その姿は未来の傑物を写す。
決意を固めたレイズは部屋を出ると、そのまま外へ向かった。
手にした木刀は、ひどく重い。
けれど今の彼には、その重みがちょうどよかった。
怒りも。
無念も。
後悔も。
一振りごとに身体の奥へ沈めていく。
レイズは無言で木刀を振るった。
かつて…無様な少年の面影は、もうそこにはない。
荒れ狂う感情を撒き散らすのではなく、静かに押し殺し、ただ前へ進もうとする者の姿。
その佇まいには、未来の傑物を思わせる凛とした気配が宿っていた。
何度も、何度も。
木刀を振り下ろすだけだ。
風を裂く音だけが庭に響く。
その時だった。
ふと視線の先に、リアノの姿があることに気づく。
レイズは一瞬、いつものように食事の準備を知らせに来たのだろうと思った。
だが違う。
リアノの表情は普段のものではなかった。
震えるようにこちらを見つめる瞳。
そこにあったのは怯えでも怒りでもない。
何かを確かめ、そして理解してしまった者の静かな痛みだった。
「レイズ様……」
呼びかけられても、レイズは木刀を止めない。
ただ黙って振り続ける。
だが次にリアノが漏らした言葉で、その手はぴたりと止まった。
「もしかして……メルェのことしょうか?」
その一言が、胸の奥へ沈めていた感情を静かに引きずり出した。
レイズは木刀の切っ先を地面へ突き立てる。
そして短く答えた。
「……ああ」
短い沈黙。
それから低く、はっきりと言い切る。
「メルェの仇は、必ず俺がこの手で討つ」
言い終えると再び木刀を振り上げる。
打ち下ろす。
また振り上げる。
怒りと誓いを身体へ刻み込むように。
リアノは、その背中を見つめていた。
嬉しかった。
メルェのことを、レイズが忘れずにいてくれたことが。
けれど同時に胸が痛かった。
メルェのために怒りを抱え、そのすべてを剣へ変えようとする姿が、あまりにも切なかった。
そして、その怒りが再びレイズを狂わせてしまうのではないかと。
「……レイズ様」
リアノは小さく息を呑む。
そして震える声で告げた。
「私も、今度こそ一緒に……」
その言葉に、レイズは木刀を振る手を止めぬまま答えた。
「……ああ」
短い返事。
だが、それだけで拒絶ではないことは分かった。
「だが、これはメルェのためだけじゃない」
木刀が風を裂く
「守れなかった俺自身のためでもあるんだ」
その言葉に、リアノは何も返せなかった。
やがてレイズは木刀を肩に担ぎ、ようやく振るうのをやめる。
そしてリアノへ向き直ると、ほんの少しだけ声音を和らげた。
「……さあ、飯を食べに行こうか」
リアノは小さく頷く。
「はい。レイズ様」
二人は屋敷へ向かって歩き出した。
だが、その途中。
レイズはぽつりと呟く。
「……メルェを助けてやれなくて」
一度だけ言葉が途切れる。
そして静かに続けた。
「ごめんな……」
リアノの足が止まった。
違う。
そうじゃない。
レイズ様が謝ることではない。
そう伝えたかった。
今すぐ呼び止めて、その背中に言葉を投げたかった。
けれど、できなかった。
今のレイズは慰めを求めているわけではない。
その横顔を見れば分かる。
悔しさも。怒りも。後悔も。
すべてを抱えたまま、それでも前へ進もうとしている。
だからこそ。
今の自分の言葉では届かない。
リアノは胸元をぎゅっと握り締める。
唇を噛み、涙を堪えながら、その背中を見つめた。
レイズは振り返らない。
ただ真っ直ぐ前を向き、屋敷へと歩みを進めていく。
その背中はどこか寂しく。
それでいて、誰よりも強く見えた。
リアノは、その背中から目を離せなかった。
怖かった。
また、あの復讐に呑まれてしまうのではないか。
また、一人ですべてを背負い込んでしまうのではないか。
あの優しいレイズ様も。
すべてを一人で抱えていた、本来のレイズ様も。
どちらも、私にとっては大切な人だから。
「……戻させません」
小さく。
けれど、確かな決意を込めて呟く。
「どちらも失わせません」
今度は、私が支える。
レイズ様が一人で背負わなくていいように。
その隣に立てるくらい、私が強くなる。
「もっと……」
胸元を強く握り締める。
「もっと、私が……」
涙が頬を伝う。
「私が強くならないと……」
リアノは静かに涙を拭う。
そして、レイズの後を追った。
もう二度と、その背中を一人にはしない。
そう心に、固く誓いながら。




