本来の目的は忘れたレイズ
こうして、確かに成長した日常は――さらに新たな成長へと続いていった。
鍛錬の日々。
長いようで短い時間が、静かに、しかし確実に流れていく。
その勢いは、もう誰にも止められない。
鍛錬だけではない。
レイズはほぼ毎日…町へ足を運び、人々へ丁寧に挨拶を重ねる。
最初は戸惑い、距離を置いていた人々も、その変化を自らの目で見続けるうちに理解していく。
――レイズ・アルバードは変わった。
そして、アルバード家の当主として立つにふさわしい人物なのだと。
そして今――。
訓練場。
向かい合うのはレイズとクリス。
二人は木刀を構え、静かに視線を交わしていた。
「……本気で来いよ?クリス」
「無論です。手加減など、失礼になりますから」
張り詰めた空気。
風さえ息を潜める。
模擬戦が始まろうとした、その時。
レイズが口を開いた。
「……実はな、クリス」
「はい」
「おまえに一つだけ、どうしても許せないことがある」
クリスの表情が引き締まる。
「ぜひ、お聞かせください。すぐに改めます」
レイズは木刀を構え直し、大きく叫んだ。
「おまえの、そのイケメン面だぁぁぁぁ!! 今日こそ泥に沈めてやる!!」
クリスは目を丸くした。
「……イケメン」
しばらく考え込む。
「それが……レイズ様を苦しめていたとは……」
真面目に受け止めたまま木刀を構える。
「申し訳ありません!!!」
「謝るなぁぁぁ!!」
ガンッ!!
木刀が激しくぶつかり合う。
クリスは冷静に受け流しながら心の中で呟く。
(やはり……レイズ様はお優しい)
(私程度を相手に、ここまで全力で鍛錬してくださるとは)
勘違いも、ここまで来ると芸術だった。
しかし。
レイズの剣は確実に鋭さを増している。
速く。
重く。
そして迷いがない。
あまりにもはやすぎる成長。
そしてそれは誰の目にも、明らかだった。
それでも。
現時点では、まだクリスが一枚上手だ。
本来のレイズが知るウラトス。
その実力はラスボスと言われてもおかしくないほどの人物。
遠くで見守るイザベルは、小さくため息をつく。
「何が『イケメン面を泥に沈める』よ……」
視線の先にはレイズ。
無駄な肉は落ち、鍛え上げられた身体。
整った顔立ち。
以前の面影はどこにもない。
「レイズくんだって……十分イケメンじゃん」
ぽつりと漏らしたその言葉に、周囲の女性使用人たちも小さく頷く。
誰もが同じことを思っていた。
けれど。
その当人だけは――まったく気づいていない。
レイズが鍛え始めた理由。
その一つ。
『痩せること』
その目的は、とっくの昔に達成されていた。
鏡を見ても。
周囲に言われても。
本人だけは認めない。
今も胸の中で燃えているのは、たった一つ。
(クリスのイケメン面……今日こそ泥に沈めてやる!!)
そして数十分後。
泥に転がっていたのは――
「ぐぬぬぬぬ……」
レイズだった。
一方。
クリスは涼しい顔で一礼する。
「ありがとうございました」
こうして今日も。
美青年レイズは、美青年クリスに敗れた。
……なお。
本人だけは、自分が美青年になったことに最後まで気づいていなかった。




