レオナルディオの誤算。
レイズはゆっくりと懐へ手を入れた。
その仕草だけで場の空気が張り詰める。
取り出したのは一本の角だった。
小さく砕けてはいるが、その存在感は決して小さくない。
それを見た瞬間。
レオナルディオの心臓が大きく跳ねた。
なぜだ……!?)
呼吸が乱れる。
(なぜそれを持っている!?)
あり得ない。
あの件は終わったはずだった。
証拠など残っていないはずだった。
ましてや――。
(魔族と接触したのか……!?)
理解できない。
あの狂気と憎悪に満ちた魔族たちと。
どうやって。
なぜ。
だが表情には出さない。
出してはならない。
レオナルディオは必死に笑みを貼り付ける。
「それは……魔族の角ですか?」
静かな問いだった。
だが、その一言を聞いた瞬間。
レイズの瞳が細められる。
怒鳴らない。
声も荒げない。
ただ静かに答えた。
「これはメルェの角だ…」
その名が室内に響く。
ガルシアが眉をひそめる。
グレサスも無言のまま角を見つめた。
レイズはさらに続ける。
「――お前が殺した…」
一歩。
前へ出る。
「メルェの角だ」
その言葉にレオナルディオの背筋を冷たい汗が流れた。
「な、何を根拠に……!」
思わず声が上ずる。
「どこにそんな証拠があるのです!?」
必死だった。
冷静さを保とうとしている。
だが動揺は隠し切れない。
「私はそのメルェなる魔族など知りませんよ!」
沈黙。
その時だった。
グレサスが口を開く。
「ふむ」
腕を組みながら角を見つめる。
「確かに魔族の角と言われればそう見えるな」
そして続けた。
「だが魔物の角と言われても違和感はない…」
ガルシアも困惑していた。
「待ってくれ」
レイズを見る。
「メルェとは何者なのだ?」
「そしてなぜレオナルディオ殿を疑う?」
本当に知らない。
その表情を見てレイズは理解した。
(そうか……)
グレサスも。
ガルシア様も。
この件は知らないのか。
知っているのは。
この場でただ一人。
レオナルディオだけ。
レイズは視線を向けた。
真っ直ぐに。
逃がさぬように。
「レオナルディオ」
静かな声。
だが重い。
「一つ聞こう」
レオナルディオの喉が鳴る。
嫌な予感がした。
本能が警鐘を鳴らしている。
だが逃げられない。
レイズは淡々と言葉を続けた。
「なぜ、お前はメルェが魔族だと知っている?」
――沈黙。
レオナルディオの思考が止まる。
ガルシアが目を見開いた。
グレサスの眉が僅かに動く。
レイズは続ける。
「俺はメルェの角だと言った」
「だが、メルェが魔族だとは一度も言っていない」
レオナルディオの顔色が変わった。
完全に。
目に見えて。
レイズは一歩前へ出る。
「ガルシア様は知らなかった」
「グレサスも知らなかった」
「だが、お前は迷いなく魔族と言った」
静かな声。
しかし、その一言一言が刃のように鋭い。
「なぜだ?」
誰も答えない。
いや。
答えられない。
レオナルディオだけが沈黙している。
その姿を見てガルシアがゆっくりと振り返った。
「レオナルディオ殿……?」
疑念。戸惑い。
信じたくない感情。
それらが混ざり合う。
グレサスも無言だった。
だが、その視線は鋭い。
先ほどまでレイズへ向いていた警戒が、今は別の人物へ向けられている。
レオナルディオ。
その男へ。
レイズはさらに続ける。
「アルバード」
「レイバード」
「メルェ」
一つ一つ名前を並べる。
「全て偶然だと言うのか?」
レオナルディオは答えられない。
汗が頬を伝う。
言葉が出ない。
その姿を見た瞬間。
この場にいる全員が理解した。
追い詰められているのはレイズではない。
アルバードでもない。
レオナルディオ自身だということを。
そして。
レイズの瞳には怒りが宿っていた。
燃え盛る怒りではない。
もっと冷たいもの。
決して消えることのない怒り。
メルェの死。
アルバードへの干渉。
レイバードの利用。
その全てを背負った怒りだった。
「まだ意味がわからないか…?」
レイズはメルェの角を突きつける。
その一言が。
レオナルディオにとって何より重い断罪となった。




