選べ。
レイズは静かにイザベルへと向き直った。
その瞳に宿る光を見た瞬間、イザベルは思わず息を呑む。そこにいたのは、いつもの優しい従兄弟ではなかった。自分が知っているレイズでありながら、どこか決定的に違う。まるで全てを見通した者だけが持つ覚悟を背負ったような眼差しだった。
「イザベル――未来では、おまえはいない」
あまりにも静かな声だった。
だからこそ、その言葉は鋭く胸を貫いた。
イザベルの瞳が大きく揺れる。
「……え?」
理解できなかった。理解したくなかった。
だがレイズは視線を逸らさない。
そのまま真っ直ぐイザベルを見据えながら、残酷な現実を告げる。
「殺されるんだ」
一瞬、時間が止まったような気がした。
「おまえは必ず殺される。そして、その未来にはレイバードと王国が深く関わっている」
イザベルの顔から血の気が引いていく。
頭の中が真っ白になる。
何を言われているのか理解できないわけではない。だが、理解したくない。
レイバードは自分の家だ。
生まれ育った場所だ。
父がいまもいて、思い出がある…。
そのレイバードがアルバードを害し、自分自身の死にまで関わっているなど、到底受け入れられる話ではない。
しかしレイズの表情には一切の迷いがない。
怒りはある。
悲しみもある。
だが、それ以上に確信があった。
だからこそ恐ろしい。
冗談ではない。
脅しでもない。
レイズは本気でそう信じている。
いや、信じているというよりも、それを見てきた者の顔をしていた。
レイズはゆっくりと一歩前へ出る。
その一歩だけでイザベルの肩が震えた。
「だから選んでいい。」
低い声だった。
決して怒鳴っているわけではない。
だが、その一言には当主としての重みが宿っていた。
「おまえはレイバードを選ぶのか」
イザベルの唇が震える。
言葉が出てこない。
「それともアルバードを選ぶのか」
答えられるはずがなかった。
レイバードは自分の故郷だ。
大切な家族がいる。
捨てろと言われて、はいと頷けるほど軽い存在ではない。
だがアルバードも同じだった。
幼い頃から何度も訪れた場所。
ヴィルがいて、セバスがいて、クリスがいて、そしてレイズがいる。
いつの間にか第二の家のように思っていた場所だった。
その二つが今、初めて真正面から衝突していた。
胸が苦しい。息が上手くできない。
怖かった。
何が正しいのか分からない。
何を選べばいいのか分からない。
そして何よりも恐ろしかったのは、目の前のレイズが本気で自分の答えを求めていることだった。
昔のレイズならこんなことはしない。
感情のままに怒鳴り散らすことはあっても、こんな重い選択を他人へ突きつけることはなかった。
だが今のレイズは違う。
怒っている。
苦しんでいる。
それでも感情だけで動いてはいない。
その怒りの奥には確かな覚悟が見えた。
だからこそイザベルは言葉を失う。
そしてふと視線を横へ向けた。
そこにはヴィルが立っていた。
アルバード最強の男。
誰よりも頼もしく、誰よりも大きな存在。
だがヴィルは何も言わない。
レイズを止めようともしない。
否定もしない。
ただ静かに見守っている。
その姿を見た瞬間、イザベルの心臓が大きく脈打った。
もしレイズの言葉が妄想なら?
もし根拠のない戯言なら?
ヴィルおじいさまは必ず止める…。
だが止めない。
つまりヴィルおじいさまも知っている…?
全てではなくとも、少なくともレイズが語る未来に繋がる何かを。
イザベルは唇を噛んだ。
そして理解してしまう。
ヴィルが今まで語らなかったこと。
レイズへ伝えられなかった事実を。
アルバードとレイバードの間に横たわる深い溝。
そしてレイズがレイバードを憎む理由を。
もし本当にレイバードがアルバードを裏切ったのだとしたら。
もし本当にレイズから大切なものを奪ったのだとしたら。
レイズがレイバードを許せないのは当然だ。
むしろ今まで何も知らず、無邪気に笑っていた自分の方が残酷だったのかもしれない。
胸の奥が痛い。苦しい。
悲しい。怖い。
様々な感情が渦巻く中で、イザベルが最も恐れていたのは一つだけだった。
それはレイバードを失うことではない。
アルバードを失うことでもない。
レイズの信頼を失うことだった。
ようやく変わり始めたレイズ。
ようやく本音を話してくれるようになったレイズ。そのレイズに拒絶されるかもしれない。
その可能性が、何よりも今は恐ろしくてしかたがなかった。




