13.兄の迷い
「あの、セレサ……」
ロゼッタは意を決してセレサに声をかける。すると、彼女は笑みを深めた。
「はい、なんでしょうか?」
「あなたは……その、新しい側妃候補なの?」
おそるおそるロゼッタは尋ねる。
すると、セレサは一瞬固まったあと、大きく目を見開いた。そして、すぐに笑顔を浮かべる。
「いえ、私はロゼッタさまの侍女ですよ」
「そう……ならいいの……」
セレサの答えにホッと胸を撫で下ろしながら、ロゼッタは安堵のため息を漏らした。
その様子を眺めながら、彼女は笑みを深めて口を開く。
「私は、ロゼッタさまをお守りするためにやって来たのです」
「え……?」
セレサの言葉に、ロゼッタは首を傾げた。
すると、セレサは真剣な眼差しで言葉を続けようとする。
「私は……」
だが、そのとき部屋の扉を叩く音が聞こえた。ロゼッタが返事をすると、扉が開かれてアイザックが入ってくる。
「ロゼッタ、元気だったかい!? やっと会えたよ!」
「お、おにいさま!?」
突然現れたアイザックを見て、ロゼッタは驚きの声を上げた。
しかし、彼はそんなことお構いなしにロゼッタのもとに駆け寄ると抱き寄せる。
「会いたかった! ああ、やっぱり可愛いなぁ」
そう言って、アイザックは嬉しそうに頬ずりしてきた。
ロゼッタは困惑しながらも、されるがままになっている。
やがて、アイザックは我に返ったようにロゼッタから手を離した。そして、照れたように頬をかく。
「はは……つい嬉しくて……」
「おにいさまったら……もう」
そんなやり取りをしたあと、アイザックはセレサに何気なく視線を向けた。その途端、彼は驚いたように目を見開く。
「えっと……ロゼッタの新しい侍女ってセレサだったのかい?」
「はい、そうです」
アイザックの問いに、セレサは笑みを浮かべて答えた。
すると、アイザックは顎に手を当てて何やら考え込む仕草をする。そして、再びセレサに目を向けた。
「ふうん……まあ、ロゼッタのことをよろしく頼むよ」
「はい、お任せくださいませ」
アイザックの言葉に、セレサは恭しくお辞儀をする。
そんな二人のやり取りを眺め、ロゼッタは首を傾げる。
「おにいさま、セレサを知っているの?」
「うん、まあね。それよりも、今日はロゼッタにお土産を持ってきたんだ」
アイザックはそう言うと、手に持っていた紙袋を掲げて見せた。中に入っていたのは、色とりどりの可愛らしいクッキーだった。
「わぁ……クッキー……!」
ロゼッタが顔をほころばせると、アイザックも満面の笑みを浮かべて頷く。そして、ロゼッタを椅子に座らせてから、彼自身も隣に腰を下ろした。
「セレサ、お茶を淹れてくれるかい?」
「はい、かしこまりました」
セレサは笑顔で頷くと、早速お茶を淹れ始める。しばらくして、良い香りが部屋に漂い始めた。
その香りに釣られるようにして、ロゼッタは早速クッキーに手を伸ばす。
「おにいさま、ありがとう」
にっこりと笑いながら礼を述べると、ロゼッタはお菓子を口に放り込んだ。
その姿を見やりながら、アイザックも菓子を手に取る。彼も一口かじると満足そうに頬を緩めた。
「セレサ、下がっていいよ」
お茶が運ばれてくると、アイザックはセレサからカップを受け取りながら言う。
その言葉を聞き、セレサは小さくお辞儀をした。
「失礼いたします」
セレサはそのまま部屋から出ていく。
その姿を見送ると、アイザックは口を開いた。
「母上と会ったんだって? どうだった?」
「ええと……お優しい方でした」
ロゼッタは戸惑いながらもそう答えた。
すると、アイザックの表情が唖然としたものになる。
「……母上が優しい?」
そう呟いて首を傾げると、アイザックは再びカップに手を伸ばす。彼は気持ちを落ち着かせるように、一口お茶を飲んでから口を開いた。
「いや、まあ……側妃の娘だからっていじめるような方ではないけれど……ああ、そうか。ロゼッタにとっては、あの母上でも優しく感じるくらいに、これまでがつらかったんだね」
「え……?」
アイザックの言葉に、ロゼッタは思わず聞き返す。
しかし、彼はそれ以上何も語らなかった。そのまま、話題を変えるように口を開く。
「そういえば、最近はどう? 何か困ってることはない?」
「いえ、特には……あ、でも……ちょっと気になることが……」
「なに?」
ロゼッタの言葉を遮るように、アイザックは身を乗り出す。その目は真剣だ。
そんな彼の勢いに押されるように、ロゼッタは口を開いた。
「ええと、おとうさまが新しく側妃を迎えるという噂を聞いて……」
それを聞いた瞬間、アイザックの表情がこわばる。だが、すぐに元の表情に戻ると口を開いた。
「その話はどこで聞いたの?」
「え、えっと……侍女たちが話していたのを聞いたんです」
ロゼッタはそう言うと、黙り込む。それから少し間を置いたあと、おそるおそるアイザックの顔を見上げた。
すると、彼の目は冷たい光を宿していることに気づく。
その眼差しに恐怖心を覚えた。それと同時に、一瞬だが背筋が凍るような寒気を感じる。
しかし、すぐにいつもの穏やかな表情に戻ると、彼は口を開いた。
「そっか……それで、他に侍女たちは何か言っていた? どんな些細なことでも良いんだけど」
「ええと……その……自分たちの誰かを側妃にするよう、おとうさまに口添えをしてほしい、と……」
ロゼッタの言葉に、アイザックは眉根を寄せた。しかし、すぐに表情を和らげると、穏やかに微笑みかける。
「なるほどね。彼女たちがそんなことを言っていたんだ。つらかったね、ロゼッタ」
アイザックはそう言って、ロゼッタの頭を優しく撫でた。その瞬間、力が抜けていって、思わず安堵のため息を漏らす。だが、すぐに顔を上げると言葉を続けた。
「それで……その……おにいさまはどう思いますか?」
「ん? ああ、側妃のことかな」
アイザックは思い出したようにそう呟くと、難しい顔で黙り込む。そして、しばらく考え込んだあと口を開いた。
「そうだね……その侍女たちが側妃になることは、まずないだろう。ただ……」
そこでいったん言葉を区切り、アイザックはロゼッタを見つめる。その眼差しは真剣なものだった。
「おそらく、側妃は迎えることになる可能性が高いだろうね。父上もこれ以上はねつけるのは難しいようだし……」
「そう、なんですか……」
アイザックの言葉に、ロゼッタは表情を曇らせる。胸には不安が渦巻いて、息苦しさすらわき上がってきた。
そんな彼女の様子を、アイザックは悲しげに見つめたあと続けた。
「だけど、ロゼッタが心配するようなことはないから安心して」
「はい……」
アイザックの言葉に、ロゼッタは沈み込みながらも、どうにか頷く。
先ほど父に尋ねたときも、気にするようなことではないとはぐらかされた。兄も詳しいことは話してくれないようだ。
きっとロゼッタに心労を負わせたくないのだろう。しかし、何もわからないままでは気が休まらない。
ロゼッタは、もやもやとした気持ちを胸に抱えたまま、再びアイザックを見つめた。
すると、彼はどうしたものかと考えるように顎に手を当てる。そして、小さくため息をつくと口を開いた。
「……そうだね、きみは賢い子だ。こうして幼いからと、のけ者にされる悲しさはわかるよ。かえって知っておいたほうが、きみのためなのかもしれないね」
アイザックはそう呟いてから、ロゼッタの紫色の瞳をじっと見つめる。そして、ゆっくりと語り始めた。









