20.建国祭
それから、穏やかな日々が過ぎていった。
ロゼッタは父の宮殿で暮らし、兄と遊んだり、義母とお茶を楽しんだりしていた。
もちろん勉強も怠っていない。毎日の学習はもちろんのこと、礼儀作法にダンス、そして乗馬の練習もしている。
何より嬉しかったのは、コーネリアスとブリジットの関係が以前よりもずっと良好なものに変わっていったことである。
コーネリアスも少しずつではあるが、ブリジットに対して愛情を持って接することができるようになっていったらしい。
時折、家族そろって食事をする機会が増えてきたのは喜ばしかった。
「ねえ、セレサ……もしかして、セレサは側妃になりたかった?」
ある日、思い切ってロゼッタはそんなことを尋ねてみた。
もともとセレサはブリジットが側妃候補として送り込んできた侍女だ。しかし、コーネリアスとブリジットの仲が改善したため、宙に浮いてしまっている。
「いいえ、私はロゼッタさまにお仕えできればいいと思っていますよ。ブリジットさまが国王陛下と仲睦まじくされているのを見て胸を撫で下ろしていますし、ご安心なさってくださいませ」
いつものように優しい笑みを浮かべ、彼女は答えてくれた。その表情には影は一切ない。
本当に今の状況に満足してくれているようだった。
「……ありがとう、セレサ」
ほっと胸を撫で下ろすロゼッタだったが、ふと別のことを思い出す。
「そういえば、側妃の座を狙っていた侍女たちはどうなったのかしら……?」
ロゼッタは首を傾げつつ呟く。
以前、ロゼッタを不安がらせて操り、自分たちを側妃にするよう進言させようと企んでいた侍女たちがいたのだ。
王妃のことを低く扱うなど、不敬な態度が目に余った。
しかし、セレサがロゼッタの専属侍女としてやって来てからは、姿を見かけた覚えがない。
「ああ、例の方々なら、配置換えされましたよ」
「まあ、そうだったのね」
あっけらかんとした様子で告げられ、ロゼッタも納得する。
さほど興味もなかったので、それ以上深くは聞かなかった。
しかし、セレサは苦笑してこう話を続ける。
「実はですね……彼女たち以外にも側妃の座を狙っている者は少なからずいて……その方たちも色々とやっているようなのです」
「そうなのね……」
ロゼッタは小さく息を吐きながら返事をする。
未だに諦めていないのかと呆れつつも、そういう人が後を絶たないのは仕方がないのかもしれないとも思う。
「もうすぐ建国祭ですし、そのときに新しい側妃の発表があるのではないかという噂で持ち切りですよ」
セレサはため息交じりにそんなことを言った。
「そんな噂まであるのね。それも、貴族派が流したデマではないのかしら?」
「……ところが、そうでもないんですよ。国王陛下が、妃に関して何か発表するというのだけは本当みたいですから……」
ロゼッタは、セレサの言葉を聞いて目を丸くした。
まさか今さら側妃を迎えるとでもいうのだろうか。いや、あり得ない。
今ではコーネリアスとブリジット、アイザックにロゼッタの四人で食事をすることも多くなってきた。そのときに、そのような話は出てこない。
「それなら、母さまに関して……? よくわからないわね」
だが、さほど心配することもないだろう。
ロゼッタはそう結論づけて、考えることをやめることにしたのだった。
そうして、いよいよ迎えた建国記念日当日。
城には多くの貴族たちが集まってきた。
特に、貴婦人たちは美しいドレスに身を包み、自慢の髪を結い上げている。
ロゼッタもまた、今日は普段よりももっと華やかに見える衣装を身につけていた。
愛らしいピンクのフリルがたくさんあしらわれたドレスで、レースのリボンや宝石も散りばめられている。
そして、頭にはティアラが輝いていた。
今は控室で準備を整え、少し休んでいるところだった。
「とても可愛いね、お姫さま」
兄のアイザックが、微笑ましそうな目で見つめてくる。
ロゼッタは笑顔を見せて兄を見上げた。
「お兄さまにもよく似合ってます。きっと世界で一番格好良い王子さまですね」
「お褒めいただき、光栄だよ。だけど、僕よりお姫さまのほうがずっと素敵だよ」
ロゼッタが少し照れて顔を俯かせると、アイザックは慈愛のこもった眼差しで頭を撫でてくれる。
そこに、不意にノック音が響いた。
アイザックは手を止めて、扉に向けて声をかける。するとすぐに扉が開かれた。
現れたのは、正装姿のコーネリアスとブリジットだ。
二人は並ぶととても絵になって見える。
「まあ、ロゼッタ。とても可愛らしいわ。アイザックも素敵よ」
「本当だな。これは素晴らしい日になりそうだ」
二人は嬉しそうに微笑んでくれる。
コーネリアスの側にはブリジットが寄り添い、穏やかな表情をしていた。
ただ、ブリジットの顔色が少し良くないように見える。それをわかっているのか、コーネリアスは気遣わしそうに彼女の腰に手を添えている。
「母さま、具合がお悪いんですか?」
ロゼッタはそっと近づいて尋ねてみる。
ブリジットはこちらを見るとにっこりと笑ってみせた。
「いいえ、ちょっと緊張しているだけよ」
彼女はいつもと変わらない調子で答える。
少し訝しく思ったのの、ロゼッタはそれ以上何も言わなかった。
そして、ついに式典の始まりを告げる鐘が鳴らされる。
会場へ向かうよう促す侍従の声を聞きながら、ロゼッタたちは部屋を出て階段へと向かう。
建国記念の記念式典は、広間で行われた。
玉座の前には赤い絨毯が敷かれており、そこを真っ直ぐに進み壇上へと向かう。
ロゼッタはアイザックと共にコーネリアスたちの後ろについて歩く。
かつてニーナが処刑を言い渡された場だったが、今のロゼッタは堂々と歩く王家の一員だ。
「あれが、第一王女のロゼッタさまね……」
「なんて愛くるしいお顔立ちでしょう。まるで絵画から抜け出してきたかのようだわ……」
「王太子殿下と同じ金の髪……ああ、やはり兄妹ね。お二人とも同じ黄金色だもの」
「六歳でしたかしら。その年で式典への参加を許されるなんて、早いこと……王太子殿下並みの扱いよね」
そんな囁きが、ちらほらと聞こえてくる。
ロゼッタがこうした場に姿を現すのは初めてのことだったので、余計に注目されてしまっているのだろう。
居心地の悪さを感じながらも、懸命に背筋を伸ばし前を向いて歩く。
やがて壇上に上り、皆から注目される中、ゆっくりとした動作で用意された席へと腰掛ける。
アイザックも隣に座るが、彼の緊張はほとんど見られない。さすがというべきだった。
「これより、建国記念日における式典を開催する」
国王であるコーネリアスによる宣言ののち、様々な祝辞が述べられる。
続いて貴族たちからの挨拶が始まるはずだったが、コーネリアスはそれを遮った。その視線の先には、顔色がますます悪くなったブリジットがいる。
「その前に、発表するべきことがある」
彼から出た思わぬ言葉に、会場内はどよめきに包まれた。
ロゼッタも驚き、戸惑ってしまう。
何を話すつもりなのか気になったものの、ここで立ち上がるわけにもいかない。
「陛下……どうか……」
蒼白になったブリジットが、掠れた声で訴えるように呟く。しかし、彼は首を横に振るだけだった。
その様子を見た貴族たちの間から、ひそひそと話し合う声が聞こえる。
「とうとう、新しい側妃を迎えるのかしら……」
「王妃の顔色が悪いのは、そういうこと……?」
「まあまあ……! それで、どの方かしら?」
ざわつく場内の雰囲気の中、再びコーネリアスの言葉が発せられる。









