おじいさんフィルター
ヴィルはふと問いかけた。
「して、なぜダイエットをしたいのだ?」
俺は両手でお腹を掴み、ぽよんぽよんと揺らしてみせる。
「ねぇ……ヴィルたちの美的感覚どうなってるんだよ!」
ヴィルは顎に手を当て、少し悩むように考え込んだ。
「そうですね……私から見れば、かわいい孫のようなものですかね」
「……あぁ、これ絶対“おじいちゃんフィルター”入ってるわ……」
俺は天を仰ぎ、深いため息を吐いた。
「それでも痩せたいの! かっこよくなりたい! そして、強くなりたいんだ!!」
その言葉に、ヴィルの目がかすかに光った。
「……強く、なりたいのですか」
静かに呟いた後、ヴィルは背後の棚から一本の木刀を取り出し、軽やかに俺へ投げてよこした。
「では、これを使いなさい」
「うわっ!?」
かっこよくキャッチ――できるはずもなく、俺は慌てて飛び退く。
ドンッ!
訓練場に重たい音が響いた。
「そのさ……ヴィル……頼むから投げて渡すのやめて……」
「はて?」
ヴィルはきょとんと首を傾げる。
「それは“重木”といって、この大陸でも特に密度の高い木から削り出したものです。そのサイズで……そうですね。今のレイズくらいの重さでしょうか」
「余計になげるなそんなもん!! 死ぬだろ!!」
息を荒げて突っ込む俺。
「てか、おれと同じ重さの木刀を片手で振り回すって……お前、化け物すぎるだろ……!」
ヴィルは口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「……ですが、さっきは持ち上げてみせたではないですか」
その眼差しには、確かな温かさと誇らしさが宿っていた。
だが、必死に息を整える俺は、それに気づくことはなかった。
俺は静かに鼻で笑った。
「ふっ……見てろよ、ヴィル。俺なら優雅に木刀を持ち上げて――」
……れなかった。
「んぬぬぬぬぬぬぬぬぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
訓練場に響き渡る、意味不明なおたけび。
必死に歯を食いしばり、顔を真っ赤にして――どうにかこうにか木刀を持ち上げることに成功した。
だがその姿は、まるで洗濯機に放り込まれた子犬のように全身ぷるぷる震えており、優雅さのかけらもなかった。
「……」
俺は汗だくになりながら必死に耐える。
ヴィルはその光景を静かに見守り、口元にかすかな笑みを浮かべていた。
その笑顔の意味を、俺はまだ知らない。




