌なガイル。
「王国のやつら、皆殺しにしてやるよぉぉ!!」
その叫びは、恨みか欲望か──理由すら判然としない凶暴さを帯びていた。
ディアブロは冷ややかに制する。
「待て、ガイル。我らの計画は段階的だ。王国に致命的な被害を与え、あとはアルバードと王国同士で潰し合わせる。それが得策だ。忘れるな」
だがガイルは昂奮を抑えられない。
「だがよ──今のおれたちなら、アルバードも王国もまとめて潰せるんじゃねーかぁぁ!?」と空に喚く。
ディアブロは悟ったように頷く。
「確かにお前は強くなりすぎた。今のガイルなら、あのアルバードの小僧一人ごとき相手でも問題にならぬ。ヴィルとセバスがいても、我ら二人なら勝てるかもしれん。だが、王国とアルバードの両方を相手にするのは無謀だ。慢心は身を滅ぼす」
ガイルは嗤いながら返す。
「まるで自分のことを言っているみたいだな、ディアブロォ!」
やがて、二人の影がアルバード領の輪郭にかかる。視界に入るや否や、ガイルは興奮をあらわに叫ぶ。
「どうせならアルバードと戦ってみてぇがよ。おまえら、また後だ!!クハハハハハ!!」
ディアブロはふと表情を引き締める。
「あぁ……だが、もう気づかれたようだな。アルバードは我らを察している」
そう言うと、二人は飛行速度をさらに上げ、王国へと迫っていった。
グレサスは即座に指令を下した。
「迎撃の準備だ!!」
その声が広間に響いた瞬間、誰一人として疑念を抱く者はいない。
彼が危機を告げれば、それは必ず現実となる──それを王国の騎士たちは知り尽くしていた。
騎士たちが次々と集い、鎧の音が重なり合う。
四位のディアナ、そして今は亡き七位レナルディオ──欠けた穴はある。それでもなお、この場に揃った戦力は王国の威を背負うにふさわしい精鋭だった。
その中心に立つのは、剣神グレサス。
絶対の強さを誇る彼に、今この場で勝てる者など存在しないと、皆が確信していた。
「……ようやく、全力を出せる」
グレサスの口元に笑みが浮かぶ。
待ち望んだ決戦の時を迎える喜びと、迫る危機に応じねばならぬ宿命が、ひとつに重なる瞬間だった。
やがて彼は高らかに命じる。
「全軍、出撃せよ!!」
その声と共に、王国の地に緊張が走った。
ガイルはディアブロの背から飛び出すようにして、アルバードの空を一気に越え、王国の上空へと舞い降りた。
その両眼は狂気に燃え、手に握る黒剣はまるで意思を持つかのように脈動している。
「……アルカナ・プリズマティカ」
低く呟いた瞬間、空気が凍り付いた。
濃密な魔力が周囲を圧迫し、さっきまでの豪快な笑い声は消え去り、静寂が訪れる。
剣先から溢れ出すのは、多属性の光。
それらが収束し、やがて解き放たれた時──無数の光刃となって王国の大地を覆うように降り注ぐ。
光の雨は美しくも冷酷で、まるで天の断罪のごとく、逃げ場のない広範囲を飲み込んでいく。
その一撃が意味するものを、誰もが悟った。
数え切れぬ人々が、無力のまま命を絶やされる。
王国の街並み、農村、砦──すべてが光の雨に焼き尽くされる未来が、眼前に迫っていた。
その瞬間、ヴィルとセバスが全速で飛行し、必死に追い縋る。
二人の顔には焦燥が滲み、いかに急ごうとも間に合わぬかもしれぬという予感が胸を締め付ける。
「弱者を狙うか!!!」
王国の部隊からグレサスの怒号が響き渡った。
剣神の眼は怒りに燃え、己の矜持を踏みにじる暴挙を決して許さぬと全身から殺気を迸らせる。
「臆病者めが……!」
その咆哮は空すら震わせ、次の瞬間、王国は避けようのない戦乱に突き落とされていく。
後戻りのできない「戦」が、ついに始まってしまったのだ。
グレサスは怒号と共に剣を高く振り上げる。
その刃に込められる魔力は膨大で、迸る光は空を割るように輝いた。
「うおおおおぉぉぉ!!!」
剣神の咆哮と共に放たれたのは無数の光刃。
それらは夜空を裂く彗星のごとく疾走し、ガイルの放った光の雨と激突した。
──轟音。
──閃光。
空そのものが砕け散るかのような衝撃。
外にいた騎士たちもすぐさま異変を察知し、シールドを大規模に展開する。
幾重にも重ねられた魔法障壁が王国を覆い、迫り来る災厄を食い止めようとした。
だが。
ガイルの「アルカナ・プリズマティカ」は、それすらも容易く穿つ。
グレサスの斬撃がいくつも光を切り裂いてはいたが、全てを防ぐには至らない。
余波はなおも大地へと降り注ぎ、街路を、家屋を、人々を飲み込んでいく。
「ぐあああああああああっ!!!」
「逃げろぉぉ!!!」
悲鳴と爆ぜる音が入り混じり、王国の一角は瞬く間に瓦礫と化した。
光に焼かれた影が地に刻まれ、煙と灰が舞い上がる。
犠牲は避けられなかった。
それでもなお、騎士たちは歯を食いしばりシールドを張り続ける。
「……止めろ……止めてみせるぞッ!!!」
グレサスはなおも剣を振るい続ける。
その眼に宿るのは絶望ではない。
弱者を守るために、剣神が掲げた誇りそのものだった。




