18.祖父との対面
わずか六歳の少女にすぎないロゼッタが、長年の不仲だった二人を和解させると言っているのだ。どれだけ荒唐無稽な話なのかはわかっている。
それでも、ニーナの記憶を持って生まれた自分は、絶対に成し遂げなければならないと思った。
コーネリアスとブリジットがお互い幸せになれる未来を、どうしても実現させたかったのだ。
そうすることで、ニーナも救われるような気がした。
「……そんなこと、できるのかしら」
呆気にとられた様子でブリジットはポツリとそう漏らす。不安げではあったが、期待するような眼差しをしているのがわかる。
「はい。任せてください」
「お願い……しても、いいの……?」
わずかにためらう様子を見せた彼女だったが、ロゼッタが大きく深く頷くと、意を決した様子で聞いてくる。
「もちろんです」
ロゼッタは力を込めてはっきりと答える。それを聞いたブリジットは感極まったように目を潤ませた。
「……こんなこと、まだ幼いあなたに頼むなんてどうかしているのだと思うけれど……でも、あなたなら、なんだかわたくしもうまくいく気がしてきたわ……」
そこで言葉を切った彼女は一度深呼吸をし、目元に浮かんだ涙を拭いてから再び口を開いた。
「ロゼッタ、どうかお願いするわ。わたくしたち、家族を仲直りさせてちょうだい……」
「はい、必ず。母さまとの約束を果たします……!」
ロゼッタは決意を込めた声で応え、胸の前でぎゅっと拳を握った。
「まさか、きみがあんなことを言い出すとは思わなかったよ」
王妃宮を後にし、庭園へ続く道を歩きながらアイザックが不意に口を開いた。
「そうですね……自分でも驚きました」
ロゼッタ自身、なぜあの場であんな行動に出たのかはよくわからない。
だが、きっと、これがニーナと自分が混ざった結果なのだと感じた。
今のロゼッタにしかできないことがあり、それをやらなければと思ったのだ。
「きみは四つも年下なのに、まるで僕よりも年上のようだよ。本当に驚かされることばかりだ」
「え、えっと……そんなことは……」
思わぬ言葉をかけられて戸惑ってしまう。
ただ、先ほどはニーナとしての思いが強く出てしまったため、そう感じるのも当然だろう。ニーナは十四歳まで生きたのだ。アイザックは十歳である。
焦るロゼッタだったが、アイザックはふわりと微笑むだけだった。
「でも、ありがとう。母上のあんな姿を見るのは初めてで驚いたけれど……僕も母上のことを誤解していたんだなって思ったよ。母上の本当の気持ちを聞くことができて嬉しかったんだ」
その声色は柔らかく、少し上気した頬は薔薇色に染まっている。
心から喜んでいるのだということがわかり、ロゼッタまで嬉しくなった。
そして二人は、庭園の奥の広場へとたどり着いた。
「そういえば、何かを探しているのかい?」
そこで立ち止まったロゼッタに、アイザックは不思議そうな顔を向けてくる。
「はい、白い百合がないかなって思って……」
ロゼッタは周囲を見渡してそう答えた。
これから行う作戦のため、白い百合を持ち帰りたかったのだ。
「なるほど、わかった」
アイザックが短く返事をしたとき、ロゼッタの目にはこちらに向かって近づいてくる人影が見えた。
それはすらりと背の高い男性であり、その人物にはどことなく見覚えがあるような気がした。
彼はアイザックのもとへたどりつく直前、軽く膝を折って頭を下げる。
「これは、王太子殿下に王女殿下。ご機嫌麗しゅうございます」
男性はそう挨拶してくると恭しく礼をする。
顔を上げた彼の表情は柔和な笑みを浮かべていて、どこか作り物めいた冷たさを感じた。
アイザックはその男性が現れたことに一瞬驚いたようであったが、すぐに平静を取り戻して返す。
「ああ、グラスター侯爵も元気そうで何よりだよ」
儀礼的な笑みを浮かべながらアイザックが口にした名を聞き、ロゼッタは思わずぴくりと反応してしまう。
この男性こそ、貴族派の中心にして、ロゼッタの祖父であるグラスター侯爵だったらしい。
よく見てみれば、ロゼッタの母マライアと顔立ちが似ている。瞳の色も彼女とそっくりな碧眼をしていた。
柔らかい物腰ではあるが、穏やかな笑みの向こうに潜む冷ややかな瞳がロゼッタには恐ろしかった。
「王女殿下は母君が遠く離れてしまい、寂しい思いをされていることでしょう」
「……いいえ、そんなことないです」
案じるように言ってくるが、ロゼッタは反射的に否定する。
寂しいどころか、毎日楽しく過ごせており、嬉しいくらいだ。
「おお、なんと健気な……。ですが、やはり寂しくなる時もあるでしょう。そうだ、母君の従妹にあたる者をお側にいかがでしょうか。血縁者が近くにいたほうが安心できましょう」
侯爵は勝手に一人で納得したように呟くと、ロゼッタをじっと見つめてきた。
あまりの居心地の悪さに、つい身を引いてしまう。
「……血縁者なら、僕や父上がいるのだが?」
苛立った様子でアイザックが口を挟むと、侯爵は困ったように眉尻を下げてみせた。
「それは……大変失礼いたしました。ですが、同性のほうが頼りになることもありますゆえ、王女殿下の側にいる者としては適任ではと愚考したのですが……」
「必要になったら相談しよう。まだ、今すぐ決める必要はない」
取り繕う彼に、アイザックは低い声で答える。
「……かしこまりました。殿下の仰せのとおりに」
その迫力に押されたように、今度はおとなしく引き下がる彼を見てロゼッタはほっとした。
「それでは私めはこれで。王女殿下、いずれまた」
そう言うなり、身を翻して広場を出て行ってしまう。
ロゼッタは彼の姿が消えても、しばらくの間、呆然とその場に立ち尽くしてしまった。
「……大丈夫?」
やがてアイザックの声がかかったことに気づきハッとなる。
心配するような視線を感じ、慌てて笑顔を作って答えた。
「はい、ちょっとびっくりしてしまいましたけど」
「無理もないと思うよ。僕もあの人は苦手なんだ」
アイザックは小さく息を吐き、苦笑いを漏らす。
「おにいさま、ありがとうございました」
「うん? ……ああ」
ロゼッタにお礼を言われた彼は、一瞬何を言われているのかわからないような表情になったが、少し照れくさそうに笑うと頭を撫でてくれた。
「さあ、百合の花を探そうか」
「はいっ」
そうして二人は白百合を探して、辺りを散策し始めた。









