57話:舐めんな
天狗面の能力は「守るもの」を起点に相手を絡め取る構造でした。そこに対し、神宮寺は“まだ守る側に立ちきれていない未完成さ”で突破します。しかしそれは、強さではなく未成熟の証でもあります。
源蔵は守ることで強くなった。
泰斗は追いつくために強くなろうとしている。
この差はまだ埋まっていません。だからこそ熱が生まれます。
“守る”とは何か。
“強さ”とは何か。
天狗面「ほう、自分の周りは守らずとも生き抜けると?」
神宮寺「あぁ当たり前だろ」
大熊が地面に仰向けで倒れている。胸が荒く上下し、霊装の残滓がかすかに揺れている。
隈取面「ええ戦いやったわ、根性あんなお前」
橙の炎が消えかけた空間に、低い声が響く。
小面面「こっちもおーわーりー!」
瓦礫の山の傍ら。
名藤が至る所から血を流し、崩れた壁材に片手を乗せて俯いている。顔は見えない。だが、確実に致命傷を負っているのが分かる。
大熊「名藤...はん!」
喉を震わせ、体を起こそうとする。
隈取面「まだ動けるのか」
隈取面が大熊に跨る。膝で両腕を押さえ込み、影が覆いかぶさる。
隈取面「小面...他の奴らに連絡してくれ、こっちは終わったって」
小面面「お任せ!!」
軽い足取りで瓦礫を蹴り、通信の符を取り出す。
真鴉に跨り、首にククリナイフを突きつけたまま、般若面が空を見上げる。
般若面「南から通信の符が飛んだ...あそこは、隈取と小面か、早いのか?、早すぎかもな、早すぎるなぁ」
真鴉「近侍...さん...」
真鴉のすぐ横。
佐渡部と同様、首を切られ横たわっている近侍の姿。
血が地面に広がっている。
般若面「見た目に削ぐわず仲間思いか!いいのか?いいかもな、めっちゃいいじゃんかぁ!」
真鴉「うるせぇ...!」
刃が喉元に食い込む。
般若面「確か...強いやつは生け捕りだったっけか?じゃあこっちも終わってんじゃん、通信の符...あったあった、それ!」
懐から通信の符を取り出し、ひらりと宙へ投げる。
符が空中で回転し、霊光を放つ。
福留「て...る...」
地面に倒れ伏す福留。
顔の原型がなくなるほど殴られ、呼吸はかすれている。
輝が次の標的として引きずられる。
悲痛な叫びが響く。
輝「あっがぁ!」
狐面「各所から符が飛んでるな、天狗の方はまだか、俺の方はほぼ終わってんだが、強者は生け捕りって事だから...こいつらは殺してくか」
視線が、血に塗れた輝と福留へ向く。
輝「や...めろ!」
狐面「おぉ〜おぉ〜うるせ」
髪を掴み、そのまま顔面を地面へ叩きつける。
鈍い音。
砂利が飛び散る。
輝の体が跳ね、動きが止まる。
福留はかすれた呼吸を繰り返すだけで、立ち上がる気配はない。
狐面は足先で輝の体を転がす。
狐面「弱ぇなぁ。これで終わりかよ」
輝は地面に伏したまま、歯を食いしばる。
――なんでいつも俺は、誰の役にも立てないんだ。
視界は滲み、耳鳴りが止まらない。
――この学園で、俺だけ弱いままでいいのか?
拳が震える。
――俺は嫌だ。
その時。
福留の頭上で体をかがめ、何かを呟いていた狐面の肩が、ぴくりと動く。
ゆっくりと、首だけが回る。
背後。
輝が立っている。
体についた砂利が、ぱらぱらと落ちていく。
息は荒い。
額から血が流れ、視線は揺れている。
それでも、立っている。
輝「はぁ...やられ過ぎて耐久度だけはピカイチだ」
ふらつきながらも、足を踏みしめる。血と砂が混じり、足元に黒い跡を残す。
輝「神宮寺も、真鴉も、大熊も、福留も...全員頑張ってんだ...痛みに耐えてんだ...俺だけ寝れられねぇだろ」
狐面「あぁ〜残念だけど符が飛んでる以上君の仲間も倒れてるよ」
狐面「現実見なよ。もう終わりだって」
輝はゆっくりと顔を上げる。
輝「見なきゃわかんねぇだろ」
拳を握る。
輝「倒れてるかどうかも、終わってるかどうかも…自分の目で見なきゃ決めねぇ」
狐面「君たちがどれだけ立ち上がろうが俺達にはまだ仲間がいるんだ。君の仲間を相手してるやつらの他にね」
瓦礫の上で、狐面がゆっくりと首を傾ける。
狐面「数の差は覆らない。希望も、そのうち削れる」
輝は血を拭い、足を踏み出す。
輝「それがどうした?倒せばいい話だ」
瞳の奥に、かすかな熱が灯りかける。
空気がわずかに揺らぐ。
狐面「霊力...?いや、まだそこには至ってないようだな」
狐面が一歩、後ろへ下がる。
狐面「芽はある。だが未熟だ。燃え切る前に折れる火だな」
福留「輝ッ!今は逃げるが勝ちだ!」
血を吐きながらも、叫ぶ。
輝「分かってるッ!」
その瞬間――
瓦礫の影から、闘太がゆらりと立ち上がる。
肩が軋み、骨が鳴る。
体毛が一気に逆立ち、四肢が膨れ上がる。
牙が伸び、瞳孔が細くなる。
狼男へと変貌する。
闘太は地面に倒れている福留を片腕で抱え上げる。
低く唸り声を上げる。
狐面が目を細める。
狐面「ほう…まだ動けたか」
闘太は福留を抱えたまま地を蹴る。
一直線に狐面へ突進。
咆哮と共に振り抜いた拳が、狐面の胴に叩き込まれる。
鈍い衝撃音。
狐面の体が後方へ弾かれる。
その隙に輝との間合いが切れる。
闘太は即座に輝を担ぎ上げる。
闘太の爪が屋根瓦を砕き、次の瞬間には建物の上へ跳躍。
屋根を伝い、連続して飛び移る。
瓦が割れ、夜気が裂ける。
距離が一気に開く。
狐面「ちっ、逃がしたか」
立ち上がり、衣を払う。
狐面「まぁいい、天狗のとこ手こずってるみたいだし、そっちいくか」
闇の中へ消える。
屋根を駆け続けていた闘太の足が、ふいに鈍る。
呼吸が乱れ、膝が折れる。
次の瞬間、力尽きた体が屋根瓦の上を滑る。
爪が瓦を引っ掻き、火花のように破片が散る。
担がれていた輝の体も放り出され、屋根の傾斜を滑り落ちる。
輝「くっ…!」
端まであとわずか。
落下寸前で、片手が屋根の縁を掴む。
瓦が崩れ、破片が落ちていく。
その上で、闘太の体が縮み始める。
毛並みが引き、牙が短くなり、元の姿へと戻る。
福留はよろめきながらも立ち上がる。
血に濡れた体で、小さくなった闘太を抱き上げる。
そして、屋根の端にしがみつく輝の元へ走る。
福留「輝…離すな…!」
輝の腕を掴み、福留が力を振り絞って引き上げる。
二人は屋根の上に倒れ込む。
荒い呼吸。
胸が上下し、血の匂いが混じる夜風が吹き抜ける。
数秒。
深く息を吸い、ゆっくり吐く。
呼吸を整える。
福留「あいつ、今までのやつらと明らかにレベルが違かった」
輝「うん...早く、他のとこ行かないと、みんなが心配だ」
歯を食いしばり、立ち上がる。
天狗面と戦闘中の神宮寺。
地面には斬撃の痕が幾重にも刻まれている。
天狗面が距離を取り、面の奥で笑う。
神宮寺は刀を構え直す。
斬撃が交差する。
神宮寺の足元が崩れる。
天狗面の術式が空間を歪ませ、間合いが狂う。
神宮寺の刃が届くはずの距離で、わずかに空を切る。
その隙。
天狗面の蹴りが脇腹に入る。
鈍い衝撃。
神宮寺の体が地面を滑る。
すぐに起き上がるが、呼吸が浅い。
天狗面「どうした。相性が悪いのは俺のはずだろう?」
周囲に展開された結界が再構築される。
守るものを持たない神宮寺には効きにくいはずの術。
だが、天狗面は純粋な戦闘技量でも上回っている。
天狗面「若さは勢いだ。だが、積み重ねは重さだ」
一瞬で懐に入られる。
神宮寺の肩口に浅い斬り傷。
血が滲む。
天狗面「未完成だな、小僧」
天狗面が羽団扇を妖力で作り出す。
柄を握り、静かに振る。
次の瞬間――
天狗面の姿が三つに分かれる。
残像ではない。
同質の妖気を纏った三体が、軽やかに空を切り飛ぶ。
跳躍ではない。浮遊。
夜気を裂くその軌道は、まさに天狗そのもの。
神宮寺「お前...人間じゃないだろ」
三方向から笑い声が重なる。
天狗面「ご名答!俺は正真正銘妖怪...天狗だよ」
羽団扇が再び振られる。
風圧が地面を抉る。
神宮寺は低く構え直す。
神宮寺「天狗が天狗の面被ってんのかよ」
天狗面「そういう時代なんだよ、多様性だ」
三体が同時に肩をすくめる。
神宮寺「すまん、そういうの疎くてな」
踏み込む。
地面が割れる。
右の天狗面へ斬撃。
同時に背後の気配を読む。
三方向からの風刃を最小動作でいなす。
その合間にも、視線は外さない。
能力に絡め取られ、立ち尽くしている源蔵へ一瞬だけ目を配る。
天狗面「惜しいな、あと一歩なんだよお前」
空中から見下ろす三つの影。
天狗面「守る覚悟も、捨てる覚悟も、どっちも半端だ」
神宮寺の刃が火花を散らす。
神宮寺「お前に評価される筋合いは無い」
さらに一歩、踏み込む。
――天狗面の領域。
現実とは切り離された、白とも黒ともつかぬ空間。
足場は曖昧で、上下の感覚すら定かではない。
源蔵は静かに目を閉じる。
源蔵「外で泰斗が戦ってるな...さて、情けないのは俺の方か」
風もないのに衣が揺れる。
周囲には、守るべき者たちの幻影が浮かび上がる。
倒れ伏す仲間。
届かなかった手。
守れなかった背中。
それらが重なり、足を止めさせようとする。
源蔵は鼻で笑う。
源蔵「安いな」
一歩、踏み出す。
幻影が揺らぐ。
源蔵「守る覚悟を餌にする術か。だがな…」
手をかざし、霊力を流す。
空間の継ぎ目を探る。
源蔵「俺は“守れなかった後悔”で立っている」
拳を握る。
源蔵「後悔は、縛りじゃない。糧だ」
領域の一角に、わずかな歪み。
源蔵の視線が鋭くそこを射抜く。
源蔵「妖力と霊力は反発し合う、混ざることはほぼない、が」
歪んだ空間の中で、静かに霊力を巡らせる。
源蔵「神宮寺家総括区域の結界...あれは妖力と霊力が絶妙な混ざり方をしてるおかげで強固な結界へとなっている」
鳥居に手を当てる。
妖力で構築されたこの空間は、外界と完全に遮断されている。
だが本質は単純。
妖の力で編まれた、巨大な檻。
源蔵「反発するからこそ、隙間が生まれる」
掌に霊力を集中させる。
そこへ、わずかに妖力を流し込む。
通常なら弾き合い、爆ぜるはずの二つの力。
しかし源蔵の制御下では、軋みながらも留まる。
源蔵「反発をなくせばいい」
妖力と霊力が、均衡する。
歪みが拡大する。
源蔵「調和ではない。制圧だ」
圧縮。
混合。
一点に集約。
領域の壁に、亀裂が走る。
源蔵「妖力の檻に霊力を混ぜればそこはもう檻じゃない、檻が溶けてると言えば分かりやすいか...」
亀裂に触れた瞬間、鳥居がどろりと溶け落ちる。
赤い柱が液状化し、足元へと流れ崩れる。
源蔵は迷わずその先へ踏み込む。
光。
視界が白に塗り潰される。
次の瞬間――
現実。
瓦礫と血の匂い。
夜気。
源蔵は膝をつきかけるが、すぐに踏みとどまる。
源蔵(戻ってこれた...左手首は、無いな...現実に干渉してくる術だったか、泰斗は天狗との戦闘中...劣勢だな)
視線だけで戦況を読む。
間合い、呼吸、気の流れ。
一瞬で把握する。
止まっている暇はない。
源蔵は自身の服を引き裂く。
歯で布を噛み、右手だけで縛り上げる。
失った左手首の断面を強く締め、血流を抑える。
顔色は変わらない。
源蔵(痛みは後だ)
ゆっくり立ち上がる。
視線は、空を舞う天狗へ。
天狗が神宮寺を押し続ける。
三体が連動し、風圧と斬撃を重ねる。
神宮寺の足が後退する。
膝が軋む。
踏ん張りが、わずかに遅れた。
その一瞬。
天狗面「終わりだ」
三体が重なる。
羽団扇に妖力が集中する。
とどめの一撃が振り下ろされようとした、その刹那――
風向きが変わる。
天狗の視界に、新たな影。
源蔵が割って入る。
神宮寺「親父...?」
天狗面「どうやって俺の仮想世界から抜け出してきたんだ!?」
源蔵は答えない。
ただ一歩、前へ出る。
視線だけで天狗を射抜く。
左手首は、ない。
袖の先は血で固まっている。
それでも姿勢は崩れず、呼吸も乱れない。
霊圧が、静かに広がる。
削がれているはずの戦闘力。
だが欠落を一切感じさせない。
天狗面の三体が、わずかに距離を取る。
天狗面「……馬鹿な」
源蔵は、無言のまま構える。
その沈黙が、何よりの圧となる。
天狗の焦りが、空気に滲み始める。
源蔵「泰斗ォ!なんだそのザマは!ここは俺がやる、友達...助けてやれ」
一喝。
空気が震える。
神宮寺「友達...?」
わずかに視線が揺れる。
源蔵「気づいてないのか?お前に同行してたやつら全員いま虫の息だぞ」
その言葉に、神宮寺の瞳が見開かれる。
神宮寺「!?」
源蔵は天狗から目を離さない。
源蔵「俺が行けば済む話だが、そんな無粋なことはしない」
霊力が、静かに高まる。
源蔵「いけ泰斗!」
神宮寺の拳が強く握られる。
一瞬、迷い。
だが次の瞬間、踵を返す。
天狗面「逃がすとでも――」
源蔵が一歩踏み出す。
地面が沈む。
源蔵「相手は俺だ」
その圧に、三体の天狗が同時に構え直す。
神宮寺は走る。
瓦礫を蹴り、屋根を越え、血の匂いのする方へ。
源蔵の声が頭の奥で反響する。
――虫の息。
神宮寺(虫の息……)
胸が軋む。
脚が震える。
膝が限界だと訴えている。
だが止まらない。
神宮寺(俺は……いつの間にか、当たり前のように全員生きていられると……)
呼吸が荒れる。
それでも速度は落ちない。
神宮寺(勝手に思っていた)
脳裏に浮かぶ顔。
真鴉なら、一人でも笑って戻ってくる。
大熊なら、気合い!気合い!!とうるさい声を張り上げながら帰ってくる。
福留なら、お腹すいたと腑抜けた声で笑いかけてくる。
輝なら、ボロボロになりながらも決して諦めない目で戦い抜いて、隣に立っている。
そんな光景を、疑いもせず想像していた。
神宮寺(甘かったのか……?)
足がもつれる。
それでも踏み出す。
神宮寺(違う)
歯を食いしばる。
神宮寺(甘いんじゃない。俺が守る側...助け合える側にになればいい話だろ)
視線が鋭くなる。
神宮寺(全員、生きて帰らせる)
加速。
痛みを振り切るように、夜を裂いて走る。
真鴉に跨っていた般若が、ふと顔を上げる。
気配。
重い。
鋭い。
確実に“強者”。
般若がゆらりと立ち上がる。
般若面「なんだ?この感じ...四核師のおっさんに似てるが違う、」
妖気がざわめく。
その瞬間。
家の影が弾ける。
影の中から神宮寺が飛び出す。
地面を踏み砕く勢いで着地。
真鴉「神宮寺...ッ!」
かすれた声。
神宮寺は一瞬で状況を把握する。
血。
倒れ伏す仲間。
般若面の妖気。
神宮寺「……待たせた」
低く、短く告げる。
般若面が嗤う。
般若面「なるほど……四核師のおっさんの息子か」
妖気が膨れ上がる。
対峙。
空気が張り詰める。
般若がククリナイフを投げる。
回転する刃が月光を裂く。
神宮寺が一瞬、そちらに目をやる。
その刹那。
間合いが消える。
神宮寺「ッ...!」
般若面「どこみてんだ?」
懐に潜り込み、もう一本のククリナイフで横薙ぎ。
神宮寺は間一髪、後方へ跳ぶ。
刃先が鼻先を掠める。
着地と同時に、般若が側転。
地を蹴り、再びゼロ距離。
喉元へククリナイフが突きつけられる。
神宮寺は刀で受け止める。
金属が悲鳴を上げる。
般若面「動きいいなお前」
神宮寺が刃を弾き飛ばす。
ククリナイフが闇へと弧を描く。
その瞬間。
般若の蹴りが横っ腹に突き刺さる。
神宮寺の体勢が崩れる。
上空。
先ほど投げられたククリナイフが落ちてくる。
首へ。
神宮寺は強引に顎を引く。
刃が皮膚を裂く。
血が散る。
だが致命傷ではない。
空中で、般若が落下する刃を掴む。
くるくると回しながら、重心を低く。
般若面「反応は悪くねぇ」
一歩踏み込み。
一直線。
心臓へ向けて、鋭い突き。
神宮寺の視界が、刃で埋まる。
バンッ――乾いた破裂音。
ククリナイフの軌道が、わずかに逸れる。
神宮寺の胸を貫くはずだった刃が、心臓を外す。
般若面「なに――」
真鴉「神宮寺...お前そんな強かったか?」
真鴉は膝をつきながらも、銃口を下げない。
弾丸が刃を弾いたのだ。
神宮寺は、その一瞬を逃さない。
神宮寺「……助かった」
低く呟くと同時に。
霊力が膨張する。
神宮寺「霊力解放……一段階目」
空気が震える。
身体を覆う霊圧が、輪郭を帯びる。
神宮寺「霊装」
踏み込み。
地面が砕ける。
一瞬で間合いを詰める。
般若の視界から神宮寺の姿が消える。
次の瞬間。
喉元へ。
肘。
鈍い衝撃音。
般若の身体がわずかに浮く。
呼吸が潰れる音が漏れる。
神宮寺は追撃の姿勢へ入る。
刀を低く構える。
呼吸が静まる。
神宮寺「滅閃・久遠ッ!」
踏み込みと同時に、一筋の斬撃が奔る。
直線。
迷いのない軌道。
般若を真っ二つにせんと迫る。
だが。
先ほど喉仏へ受けた衝撃で、般若の身体はわずかに宙を仰いでいる。
視界は上空。
神宮寺(入る――)
そう確信した、その刹那。
般若が、首をぐっと動かす。
無理やり視線を神宮寺へ戻す。
般若面の奥、眼が笑う。
衝撃音。
大地が震え、砂埃が爆ぜる。
視界が白に染まる。
真鴉が唾を飲み込む。
真鴉「……」
風が吹く。
砂埃がゆっくりと晴れていく。
そこに立っていたのは――
神宮寺の刀を、手のひらで受け止めている般若。
刃は掌に食い込みもせず、止まっている。
傷一つない。
般若面「惜しいな」
指先に力がこもる。
刀身が軋む音。
般若面「届かねぇよ」
神宮寺「真鴉ッ!今直感した!こいつには勝てない!逃げろ!」
迷いのない声。
真鴉「なっ!?逃げるって?お前らしくねぇじゃん」
神宮寺は刀を押し返されながら叫ぶ。
神宮寺「生きることだけ考えろ!」
般若面がくつくつと喉を鳴らす。
般若面「まぁ、今それが一番の最善策だね、賢い」
余裕。
完全に見下した声音。
神宮寺は歯を食いしばる。
神宮寺「ここを抜けて輝達と合流する!」
真鴉が銃を握り直す。
真鴉「分かった!死ぬなよ!」
神宮寺「舐めんな」
瞬間、霊装が弾けるように膨張する。
地面を蹴り、強引に刀を引き抜く。
般若面「逃がすと思う?」
神宮寺は振り向かない。
真鴉と逆の方へ。
次の一歩で加速。
仲間の生存を最優先に。
夜の路地へ飛び込む。
屋根の上。
輝と福留が壁にもたれ、荒い呼吸を整えている。
真鴉「大丈夫か!」
輝が顔を上げる。
輝「あぁ……なんとかな」
福留「なんとか、ね。そっちの状況は?」
真鴉は銃を下ろしながら答える。
真鴉「般若の面をつけたやつが来てやられたんだが神宮寺が加勢に来てくれていま戦闘中だ」
輝の目が鋭くなる。
輝「こっちは狐面だったよ」
真鴉「よく逃げれたな」
福留は苦笑する。
福留「いや、逃がされたってのが正解だね」
真鴉「……そうか」
一瞬の沈黙。
真鴉「んで、どうする?大熊と合流を――」
輝が言葉を遮る。
輝「あぁそれなんだけどいまパドと女郎蜘蛛が大熊のとこに行ってる...戦えないけどサポートなら一流だよ」
真鴉「なら急ぐぞ」
三人の視線が夜の一点に向く。
ーーーーーー
瓦礫の広場。
隈取面が大熊を見下ろしている。
隈取面「小面!俺はこいつを殺したくないんだ」
小面面「我儘はやめて!殺さないと後々面倒だって!」
隈取面「ここで殺すには惜しいんだよ」
小面面「わからず屋!もういい!わっちがやる!」
空気が裂ける。
ふわりと宙を滑るように、大熊の前へ降り立つ。
大熊は片膝をつきながら、荒く息を吐く。
血に濡れた拳が震えている。
小面面「ほら、立ちな。楽にしてあげる」
扇がゆらりと持ち上がる。
その切っ先が、大熊の喉元へ向けられる。
隈取面は、ただ黙って見ている。
女郎蜘蛛「おっさんがガキに負けてんじゃないわよ」
大熊「!?」
パド「うおりゃ!」
パドが小面の足をつかみ転ばす。
小面面「なっ――!」
隈取が小面に駆け寄ろうとする。
その瞬間。
女郎蜘蛛が口から糸を吐き出す。
糸は一直線に伸び、隈取の足に絡みついた。
隈取面「っ!?」
女郎蜘蛛「行きなさい!」
パド「はやく!大熊さん!」
大熊「おおきに!」
大熊は歯を食いしばり立ち上がる。
倒れている名藤を背負い、そのまま走り出す。
女郎蜘蛛とパドを肩に乗せながら。
瓦礫を蹴り、血を滴らせながらも前へ進む。
隈取が足に絡んだ糸を引きちぎる。
隈取面「なんだ?妖怪と霊が組んで人間を助けたぞ?」
小面面は起き上がり、服の埃を払う。
小面面「何も不思議なことじゃないわ、ここ最近多いからね」
大熊が駆ける。
足取りは重い。体中の傷が軋み、息は荒い。それでも止まらない。
大熊「ほんと助かったわ死ぬとこやった」
肩の上でパドが軽く鼻を鳴らす。
パド「輝に感謝しなさいね」
女郎蜘蛛が周囲を警戒しながら言う。
女郎蜘蛛「近くにいるからとりあえず合流ね」
その声と共に、大熊の視界の先に人影が入る。
屋根の上に座り込み、息を整えている三人。
輝、真鴉、福留。
ぼやけていた視界がはっきりする。
大熊「おっとっと!」
大熊は地面を強く踏み込み、急ブレーキをかける。
砂利が削れ、靴底が音を立てて止まった。
背中に背負った名藤の体がぐらりと揺れる。
大熊「輝!」
輝が顔を上げる。
血と埃で汚れた顔のまま、目を見開いた。
輝「大熊!」
真鴉、福留の二人もそれぞれ傷だらけのまま顔を上げた。
少しの間、誰も言葉を出さない。生きて再会できた安堵が、場の空気をゆっくり満たしていく。
福留「……全員、ボロボロだね」
大熊「お前がそれ言うか?自分の顔みたか?」
福留「うるさいなぁ…鏡なくて助かったよ」
真鴉「冗談言えるならまだ余裕だな」
輝「……ほんとに、みんなちゃんと生きてるな」
大熊「なんやそれ」
輝「いや…ちょっとさっきまで、本気で全滅してるかと思ってた」
真鴉「俺もだ」
福留「僕も」
大熊「縁起でもないこと言うなや」
パド「でも実際かなり危なかったわよ」
女郎蜘蛛「ええ、あと少し遅れてたら大熊は終わってた」
大熊「さらっと怖いこと言うな」
女郎蜘蛛「感謝しな!」
大熊「素直に助けたって言えばええやろ」
女郎蜘蛛「調子に乗るから嫌」
真鴉「それより状況整理だ」
輝「うん」
真鴉「こっちは般若面が神宮寺と戦ってるんだ」
大熊「般若面?」
福留「うん、俺とてるのことは狐面だった」
大熊「面のバーゲンセールやな」
輝「笑えないって…」
真鴉「で、お前ら逃げてきたってことか」
福留「正確には逃がされた」
輝「完全に遊ばれてた」
大熊「俺も似たようなもんや」
真鴉「やっぱりか」
大熊「小面と隈取の面のやつらがおった」
福留「多いね…」
輝「しかも全員強い」
少し沈黙が落ちる。
風が屋根の上を吹き抜け、瓦がかすかに鳴る。
大熊「……で、どうする?」
真鴉「それを考えてた」
福留「神宮寺は?」
真鴉「まだ般若と戦ってる」
大熊「勝てそうか?」
真鴉「正直…分かんねぇ」
輝「神宮寺でも?」
真鴉「神宮寺は強い。でもあの般若は別格だ」
福留「そんなに?」
真鴉「一瞬見ただけだけど分かる」
輝「俺も狐面で同じ感じしたよ」
大熊「つまり」
福留「敵のレベルが俺たちに合ってない」
女郎蜘蛛「そういうことね」
パド「だから作戦が必要」
輝「作戦…」
真鴉「まともに一対一で戦ったら削られて終わる」
大熊「数で行くか?」
福留「でも相手も仲間いるんでしょ?」
真鴉「だな」
女郎蜘蛛「つまり」
パド「分断」
福留「分断?」
真鴉「敵をバラす」
輝「一人ずつ?」
大熊「それならまだ可能性あるな」
福留「でもどうやって?」
少し考え込む空気が流れる。
その時。
パド「簡単よ」
全員がパドを見る。
パド「派手に暴れるの」
大熊「雑すぎるやろ」
パド「でも効果ある」
女郎蜘蛛「確かにね」
福留「どういう意味?」
女郎蜘蛛「敵が動かざるを得ない状況を作る」
真鴉「……なるほど」
輝「釣るってことか」
大熊「おびき寄せるんやな」
福留「でも誰が?」
その瞬間、数人の視線が一斉にある人物に向く。
輝「……なんで俺見るの」
真鴉「目立つだろ」
大熊「一番ムチャするタイプやし」
福留「囮としては優秀」
輝「褒めてないよねそれ」
パド「でも実際一番向いてる」
女郎蜘蛛「同感」
輝「ちょっと待て」
真鴉「安心しろ」
輝「全然安心できない」
大熊「俺らも動くから」
福留「囮だけやらせるつもりはない」
輝「……」
真鴉「全員で生き残るんだろ?」
大熊「せや」
福留「ここで終わるつもりないし」
輝が少しだけ笑う。
輝「……分かった」
輝「やるか」
真鴉「よし」
大熊「ほな作戦開始やな」
福留「まずは神宮寺を助けないと」
女郎蜘蛛「時間はあまりないわよ」
パド「敵も動き始めてる」
輝が立ち上がる。
体中が痛む。それでも足は止まらない。
輝「行こう」
真鴉「おう」
大熊「今度は逃げん」
福留「全員で帰る」
神宮寺「それは無謀だ」
真鴉「神宮寺!お前無事だったのか!」
神宮寺「なんとか巻いたんだ、このまま逃げるぞ」
大熊「なんでや!1人ずつやればいけるやろ」
神宮寺「1つだけ忠告する、俺の親父は片腕使えないとしてもお前ら全員に勝てる。」
輝「それが、どうした?四核師の名はダテじゃないってこと?」
神宮寺「俺のとこにいた天狗の面が親父と渡り合ってるんだ」
福留「それって、」
神宮寺「あぁ、ほかの面の奴らも天狗と同等の力を持っているのであれば全員でかかったとこで1人も倒せん」
真鴉「……」
大熊「……は?」
輝「ちょっと待て」
福留「それは流石に…」
神宮寺「冗談で言ってるように見えるか?」
その場の空気が一瞬で冷える。
真鴉「お前が逃げろって言う理由…それか」
神宮寺「あぁ」
大熊「でもやな…」
神宮寺「大熊」
大熊「……なんや」
神宮寺「今の俺たちは消耗しすぎてる」
福留「確かに」
神宮寺「それに相手はまだ余裕がある」
大熊「……くそ」
神宮寺「戦えば全滅だ」
福留「でも逃げ切れるの?」
神宮寺「どうにかして逃げないといけないんだよ」
輝「神宮寺」
神宮寺「なんだ」
輝「お前がそこまで言うなら分かった」
真鴉「輝?」
輝「でも一つだけ聞かせてくれ」
神宮寺「……」
輝「お前の親父は、勝てるのか?」
神宮寺は一瞬だけ空を見上げる。
神宮寺「……」
大熊「おい」
真鴉「まさか、勝てないとか言うんじゃないよな?」
福留「神宮寺くん!」
神宮寺「分からん」
静寂が落ちる。
輝「分からん?」
神宮寺「親父は強いが相手は未知数...」
大熊「五分五分ってとこか」
神宮寺「あぁ」
福留「……」
神宮寺「それに」
輝「それに?」
神宮寺「親父はいま左手首が無い」
全員の目が開く。
真鴉「……は?」
大熊「さっき片腕使えなくてって例え話してた理由繋がったわ」
輝「天狗にやられたのか」
神宮寺「恐らくな」
真鴉「……」
大熊「それでも戦っとるんか」
神宮寺「俺を逃がすためにな」
福留「……」
輝が拳を握る。
真鴉「だから急いでるのか」
神宮寺「あぁ」
大熊「せやけど」
神宮寺「なんだ」
大熊「それでもや」
神宮寺「……」
大熊「見捨てて逃げるんは気に食わん」
福留「同感」
真鴉「俺もだ」
神宮寺「俺が1番分かってるッ!」
神宮寺が感情を昂らせる
輝「だったら、助けに行こう」
真鴉「だな」
大熊「それが普通やな」
福留「うん」
神宮寺「……」
輝「逃げたいのは分かった」
神宮寺「……」
輝「でも」
輝「助けてから逃げる」
神宮寺はしばらく黙る。
そして小さく息を吐いた。
神宮寺「……お前ら」
真鴉「なんだ」
神宮寺「本当にバカだな」
大熊「褒め言葉やな」
真鴉「最初の方言っただろ?バカしようぜってさ」
輝「で?どうするんだ?神宮寺...」
神宮寺「……行くぞ」
大熊「おっしゃ」
福留「決まりだね」
神宮寺「ただし」
輝「ただし?」
神宮寺「状況が悪ければ即撤退だ」
真鴉「了解」
大熊「わかった」
福留「無理はしない」
輝「……」
神宮寺「どうした」
輝「いや」
神宮寺「なんだ」
輝「やっとお前らしい顔したな」
神宮寺「うるさい」
真鴉「がっはっは!!」
福留「急ごう!」
その瞬間。
遠くから轟音が響く。
ズンッ──
地面が微かに震える。
輝「……今の」
真鴉「戦闘音だ」
神宮寺「親父だ」
福留「うん」
輝「行こう」
全員が同時に地面を蹴った。
源蔵が天狗と向き合う。
夜の空気が張り詰め、互いの霊圧がぶつかり合って地面の砂がわずかに浮き上がる。
源蔵「……」
源蔵は低く腰を落とし、片腕だけで刀を構えている。
左手首の先は無い。それでも姿勢は揺るがず、呼吸も乱れていない。
天狗面「ほう……」
天狗がゆっくりと首を鳴らす。
天狗面「片腕でここまでやるか」
源蔵「年寄りを舐めすぎや」
次の瞬間。
天狗が地を蹴る。
空気が爆ぜ、影が一瞬で間合いを詰める。
源蔵も同時に踏み込む。
ギィンッ――
重い衝撃が夜に響き、衝撃波が周囲の瓦礫を転がす。
天狗面「力は衰えておらんようだな」
源蔵「そらどうも」
天狗の蹴りが飛ぶ。
源蔵は半歩引いてかわし、そのまま刀を返す。
鋭い斬撃が天狗の面を掠める。
天狗面「くっ…!」
天狗が後ろに跳び、距離を取る。
二人の間に再び静寂が落ちる。
互いの呼吸だけがわずかに聞こえる。
天狗面「面白い」
源蔵「まだ余裕そうやな」
天狗面「当然だ」
源蔵「……」
源蔵は刀を軽く振り、血を払う。
天狗面「だが」
天狗面「そろそろ終わりにしよう」
その時だった。
瓦礫の向こう。
ゆっくりとした足音が響く。
コツ……コツ……
源蔵の視線がそちらへ向く。
天狗も同じ方向を見た。
闇の中から、一人の影が現れる。
狐面が、ゆっくりと歩いてきた。
狐面「随分楽しそうだね」
狐面は歩みを止めない。
二人の戦場へ、当然のように入り込んでくる。
狐面「天狗」
天狗面「なんだ」
狐面「まだ終わってなかったのかい?」
天狗面「この男が少し骨がある」
狐面「そうか」
狐面は源蔵を見る。
狐面「なるほど、確かに強い」
源蔵は黙って二人を見ている。
狐面「だが」
狐面がゆっくり首を傾ける。
狐面「二対一ならどうかな」
源蔵「……」
源蔵は小さく息を吐く。
源蔵「年寄りにゃ少しハードやな」
それでも刀を下ろさない。
源蔵「まぁええ」
源蔵の足が地面を踏み締める。
源蔵「まとめて来い」
今回の場面では、源蔵という人物の強さと覚悟を描くことを意識しました。片腕という大きなハンデを背負いながらも天狗と互角に渡り合う姿は、四核師という存在の重みを示すものでもあります。しかし、その戦いに狐面が加わることで状況はさらに厳しいものとなりました。敵の力の規模が少しずつ明らかになる中で、彼らがどこまで抗えるのか――物語も大きな局面へと進みつつあります。今後の展開も見守っていただければ幸いです。
次回58話ーー終戦




