だ、だれかタオルを、、
先に湯から上がったヴィルは、何事もなかったかのように静かに姿を消していた。
残されたのは、湯船に浸かるレイズただ一人。
「……あぁ、極楽だ……」
肩まで湯に沈み込み、大きく息を吐く。
全身を包み込む温もり。
心地よい疲労感。
何も考えずにいられる至福の時間だった。
だが――ふと手を握ろうとした瞬間。
「はぁ……力が入らねぇな……」
苦笑が漏れる。当然だった。
一日中、木刀を振り続けたのだ。
腕は痺れ、肩は重く、
指先にさえ力が入らない。
過酷な鍛錬の代償である。
「今日はもう寝るしかないな……」
そう呟きながら、ゆっくりと湯から立ち上がる。そして脱衣所へ足を踏み出した、その瞬間だった。
入り口に立っていた二人の少女と目が合う。
リアナ。
そしてリアノ。
「…………」
「…………」
「…………」
時が止まった。
三人の視線が交差する。
沈黙。 静寂。
そして次の瞬間。それはそれは美しく。
どこまでも透き通った悲鳴が脱衣所に響き渡った。
「キャーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
リアナでもない。
リアノでもない。
――レイズの声だった。
◇◇◇
「キャーーーーーーッ!!!」
悲鳴は屋敷中へ響き渡った。
当然、騒ぎを聞きつけた使用人たちが次々と駆けつけてくる。
「な、何事ですか!?」
「お当主様のお声が!」
「大丈夫ですか!?」
脱衣所の扉が開かれ、
集まる使用人たち。
そして彼らが見たものは――
全裸で立ち尽くすレイズだった。
「…………」
「…………」
「…………」
空気が凍る。
レイズの頭も真っ白になる。
(終わった……)
人生が終わった気がした。
羞恥心が限界突破する。
だが、当主としての威厳だけは捨てられない。
レイズは震える唇で静かに告げた。
「……だ、誰か……タオルを……持ってまいれ……」
威厳など欠片も残っていなかった。
「は、はいっ!!」
真っ先に反応したのはリアナとリアノだった。 二人は慌てて駆け寄る。
「レイズ様、失礼いたします……」
「すぐにお召し物をご用意いたしますので……」
左右から丁寧に身体を拭かれる。
その手つきは優しい。
優しいのだが――
(やめてぇぇぇぇぇ!!!)
周囲には使用人たちがずらりと並んでいる。
誰も笑わない。
誰も茶化さない。
ただ真剣な顔で見守っている。
それが逆に辛かった。
あまりにも辛かった。
もはや公開処刑である。
レイズは涙目になりながら俯く。
(なんで俺だけこんな目に……)
誰にも届かない心の叫びだった。
その頃。
一人のメイドが廊下の先で立ち止まっていた。
「……今の声は……」
聞き覚えのある声だった。
あまりにも懐かしく。
あまりにも忘れられない声。
「今のは……レイズ……なのですか……?」
呆然と呟く。
すると背後から静かな声が響いた。
「リリアナ」
振り返る。
そこに立っていたのはヴィルだった。
「ヴィル様……」
ヴィルは穏やかな表情のまま続ける。
「少し話があります」
その言葉にリリアナは小さく目を伏せた。
「……えぇ」
「わかりました」
そうして二人は静かにその場を後にする。
メイド長――リリアナ。
彼女もまた、本来のレイズと深く関わってきた人物の一人だった。
だが。
今のレイズはまだ知らない。
この屋敷には――
自分が思っている以上に、本来のレイズを想い続けている者たちがいることを。




