そして、大きく流れは動く。
食堂に広がるのは、穏やかな昼下がりの空気だった。
レイズ、イザベル、ヴィル。三人だけの静かな食事の時間――その均衡を、突然の足音が打ち破った。
「――失礼いたしますっ!!」
扉を開け放ち、使用人が駆け込む。息を切らし、声を振り絞った。
「魔族が……ルーヴェ村の人々を襲っているとの報せが入りました!」
その瞬間、食堂の空気が一変する。
「魔族」という言葉に、レイズの眼が鋭く光り、イザベルは小さく震える。
ヴィルの表情も一瞬で厳しさに変わった。
「……妙ですね。魔族どもは近年、大人しくしていたはず。なぜ今になって――」
鋭い眼差しを窓の外に投げたヴィルは、すぐに言葉を切り替える。
「私が行きましょう。」
低く落ち着いた声。しかしその瞳は静かに燃えている。
だが、すぐに二人へと視線を移し、問いかけた。
「――イザベル、レイズ。二人なら、どう判断しますか?」
短い沈黙。
最初に声を発したのはレイズだった。
「……俺が行く。」
その決意に、すかさずイザベルが反発する。
「だめよ! 魔族よ!? もし本当なら危険すぎるわ!」
二人の意見は真っ向から割れた。
ヴィルは静かに補足する。
「ええ……イザベルの言う通りです。魔族は強大で、そして血を好む。彼らとの戦いには、常に多くの犠牲が伴いました。」
ゆえに、と続ける。
「私は一人で行くつもりです。」
「……!」
イザベルの胸が締めつけられる。
おじいさまを一人でなんて――。彼女はすぐに身を乗り出した。
「一人でなんてだめです! 私も一緒に行きます!」
だがその願いは即座に退けられる。
「……イザベル。貴女がいても、正直に申し上げれば足手まといになる。」
その言葉に、イザベルの顔から血の気が引いた。
唇を噛みしめ、何も言えなくなる。
――それが事実だから。
魔族と人との「力の差」はあまりに絶望的。
太刀打ちできるのは、もはや化物と呼ばれる存在のみ。
レイズは黙ってそのやり取りを見ていた。
――だが、心の中では違っていた。
(……魔族なら、俺がやれる。)
ゲームの世界で嫌というほど知っている。
奴らの強さも、恐ろしさも。だが同時に、自分には「死属性」がある。
絶対的な切り札がある。
レイズは立ち上がり、強い瞳で宣言した。
「……俺が行く。」
イザベルは叫ぶように反論する。
「そんなのダメに決まってるじゃない!!」
だが、ヴィルはただ頷いた。
――彼は、レイズの中に眠る力を知っているから。
「……よろしい。では――レイズ。」
ヴィルの声が、食堂の空気を震わせる。
「このアルバードを背負う者として、その力を示しなさい。」
イザベルは信じられなかった。
自分は止められたのに、レイズには「行け」と言うなんて。
彼がまだヴィルやセバスほど強くないことくらい、分かっているのに――。
それでも、レイズは一歩も引かず、ただ真っすぐに前を見据えていた。
イザベルは耐えきれず叫んだ。
「そんな……! おじいさま、レイズくんに死ねって言うのですか!?」
その声に、ヴィルの瞳が鋭く光る。
食堂の空気を圧し潰すような気配――軽い判断など一切ないことを、全身で語っていた。
イザベルの目から涙があふれる。
「じゃあ……せめて……せめて私だけでも、一緒に行かせてください……!」
その必死の願いに、ヴィルは頑なに首を横に振る。
「――だめです。」
「どうして……!」
涙に濡れたイザベルの声が食堂に響く。
だが、そこで二人のやり取りに痺れを切らしたレイズが、立ち上がった。
「……ヴィル。」
その声は、以前の彼とは違う、重みを帯びた響きだった。
「イザベルは、俺が必ず守る。」
一瞬の沈黙。
その言葉に、ヴィルの脳裏にはかつての少年レイズの姿がよみがえる。
――『僕がメルェを守る!』
そう叫んだ、未熟で、何も守れなかったあの日の少年。
しかし今、目の前にいるのは違う。
その瞳には、確かに覚悟と責任が宿っている。
かつての後悔を、乗り越えようとする強さが。
ヴィルは深く息を吐き、ゆっくりと頷いた。




