17.前世の真実
ブリジットに問いかけられ、ロゼッタはしまったと慌てる。ついぽろっと口から出てしまったのだ。
「それは……」
しかし、何と答えれば良いのかわからず、言葉に詰まってしまった。
「僕が話したのです。父上と母上にはもともと別の婚約者がいて、父上の元婚約者は処刑されてしまった王女だと……」
言葉に詰まったロゼッタに代わって、アイザックが説明する。
彼が割って入ってくれたことに、ロゼッタは胸を撫で下ろす。それは本当の理由ではなかったが、彼からその話を聞いたのも事実だ。
ブリジットはそれで納得したようで、ゆっくりと息を吐き出した。
「そう……察しが良いのね。驚いたわ。ロゼッタは六歳とは思えないほどしっかりしていて、不思議な子ね」
どうやら、うまくごまかせたようだ。ロゼッタはアイザックの助け船に感謝すると共に、ホッと安堵する。
「そういえば、ボールド王家には時折、未来を見たり死者と会話したりできるなど、不思議な力を持った姫が生まれることがあると聞くわ。あなたがそうなのかもしれないわね」
ぼそりと呟かれた言葉に、ロゼッタはピクリと反応してしまう。
まさかニーナの記憶を持っていることも、そういった不思議な力と関連があるのだろうか。そんな疑問が頭をよぎる。
しかし、ブリジットはただ何かを考え込むように黙り込んだだけで、それ以上追及はしなかった。
「そうね……これはきっと、話してしまえということなのかもしれないわね。あなたたちも王家の子だもの」
独り言のような調子でそう漏らした後、彼女はふわりと微笑みを浮かべた。とても優しく温かな笑みだった。
そして、どこか遠くを見つめるような眼差しで続ける。
「国王陛下の昔の婚約者は、ニーナという王女だったわ。小国から人質として差し出されてきて、当時第三王子だった国王陛下の婚約者となったの。でも……この国の王族たちは、彼女が捨て駒だと気づいていたわ」
淡々と話すその内容は、衝撃的な内容だった。ロゼッタはその一言一句を聞き漏らすまいと集中して耳を傾ける。
「いずれ、彼女の祖国が裏切ることはわかっていた。だから、彼女は死ぬために嫁いできたの。それを知っていたから、皆は彼女に心をかけようとはしなかった。情が移らないように距離を取ろうとしていたわ。でも……」
そこでブリジットは言葉を切った。少しだけ迷うような間が空く。しかしすぐに口を開くと、続きを語り始めた。
「それが果たして正しいことだったのかしら。一人寂しく死を待つだけの彼女に対して、何も手を差し伸べないで……。あのとき、せめて私だけでもあの子に寄り添ってあげるべきではなかったかしら。そんな風に思ってしまって……どうしてもあの子を忘れられないのよ」
物悲しげな様子で語られた言葉を耳にして、ロゼッタは胸がいっぱいになった。
ブリジットの痛ましさが伝わってくると同時に、本当はニーナのことを気にかけてもらえていたのだとわかり、嬉しかったからだ。
「そして彼女は処刑されたわ。その後、私の婚約者だった王太子殿下が病で亡くなり、第二王子殿下も戦で亡くなってしまい……あっという間だった。まるで彼女を処刑した呪いのようだと思ったものだわ」
そう語ると彼女は、ふうと重いため息をつく。
「……母上は、父上と結婚したことも、呪いだと……?」
おそるおそる尋ねるアイザックに対し、ブリジットはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。確かに、最初はそう思ったこともあったわ。あの方が婚約者であるニーナ姫をもう少し気にかけていれば、彼女は救われていたのではないかと思ってね」
そこまで話したところで、ブリジットは何かを思い出したらしく、ふと苦笑してしまう。
「でも、あの方も苦しんでいたのよ。そうよね、自分の婚約者が処刑されたのですもの。それなのに、私は自分の罪悪感をごまかすために、あの方のせいにしてしまった。最低よね……」
ブリジットは眉を下げながら自嘲気味に笑う。
その表情は哀愁に満ちていて、彼女の胸に渦巻いている感情の大きさを感じさせるものだった。
「本当は、あの方は婚約者のために心を砕いてくださっていたのよ。ニーナ姫は見せしめのため、もっと残酷に処刑されるはずだった。でも、あの方が必死になって庇ったおかげで、斬首刑になったの。わたくしは、このことを後から知ったわ……」
その事実を知り、ロゼッタは目を丸くする。
一言もニーナに声をかけることなく見捨てたと思っていたコーネリアスが、実は彼女を守るために行動してくれていたというのだ。
彼はずっと、心の片隅ではニーナのことを考えてくれていたのだろう。
ロゼッタは胸の奥がじんわりと熱くなるような気がした。
そして、ニーナが与えた影響が、想像よりも遥かに大きかったことを思い知る。
ニーナがこれほどまでブリジットの心に傷を残していったとは、思いも寄らなかったのだ。
もしかしたら、ブリジットはニーナに己を重ねて見ていたのかもしれない。嫁いできた王女として、明日は我が身と恐れを抱いていたのだろうか。
しかも、コーネリアスとブリジットの不仲は、ニーナが発端になっていたようだ。
それは単に、たまたま激動の始まりと重なったため、錯覚してしまったのかもしれない。
だが、ニーナが二人の関係に影響を与えていたのだと思うと、ロゼッタはいたたまれなくなる。
「……今はもう、おとうさまのことを恨んではいないんですか? 母さまは、おとうさまを嫌ってはいないのですか?」
ロゼッタがそっと問いかけると、ブリジットは静かに目を伏せ、頷く。
「ええ。あの方が国王となったからこそ、この国は平和になったと感謝しているの。それに……あの方がいなかったら、アイザックもロゼッタも生まれてこなかったもの」
慈愛に満ちた眼差しを息子に向け、ブリジットは微笑みかける。それはロゼッタにとって嬉しい言葉だった。
アイザックもそれは同じようで、恥ずかしそうに頬を染めている。普段は冷静な兄が照れる様子が可愛らしくて、ロゼッタはつい口元が緩んだ。
「……先代の国王陛下は、王として立派な方ではあったけれど、その分冷酷でもあったわ。戦が好きで、国を大きくすることに必死だった。かつての王太子殿下も、第二王子殿下も、同じような気性の方だったわ」
ふと思い出したように、ブリジットは語り始める。
「でも、あなたたちのおとうさまは違うでしょう? 先王陛下のように冷徹にはならず、民のことを大切にしてくださる素晴らしい国王陛下だわ」
そう言う彼女の瞳は、とても優しい光を灯していて、本気でそう思っていることがよくわかった。
「つまり、母さまはおとうさまのことを好ましく思っているのですね」
ロゼッタが思わずそう尋ねると、ブリジットは驚いたように瞬きをする。
「そうね……そうなのだろうと思うわ。でも、わたくしは嫌われているから……」
彼女は困ったように笑うと、小さく首を横に振ってみせる。
「父上はとても不器用で照れ屋なだけで、嫌いではないと思いますよ」
今まで黙っていたアイザックがおもむろにそんなことを言うと、ブリジットは驚いた様子を見せる。
「あら……あなたがそんなことを言ってくれるなんて珍しいわね。でも……ふふ、ありがとう。だと良いわね……」
それから彼女はどこか切なげな笑みを浮かべ、そう呟く。まるで、叶わない夢を見るような口調だった。
「そうですよ。おとうさまは母さまのことを大切に思っています! ただ、どうしようもなく不器用で、気持ちを伝えるのが下手なだけなんです!」
ロゼッタは力強く断言しながら、ニーナの記憶をたどり始める。
昔のコーネリアスも、感情表現が下手だった。
思えば、ニーナの好きだった花を贈ってくれる優しさを見せてくれたときも、無表情でぶっきらぼうだった。
その後、関係が冷えていったのは、おそらくいずれ処刑されるニーナに心を寄せないようにするため、素っ気なくしていたのだろう。
当時の彼はそうするしかなかったのかもしれない。しかし、今なら別の方法があるはずだ。
「あの、母さま、わたしに任せてくれませんか? きっと母さまたちを仲良くしてあげられる方法があるはずです」
だからロゼッタは、真剣に訴えかけた。









