尊厳を取り戻したレイズ。
リアナが丁寧にタオルを動かしていた、その時だった。
「――当主様ぁぁ!!」
突然の大声。
俺は思わず肩を震わせる。
だが、鍛練と羞恥の疲労で思考は半分溶けていた。
「んぅ……なぁに……」
力なく返事をする。
「もう……なんでもいいんだよ……」
どこか悟ったような声。
その姿を見たリアナの瞳が大きく揺れた。
「当主様……」
ぽろり。
涙が零れる。
「お身体が……」
震える声。
「こんなにも縮んでしまって……」
「……へ?」
俺はゆっくり顔を上げた。
そして自分の身体を見る。
少し緩くなった服。
以前より締まった腹。
引き締まり始めた輪郭。
――理解した。
(そうか)
(ついにか)
(ついに俺は――)
感動で震える。
そして勢いよく立ち上がった。
「どうだぁぁぁ!!」
両腕を広げる。
「痩せたぞぉぉぉ!!」
堂々宣言。
「すごいだろ!?」
胸を張る。
「嬉しいだろ!?」
自慢げである。
非常に自慢げである。
だが。
返ってきたのは拍手ではなかった。
リアナは涙を拭いながら言う。
「こんなにも無理をなさって……」
「え?」
使用人の一人が口元を押さえる。
「当主様が……」
別の者も目を潤ませる。
「そこまで追い込まれていたなんて……」
「え?」
空気がおかしい。
全員がおかしい。
喜んでいない。
誰も喜んでいない。
むしろ。
全員本気で心配している。
「え? なんで?」
理解できない。
痩せたんだぞ?
むしろ喜ぶところだろ?
だが周囲の反応は真逆だった。
「当主様ぁ……」
「ご無理を……」
「もっとお休みください……」
どんどん空気が重くなる。
そして気付く。
自分はまだ裸だった。
使用人たちの視線が一斉に集まる。
俺は一瞬で顔を真っ赤にした。
「ねぇぇぇぇぇ!!」
両手で身体を隠す。
「早く服を着せてぇぇぇぇぇ!!」
悲鳴が屋敷中へ響き渡った。
◇
数分後。
ようやく服を着せてもらった俺は、深い安堵の息を吐いていた。
「ふぅ……」
裸よりは百倍マシである。
尊厳が守られた。
たぶん。きっと。しかし。
歩き出そうとして違和感に気付く。
「ん?」
腰回りが妙に軽い。
「なんか緩くないか?」
視線を落とす。
服に余裕がある。
以前より明らかに余っている。
俺の顔がにやけた。
(おぉ……)
(やっぱりだ)
(痩せた)
(俺、痩せた)
心の中で勝利の鐘が鳴り響く。
これは革命である。
歴史的快挙である。
アルバード家始まって以来の大事件である。
俺は満足げに歩き出した。
その瞬間。
ずるっ。
「……あっ」
嫌な感触。
遅れて理解する。
腰が軽い。
非常に軽い。
そして。
ズボンが落ちた。
「…………」
沈黙。
屋敷の空気が止まる。
俺も止まる。
使用人も止まる。
世界が止まる。
そして。
リアナの顔が真っ赤になった。
リアノも真っ赤になった。
使用人たちも慌てて視線を逸らす。
俺は数秒かけて現実を理解する。
理解した。
完全に理解した。
「だれかぁぁぁぁぁぁ!!」
両手で必死に押さえる。
「助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
訓練場での雄叫びすら超える絶叫が、アルバード家に響き渡るのだった。
てか――
さっきまで平然と俺の裸を見てたくせに!!
なんで今さら恥ずかしがるんだよ!!
そこは恥ずかしがるなよ!!
順番がおかしいだろうがぁぁぁ!!!
俺の叫びに、リアナとリアノはさらに顔を赤くする。
リアノは両手を胸の前で握りしめ、もじもじと視線を泳がせた。
「い、いえ……その……」
言葉が続かない。
耳まで真っ赤だ。
「も、申し訳ございません……!」
深々と頭を下げる。
「謝るなぁぁぁぁぁ!!!」
俺は即座に叫んだ。
「なんでそこで謝るんだよ!!」
「いや、でも……」
「でもじゃない!!」
「申し訳ございません……!」
「だから謝るなってぇぇぇぇ!!」
リアノは完全に混乱していた。
リアナも慌てて駆け寄る。
「も、申し訳ございません当主様!」
「お前もかぁぁぁぁ!!」
増えた。
謝罪する人間が増えた。
全然解決していない。
むしろ悪化している。
使用人たちもどうしていいか分からず右往左往している。
誰もズボンを直そうとしない。
なぜだ。
今やるべきことは明らかだろう。
「誰か!!」
必死にズボンを押さえながら叫ぶ。
「まずはこれを何とかしてくれぇぇぇぇぇ!!!」
その悲痛な叫びと、
「申し訳ございません!」
という謝罪の声だけが、
こうして静かなアルバード家にいつまでも響き渡るのだった。




