ご都合じゃない展開
湯気が立ちこめる風呂場に足を踏み入れる。
湿った空気と石造りの壁に反射する光が、どこか妖しい雰囲気を漂わせていた。
(……なんだか、色気を感じるな……)
視線をやると、湯船に人影がひとつ。
肩まで浸かり、こちらに手招きしているように見えた。
(まさか……これ、ご都合展開!?)
心臓が跳ね上がる。顔を赤くしながら、俺はそろそろと湯船へ近づいていった。
だが――
「……おじいさんじゃねぇか」
そこにいたのは、ヴィルだった。
がっかりなんてしていない。していないはずだ。
俺は素知らぬ顔で影の招きを無視し、桶でお湯を汲んで頭と体を丁寧に洗い始めた。
(……あぁ、なんだか元の世界の銭湯を思い出すなぁ)
感傷に浸る間もなく、ヴィルが不機嫌そうに眉をひそめる。
「さっさと来いと言っているだろう!」
腕を伸ばされ、俺はそのまま湯船にずるりと引きずり込まれた。
隣に腰を下ろすヴィル。
(なんなんだよ……これ……)
俺は思わず残念そうな顔を浮かべる。
当主に対して失礼すぎるだろ。だが同時に――心の奥底で理解していた。
(……こいつだけは絶対に怒らせちゃダメだ)
ため息をひとつ。俺は観念して声をかけた。
「……はい。ヴィルさん、なんですか?」
ヴィルはどこか満足げに目を細める。
「当主である自覚を持て。それと――服は脱がせてもらうものだぞ」
(……なんだこのじいさん。ただのエロじじいじゃねぇか……!)
心の中で毒づく。もちろん絶対に口には出さない。
しかし次の瞬間、ヴィルの声色は柔らかく変わった。
「……だが、夕方まで鍛錬を欠かさなかったおまえを、私は誇りに思う」
静かな湯気の中、その言葉は不思議な温かさを持って胸に沁みた。
思わず涙がにじむ。
(……ごめん。エロじじいなんて思っちゃって……)
湯船に肩まで沈めながら、俺は熱い湯と温かい気持ちに包まれていた。