21.家族
「私が新しい側妃を迎えるという噂があるようだが、そのような予定はない」
貴族たちの憶測を打ち消すようなその発言に、一同はしんと静まり返った。
いったいどういうことだと困惑する視線が集まる。
「王妃ブリジットが懐妊したことを、ここに発表する」
それを聞いた瞬間、ロゼッタは自分の耳を疑った。
周りの貴族たちも唖然として目を見開いている。
ブリジットのお腹の中には、新たな命が宿っているのだと、いま確かに告げられたのだ。
誰もが信じられないという思いから、何も言えないでいる。すると、ようやくコーネリアスが再び口を開いた。
「よって、王妃ブリジットは安静にする必要があるため、退出をしてもらう。代わりに……」
「陛下、私はまだここに」
ブリジットは慌ててそう訴えかける。
だが、有無を言わせぬ態度で、コーネリアスは首を横に振った。
「あなたの責任感の強さは知っているが、無理をしてはいけない。どうか休んでくれ」
彼女の身を案じていることがわかる、柔らかい口調だ。
それでもなお食い下がろうとする彼女を、コーネリアスは横抱きにして抱え上げる。
驚いた様子で体を硬直させているブリジットを見て、思わずロゼッタは立ち上がりそうになるが、隣のアイザックに手で制された。
「アイザック、後は任せたぞ」
「はい、父上」
二人は短くやりとりをしたのち、コーネリアスはブリジットを抱き上げたまま広間を去っていく。
ブリジットは心配そうな面持ちで彼の横顔を見つめた後、静かに目を閉じた。
呆気にとられている貴族たちだったが、ふと誰かが拍手をする音が響く。次第にそれは広がっていき、ついには会場中に響き渡った。
それに呼応するように、あちこちから祝福の歓声が上がる。中には涙ぐんでいる者の姿もあった。
グラスター侯爵を始めとした幾人かは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
貴族派にとっては、面白くはない展開だろう。
しかし、コーネリアスがブリジットを気遣う姿勢を見せることで、彼らも文句の言いようがなくなってしまったのだ。
「演奏を」
アイザックが片手を上げて合図をすると、すぐに楽隊の演奏が始まった。
そして、貴族たちの祝いの言葉が次々とかけられる。
それらをアイザックがそつなく対応していくのを、ロゼッタはぼんやりと眺めていた。
式典はアイザックが立派に仕切り、そのうちにコーネリアスも戻ってきた。
何事もなかったかのように式典は進み、問題なく終えることができた。
ロゼッタはブリジットのことが心配で、すぐに父と兄と共に控室へと向かう。
「母さま!」
扉をノックし、返事を待つよりも早く勢いよく扉を開ける。
礼儀作法としては、もちろんよろしくないことだ。だが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。
椅子に座るブリジットの傍らに駆け寄ると、彼女は優しく頭を撫でてくれた。
「こんな姿のままごめんなさいね……。アイザックもありがとう。今日はとても助かったわ」
お礼を言う彼女の顔色は良くなっているように見えたが、どこかまだ具合が悪そうだ。
「母上……その、本当に僕たちの弟か妹が?」
アイザックはおそるおそる尋ねる。
先ほど式典を滞りなく進めていたことから、彼はすでに懐妊を知っているのはないかとロゼッタは思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
突発的な事態にもすぐに対応できるアイザックは、やはり優秀だ。
「ええ、間違いないそうよ」
彼女は自分の下腹部を愛おしむように手を当てながら、静かに答えてくれる。
そこでようやくアイザックも嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「おめでとうございます、母上。新しい家族が増えますね」
「そうね。私たち家族の、三人目の子どもになるわね」
優しく微笑むブリジットを眺めながら、ロゼッタは胸がいっぱいになって泣き出してしまいそうになる。
なさぬ仲であるはずの彼女が、ロゼッタのことを家族として認めてくれているのだ。
家族に愛されているのだと、自分は望まれているのだと、はっきりと実感することができた。
誰にも愛されなかったと思っていたニーナも、実はそうではなかった。
知らなかっただけで、きちんと彼女を見守っていてくれた人たちがいたのだ。
そのことを理解できたことは、ロゼッタにとって大きな前進だったと思う。
家族がロゼッタを愛し、守り、支えてくれたからこそ、自分もまた同じものを返したいと願う。
「母さま、生まれてくる弟か妹は、わたしが守るから安心してください」
ロゼッタは真っ直ぐな眼差しで、ブリジットに誓う。
自分の存在を必要だと思ってくれる人がいる限り、きっと頑張れるはずだ。
ブリジットは一瞬だけ面食らったような顔をしていたが、すぐに優しい笑みに変わる。
「ありがとう。頼りにしているわ」
「はい!」
ロゼッタは大きく深く、しっかりと頷く。
これから生まれてくる弟か妹も、愛されることを知ってくれるといい。
そして、みんなが笑顔になれたらいい。
ロゼッタはそう願わずにはいられなかった。
これにていったん完結です。
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