それぞれの心がさらけ出される。
レイズの怒号が部屋を切り裂いた。
「ふざけるなぁぁぁぁああああああ!!!!」
轟音のような叫び。
誰も止められない。
レイズは倒れたレオナルディオへ駆け寄る。
そして。
その身体を力任せに蹴り飛ばした。
「ふざけるな!!」
もう返事はない。
動かない。
血だまりの中に横たわるだけだ。
それでもレイズは叫ぶ。
これで終わりだと!?」
もう一度蹴る。
「これで全部終わったと思ってるのか!!」
声が震える。
怒りだけではない。
悲しみ。
悔しさ。
やり場のない感情。
全てが混ざり合っていた。
「答えろよ!!てめぇ!!」
拳を握り締める。
「メルェはどうなる!!」
叫ぶ。
「イェイラはどうなるんだ!!」
誰も答えない。
答えられない。
「お前が死んだら終わりなのか!?」
嗚咽混じりの声。
「お前は最後まで利用しただけじゃないか!!」
震える。身体も。
声も。
心も。
「最後まで…メルェを見なかったじゃないか……」
その言葉だけが重く落ちる。
ヴィルが動いた。
「レイズ!!もうやめなさい!!」
強く抱き留める。
暴れるレイズ。
だがヴィルは離さない。
「離せッ!!」
レイズは叫ぶ。
「離せよ!!」
必死にもがく。
「まだ終わってないんだ!!」
しかしヴィルの腕はびくともしない。
やがて。
レイズの声は崩れ始める。
怒号ではなく。
叫びでもなく。
ただの悲鳴に。
「離せ……」
震える声。
「離してくれよ……」
力が抜ける。
「俺……約束したんだ……」
メルェの角を握り締める。
「真実を伝えるって……」
肩が震える。
「なのに……」
その先は言葉にならなかった。
ヴィルは何も言わない。
ただ黙って支える。
その様子をグレサスは見つめていた。
静かに。
ただ静かに。
かつて同じ時代を生きた男の亡骸を見る。
レオナルディオ。
友ではない。
だが長い年月を共にした男。
グレサスは小さく目を閉じた。
「……そうか」
それだけだった。
まるで。
長い戦いが終わったことを認めるように。
一方でセバスは歩み寄る。
亡骸の前へ。
静かに膝をつく。
そしてレオナルディオの身体を抱き上げた。
「……後は私がやりましょう」
怒りもない。
軽蔑もない。
あるのは務めだけ。
セバスは一礼すると、そのまま部屋を後にした。
残されたガルシアは立ち尽くしていた。
顔は青白い。
震えている。
「そういう……ことだったのか……」
呟く。
誰に向けた言葉でもない。
アルバードを滅ぼそうとしていたのは王国だった
そして自分は。
その計画のすぐ側にいた。
娘までも巻き込みながら。その事実が胸を抉る。
重い沈黙。
怒り。
諦め。
悔恨。
恐怖。
様々な感情が交錯する。
だが。
誰もが理解していた。
この瞬間を境に。
全てが変わったのだと。
もう。
後戻りはできないのだと。
ガルシアは震えていた。
視線は床に転がっていたレオナルディオへ。
そして。
ようやく全てが繋がった。
レイズが壊れた日。
アルバードの落ちこぼれと呼ばれるようになった日。
イザベルが必死にレイズを支え続けていた理由。
ヴィルがあれほどレイズを守っていた理由。
その全てが。
一つの線となって繋がっていく。
「そうか……」
震える声。
「そういうことだったのか……」
拳を握る
「全て……」
苦しそうに息を吐く。
「全て仕組まれていたのか……!」
後悔が胸を締め付ける。
知らなかった。
本当に知らなかった。
だが。
知らなかったで済まされるのだろうか。
レイズを落ちこぼれと呼んだ
出来損ないと呼んだ。
娘の言葉を信じなかった。
結果として。
自分もまた、この悲劇に加担していたのではないか。
「私は……」
声が掠れる。
「私はなんということに……」
俯くガルシア。
その姿を見ながら。
レイズは拳を握り締めた。
怒りは消えない。
むしろ膨れ上がっていた。
そしてその怒りは王国へ向く。
「違う……」
低い声。
誰も口を挟まない。
「全部王国の差し金だ」
レイズが顔を上げる。
その瞳は鋭かった。
真っ直ぐ。
グレサスを見据える。
「そうだろ!?」
一歩踏み出す。
「グレサス!!」
重い沈黙。
剣神は視線を逸らさない。
「お前もだ!!」
室内の空気が張り詰める。
だが。
グレサスは落ち着いていた。
いつものように。
冷静に。そして淡々と口を開く。
「先ほど」
低い声が響く。
「貴様自身が言っただろう」
レイズの眉が動く。
「私も」
「ガルシアも」
「この件は知らなかった」
静かな事実。
「つまりだ。」
グレサスは続ける。
「陛下も知らぬ」
その言葉にガルシアが顔を上げる。
レイズも黙って聞いていた。
「レオナルディオが独断で動いた」
「独断で根回しを行った」
「独断で計画した」
グレサスの声に嘘はない。
少なくとも。
彼自身はそう信じている。
「レオナルディオが何を考え」
「何を目的としていたのか」
「王国も知らぬ」
「陛下も知らぬ」
「我ら騎士も知らぬ」
グレサスはレオナルディオの亡骸を見る。
そして小さく息を吐いた。
「だからこそ」
再びレイズを見る。
「私は今ここに立っている」
剣神の視線。
強者の視線。
だが敵意はなかった。
「貴様が信じぬと言うのなら」
一歩。
前へ出る。
「どうするつもりだ?」
静かな問い。
だが重い。
「王国を敵と定めるか?」
「陛下を討つか?」
「私を斬るか?」
誰も口を開かない。
グレサスは続ける。
「それで貴様の怒りは晴れるのか」
レイズの拳が震える。
怒りはある。
憎しみもある。
だが。
その矛先をどこへ向ければいいのか。
今のレイズ自身にも分からなかった。
「答えてみろ」
グレサスの声が響く。
「レイズ・アルバード」
その問いは。
剣神からの挑発ではない。
怒りに飲まれようとしている少年へ向けられた。
あまりにも重い問いだった。
「そんなの……決まっている」
レイズは拳を握り締める。
怒りで震えていた。
悔しさで震えていた。
「全部――」
その時だった。
「やめなさい」
静かな声。
だが有無を言わせぬ重みがあった。
レイズの言葉が止まる。
ヴィルだった。
一歩前へ出る。
老いた身体。
だが、その背中は誰よりも大きく見えた。
「その判断はレイズ」
ヴィルは静かに言う。
「それはまだ…お前が決めることではない」
レイズが顔を上げる。
ヴィルは続けた。
「私に任せなさい」
その言葉に室内の空気が変わる。
グレサスが目を細めた。
ヴィルは真っ直ぐグレサスを見る。
「グレサス」
その声は静かだった。
だが圧倒的だった。
「ここで貴方を討つこと」
一拍置く。
「それが難しいことではないと」
さらに一歩前へ出る。
「おまえが一番理解しているはずだ」
沈黙。
グレサスは何も言わない。
ただヴィルを見つめる。
その姿を見ながら。
遠い記憶が蘇る。
若き日の自分。
剣に絶対の自信を持っていた頃。
そして。
敗北した日の記憶。
圧倒的な差
届かなかった背中。
越えられなかった壁。
それが目の前の男だった。
(まだ……)
グレサスは目を細める。
(まだ届かないか……)
そして。
不意に笑った。
小さく。
だが次第に大きく。
「クク……」
肩が震える。
「ハハ……」
やがて。
「ハハハハハハハハッ!!」
大きな笑い声が室内に響いた。
ガルシアが驚く。
レイズも眉をひそめる。
だがグレサスは止まらない。
心の底から愉快そうだった。
その時。
扉が開く。
セバスが戻ってきた。
亡骸の処理を終えたのだろう。
静かに室内へ戻る。
そして。
自然とグレサスと目が合った。
沈黙。
互いに何も言わない。
だが。
それだけで十分だった。
グレサスは理解する。
(ヴィルだけでも手が余るというのに)
視線がセバスへ向く。
(これまでいるのか)
苦笑が漏れる。
「まったく……」
首を振る。
「敵に回したくない連中だ」
本心だった。
ヴィル。
セバス。
どちらも化物。
そして。
グレサスの視線はゆっくりとレイズへ向いた。
先ほどまで怒りに震えていた少年。
だが。
その瞳の奥には別の何かがある。
怒りだけではない。
覚悟。
責任。
そして人を惹き付ける何か。
グレサスは黙って見つめる。
しばらく。
ただ見つめ続ける。
そして。
ようやく理解した。
「そうか……」
小さく呟く。
誰にも聞こえないほど小さく。
「そういうことか」
ウラトス。
あの男が。
誇り高きグレイオンが。
命を懸けて守る理由。
忠誠を誓う理由。
その答えが今。
目の前にあった。
グレサスは静かに目を閉じる。
「ウラトス……」
懐かしむような声。
「お前が従える理由は……」
言葉は最後まで続かなかった。
必要なかった。
もう理解してしまったからだ。
だからグレサスは黙る。
何も言わない。
ただ静かに。
レイズ・アルバードという少年を見つめ続けていた。




