ガルシアの要求。
広間に張り詰めた空気。
まず口を開いたのはガルシアだった。
「セバス様。当主であるヴィル様はいまどこへお出かけに……?」
セバスは一歩も退かず、静かに答える。
「貴方方が知る必要はありません。用件だけを伺いましょう。」
低い声には明確な拒絶がにじみ出ていた。
その場にいたクリスの視線の先には、一人の巨影。
王国剣聖——グレサス。
無言のまま立ち尽くすその男とクリスは、ほんの一瞬だけ視線を交わした。
会話は一切ない。だが、その眼差しは明らかにクリスを“下”に見ていた。
セバスはその視線に気付くと、わずかに目を細める。
「……それで? わざわざ王国最強を連れて、何をしにアルバードへ?」
声に含まれた気配は、警戒と怒気に似た重圧。
ガルシアは慌てて両手を振る。
「い、いえ! 誤解しないでいただきたい! 我々はアルバードの現状を憂いているのです。……魔族が貴方方を襲撃していると聞きました。そこで、このグレサス殿が助力になればと——」
だが、その言葉を途中で切り捨てるように、セバスが低く告げる。
「不要です。」
場の空気がさらに冷たくなる。
セバスは一歩踏み出し、鋭い眼光を突きつける。
「それと、貴方たちは一つ勘違いしている。今の当主は——レイズ様だ。」
その瞬間、場にいた者たちの顔が変わった。
ガルシアは目を見開き、騎士たちもざわめきを隠せない。
そしてグレサスは、ゆっくりと口元を歪めた。
「ほう……ヴィルの孫か。」
その嘲るような笑みを見た瞬間、クリスの瞳に鋭い光が宿った。
「……何がおかしい?」
その声には、決して引かない意思がにじんでいた。
グレサスは薄く笑みを浮かべ、低く呟いた。
「いや……出来損ないを当主に据えるとはな。私を倒したヴィル「様」らしからぬ決断だ。……心配しているだけさ」
その言葉に、場の空気が一変する。
セバスの双眸が鋭く光り、クリスの掌が剣の柄を握りしめる。二人の身から殺気がほとばしった。
しかしグレサスは一歩も退かない。むしろ楽しげに口角を吊り上げた。
「やめておけ。お互い、ただでは済まぬぞ?」
冷たい声が、空気を凍らせる。
その張り詰めた場を、ガルシアの声が破った。
「……レイズ……だと? レイズが当主……?」
驚愕に染まる瞳。汗が額を伝う。
「では……私の娘、イザベルは……? いったい何のためにここにいるのです……」
その声音には、確かに父としての憂いが混じっていた。だが同時に、レイバードの一員としての計算の影もちらついている。
セバスは揺るがぬ声で応じる。
「イザベル様は、ご自身の意思でここに残っておられるのです。レイズ様を支えると、はっきり宣言されました。」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、ガルシアは声を荒げた。
「嘘を言うな!! レイズを……あの出来損ないを……!!!」
叫びは父の焦燥か、それとも家名の矜持か。
場にいる全員が、その真意を測りかねて息を呑んだ。
セバスは冷たく言い放った。
「……用件は済みましたか?」
その声音は一見穏やかだが、背後に漂う気配はただならぬものを孕んでいた。
このまま一線を越えれば、即座に剣戟が交わされるだろうと誰もが悟る。
ガルシアは荒い息を吐き、拳を震わせながら叫んだ。
「私の用件は終わった! だが――イザベルは連れ帰る! すぐに居場所を教えろ!!」
その剣幕に、クリスが一歩前に出て遮る。
「イザベル様は今、ヴィル様とレイズ様の傍におられます。そして……すでに魔族の応戦に向かわれました。」
言葉を聞いた瞬間、ガルシアの顔が蒼白に染まる。
「なっ……魔族と……!? 娘が……!? ふざけるなッ!! 正気か、貴様ら!!」
重苦しい空気を切るように、グレサスが肩を竦めて笑った。
「ガルシア卿、落ち着きなされ。少なくともイザベル様は無事でしょうよ。なにせ、“剣神”ヴィルが共にいるのですから」
軽口とも皮肉ともつかぬ声音。
だが、クリスはその上から力強く言葉を叩きつけた。
「それだけではありません。――レイズ様も共におられる。だからこそ、イザベル様は必ず無事です。」
その断言に、グレサスの唇がゆっくりと歪んだ。
「ほぉ……レイズ、ねぇ。さっきからお前たちの口ぶりを聞いていると――どうやら、多少は“使い物”になったということか?」
鼻で笑う声音が場をさらに緊張させる。
ガルシアとグレサスのやり取りが続くなか、低く落ち着いた声がその場に割って入った。
「……ガルシア卿。貴方の用件だけで終わらせないでいただきたい。」
その場にいた全員の視線が向く。
一歩前に出てきたのは、背筋の通った男――その姿は、まさしく魔族に“情報を流した者”の特徴と一致していた。
レオナルディオ。
彼はゆったりと一礼し、しかしその眼差しには人を値踏みするような冷たい光が宿っていた。
「セバス様。我々は王国の仲間であるあなた方を心配しているのです。」
柔らかな声でありながら、その奥に潜む毒をセバスもクリスも即座に感じ取る。
「いまは確かに、あなたやヴィル様が健在で、アルバードは盤石に見えるでしょう。だが――」
レオナルディオは言葉を区切り、じわりと空気を締め上げるように声を低めた。
「この先、どうなるのか……理解しておられるはずです。いずれ寿命は尽き、屋敷を支える柱は折れる。だからこそ、私は心配している。……今日はそのために、再び提案をしに参ったのです。」
彼の口調はあくまで穏やか。だが、まるで未来を見通した上で「滅び」を前提にしているかのような響きがあった。




