おじいさんフィルター
ヴィルはふと問いかけた。
「して、なぜダイエットをしたいのですか?」
俺は即座に両手で腹を掴み、ぽよんぽよんと揺らしてみせる。
「ねぇ! ヴィルたちの美的感覚どうなってるんだよ!!」
ヴィルは顎に手を当て、本気で悩み始めた。
「そうですね……私から見れば、かわいい孫のようなものです。」
「あぁぁぁぁ!? それ絶対おじいちゃんフィルター入ってるだろ!!」
俺は天を仰いだ。
「それでも痩せたいの! かっこよくなりたい! そして強くなりたいんだ!!」
その言葉に、ヴィルの瞳が僅かに細められる。
「……強く、ですか」
小さく呟くと、ヴィルは背後の棚へ向かった。そして一本の木刀を取り出し、何の躊躇いもなくこちらへ放り投げる。
「では、これを使いなさい」
「うわっ!?」
慌てて飛び退く。
次の瞬間――ドォンッ!!
訓練場に重い音が響いた。
俺は木刀を見て、ヴィルを見た。
そしてもう一度木刀を見た。
「そのさ……ヴィル」
「はい」
「頼むから投げて渡すのやめて…ください。」
「はて?」
本気で首を傾げている。
「それは重木といって、この大陸でも特に密度の高い木から削り出したものです。そのサイズなら、そうですね……今のレイズくらいの重さでしょうか」
「余計になげるなぁぁぁぁぁぁ!!!」
思わず全力で叫ぶ。
「死ぬだろ!! ていうか俺と同じ重さの木刀を片手で投げるな!! 化け物なのかお前は!!」
ヴィルは穏やかに笑った。
「ですが、先ほど持ち上げてみせたではありませんか」
その視線はどこか誇らしげだったが、俺はそれどころではない。
俺は鼻で笑う。
「ふっ……見てろよヴィル。俺なら優雅に木刀を持ち上げて――」
もちろん持ち上がらなかった。
「…………」
そして。
「んぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
訓練場に意味不明な雄叫びが響き渡る。
歯を食いしばり、顔を真っ赤にし、全身をぷるぷる震わせながら必死に力を込める。
優雅さ?
そんなものはない。
欠片もない。それでも諦めなかった。
やがて木刀が少し浮く。
さらに力を込める。
そして――
ついに持ち上がった。
その姿は英雄というより、洗濯機に放り込まれた子犬だったが、それでも確かに持ち上げていた。
ヴィルはそんなレイズを静かに見つめる。
諦めない。逃げない。
できないと決めつけない。
その姿は、ヴィルの知るレイズそのものだった。
(……これなら)
胸の奥で何かが動く。
長い年月止まっていた歯車。
諦めていた未来。
(これなら進められる)
レイズはまだ弱い。まだ未熟だ。
だが確かな意思がある。
ならば自分もまた前へ進める。
ヴィルの胸の奥で、止まっていた大きな歯車が静かに動き始めていた。




