父ガルシア
選択をする前に、イザベルにはどうしても聞いておかなければならないことがあった。
胸の奥では嫌な予感が渦巻いている。聞けば傷つくかもしれない。だが聞かなければ前へ進めない。そんな思いを押し殺すように胸元を握り締めると、イザベルは震える声で問いかけた。
「お、お父様は……どうなってしまうのですか……?」
その問いにレイズは僅かに表情を曇らせた。ガルシアという名前に覚えはない。未来の記憶を辿っても浮かんでくるのはレオナルディオ・レイバードだけだ。しかしだからといって都合の良い嘘をつくつもりはなかった。
「俺は……ガルシアという男を知らない…」
率直な答えだった。
イザベルの顔から血の気が引く。だがレイズは続けた。
「未来の記憶にあるのはレオナルディオ・レイバードだ。
だからガルシアについて俺は知らない。
ただ、今回の魔族との件で見た紋章や状況を繋げると、ガルシアも何らかの形で関わっている可能性は高い。」
レイズは冷静に考えを整理しながら言葉を重ねる。
「考えられる可能性は二つある。一つはガルシア本人が今回の件に関わっている場合だ。
もう一つは……既にこの世にいない場合だ。
どちらにせよ悠長にしている時間はもう…ない。
真相を突き止めるために俺はすぐに動くつもりだ。
それにな…もう向こうは動き始めているかもしれない」
イザベルは唇を噛んだ。
レイズは分からないと言った。だがその言葉は決して希望を与えるものではなかった。むしろ最悪の可能性を視野に入れているからこそ出てくる答えだった。
「じゃあ……お父様はもう……」
か細い声だった。
レイズは静かに首を横へ振る。
「分からないって言っている。
だから調べる必要があるんだよ。
でもな、可能性は高いと思ってる。」
その言葉を聞いた瞬間、イザベルは目を閉じた。胸の奥が痛い。父を信じたい気持ちと、レイズの言葉を否定できない自分がいる。
そんな彼女を見ながらレイズは低い声で続けた。
「だからこそ、イザベル、おまえは選択をしろ。」
イザベルが顔を上げる。
「レイバードを信じ続けるのか。それとも俺を信じるのか。」
その言葉はあまりにも重かった。
レイバードは故郷であり家族だ。簡単に捨てられる存在ではない。だがアルバードもまた大切な場所だった。ヴィルがいて、セバスがいて、クリスがいて、そしてレイズがいる。気付けば第二の家のように感じていた場所だった。
答えが出せずにいるイザベルへ向けて、レイズはさらに言葉を続ける。
「俺は魔族の怒りを受け止めた。そして誓った。魔族の…メルェの雪辱を必ず…晴らす」
その瞳には迷いがない。
「その先でレイバードは潰すことになるかもしれない。
そして、それができなければ魔族はまたアルバードを襲うかもしれない。そうなれば俺はアルバードを守る。けどな……」
そこでレイズは一度言葉を切った。
なぜか…脳裏に浮かぶのはメルェの姿だった。
笑っていた顔。怒った顔。泣いていた顔。
そして最後の姿。
「もう…魔族を殺したくない」
その声は驚くほど静かだった。
「メルェの同族を、俺はもう殺したくない」
その言葉を聞いた瞬間、イザベルは理解した。
レイズは復讐だけを考えているわけではない。
怒りだけで動いているわけでもない。
守りたいものがあるのだ。
失わせたくない未来があるのだ。
だからこそ苦しんでいる。
だからこそ前へ進もうとしている。
イザベルは震える唇を開いた。
「レイズ君……私は……」
怖かった。父のことも。
レイバードのことも。未来も。
何もかもが怖かった。
それでも。
「私はあなたと一緒に行きたい」
その言葉だけは迷わなかった。
「真実を……私も知りたい」
レイズはしばらく黙って彼女を見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「ああ、そうか…」
そう言って静かに手を差し出す。
「その選択を俺は受け入れるよ。
だから安心しろ。俺は必ず守る」
イザベルの瞳が揺れる。
レイズは真っ直ぐ彼女を見据えた。
「イザベルも。そして真実もだ。」
ヴィルはその光景を黙って見守っていた。
血が滲むほど拳を握りながら、それでも前へ進もうとしているレイズ。仲間の無念を背負い、アルバードを守ろうとし、それでもなお憎しみに呑まれないでいようとしている姿は、かつての少年とはまるで違って見えた。
だからこそヴィルは確信する。
この少年はもはや守られるだけの存在ではない。
アルバードを背負う者だ。
リヴェルとセシルが自身の想いを繋いだ子であり。
そしてヴィル自身にとって何よりも大切な孫。そのレイズが今こうして自らの意志で未来を切り開こうとしている。
かつてメルェを守ると言っていた幼い少年はもういない。
今のレイズが語る「守る」という言葉はあまりにも重く、あまりにも深い。
それは力の強さではない。
才能でもない。覚悟だ。
そしてヴィルは、その覚悟の中にこそ、誰よりも本当のレイズらしさを感じ取っていた。




