12.新しい側妃候補
コーネリアスが新たな側妃を迎える。それは、ロゼッタにとっては寝耳に水だった。
「それは本当なの……?」
ロゼッタは震える声で尋ねる。すると、侍女たちは大きく頷いた。
「はい、どうやら王宮内で噂が広まっているようです」
「ロゼッタさま付きの侍女が増えるそうで、側妃候補だろうとお話ししておりました」
侍女たちは口々にそう語る。
だが、ロゼッタはまだその話を受け入れられずにいた。
父が新しい側妃を迎えれば、ロゼッタはどうなるのだろうか。せっかく父や兄と仲良くなれたというのに、また以前のように孤独な日々に逆戻りするのだろうか。
そう思うと、ロゼッタの心は不安で押しつぶされそうになる。
そんな状態のロゼッタに対して、侍女たちは無慈悲に言葉を続けた。
「新しい側妃は、ロゼッタさまをないがしろにするかもしれません」
「嫌がらせを受けるかもしれませんし、上手くやっていけるかもわかりませんよ」
「……っ!」
彼女たちの言葉に、ロゼッタはショックのあまりその場に崩れ落ちそうになる。
脳裏に浮かんでくるのは、ロゼッタを虐げる母マライアの歪んだ笑顔だ。
恐怖と絶望で胸が張り裂けそうになる。
「そんな、そんなのは嫌よ……」
ロゼッタは消え入りそうな声で呟いた。
侍女たちはそんなロゼッタを見て優しく微笑むと口を開く。
「でも、私たちの誰かが側妃となれば、ロゼッタさまを守ることができますわ」
「そうですよ。だからロゼッタさまからも、どうか国王陛下にお口添えをお願いします」
「きっと、ロゼッタさまが言えば陛下も聞き入れてくれるはずです」
口々にそう告げると、侍女たちは期待するような視線を投げかけてきた。彼女たちが浮かべる笑みは、どこか歪だ。
まるで、ロゼッタを操ろうとしているかのようにも見える。
いや、実際そうなのだろう。
侍女たちがどうして王妃の悪口を言っていたのか、わかった気がした。彼女たちはロゼッタを不安がらせ、コーネリアスに進言させようとしているのだ。
ロゼッタは動揺しながらも、懸命に考える。
ここで侍女たちに乗せられてはいけない。
彼女らに側妃になってほしいとは思えなかったし、そもそも側妃を迎えるという話が本当かもわからないのだ。
「で……でも、噂なのよね……? 本当は違うかもしれないし、わたしが話しても……」
ロゼッタは侍女たちの顔色をうかがいながらそう告げる。
すると、彼女らは一瞬黙り込むとお互いに視線を交わした。そして、そろってロゼッタに向き直ると口を開く。
「しかし、現在の側妃さまは療養中ですよね。その状況を考えると、新しい側妃を迎えなければならないのではないでしょうか?」
「それに、国王陛下と王妃さまは夫婦仲があまり良くありませんから、新しい側妃を迎えられるのは自然なことかと」
「もともと側妃が一人しかいないことがおかしかったんです。これは、必要なことなんですよ」
侍女たちは口々にそう告げる。
それを聞いたロゼッタは、何も言い返せなかった。
確かに、彼女たちの言うことには一理ある。
コーネリアスとブリジットの夫婦仲は良好とは言えず、ロゼッタの母である側妃は療養中だ。
新しい側妃を迎えるというのは自然なことなのかもしれない。
「……わかったわ」
ロゼッタはそう呟くと、そっと息を吐く。そして、真っ直ぐに侍女たちを見つめた。
「おとうさまと側妃のことについてお話ししてみるわね」
ロゼッタはそれだけ告げると、侍女たちに微笑みかける。
すると、彼女らの表情がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます、ロゼッタさま」
「きっと良いお返事がいただけるはずですわ!」
侍女たちは口々にそう言いながら、部屋を出ていく。
そして、彼女たちの姿が見えなくなってから、ロゼッタはソファに座り込んだ。
「はぁ……」
大きく息を吐いて、天井を仰ぐ。そして、ゆっくりと目を閉じた。
側妃のことについて話すとは言ったが、彼女らを側妃に推すとは一言も言っていない。嘘は言っていないはずだ。
それに、侍女たちが言っていたことはただの噂でしかない。それが本当かどうかもわからないのだから、気に病む必要などないではないか。
ロゼッタは自分にそう言い聞かせると、再び大きく息を吐くのだった。
翌日、コーネリアスがロゼッタのもとを訪れた。
「昨日はよく眠れたかい?」
「はい、おとうさま」
コーネリアスの問いに、ロゼッタは笑顔で答える。そして、遠慮がちに口を開いた。
「……あの、それで……その……」
だが、その先の言葉が続かない。何と切り出せば良いのだろうか。
いや、そもそも本当に側妃を迎えるのか、コーネリアスに尋ねるべきなのだろうか。
昨日の侍女たちの話を聞いたあとだと、どうしても二の足を踏んでしまう。
そんなロゼッタの心情を察してか、コーネリアスは優しく微笑むと口を開いた。
「どうしたんだい? 何か話したいことがあるのかな?」
「あ……えっと……」
コーネリアスの優しい声音に、ロゼッタは視線をさまよわせる。そして、覚悟を決めたように口を開いた。
「あの……おとうさま……」
「ん?」
「その、新しい側妃を迎えられるんですか?」
ロゼッタは緊張した面持ちで尋ねる。
すると、コーネリアスは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔に戻った。
「ロゼッタが気にするようなことではないよ」
コーネリアスは優しい声でそう告げると、ロゼッタの頭を優しく撫でる。
その優しい手つきに安心して、ロゼッタの肩から力が抜けた。しかし、すぐに表情を曇らせる。
何かを隠しているように感じられたからだ。
「あの、おとうさま……」
ロゼッタは再度父に声をかけようとした。
しかし、コーネリアスはロゼッタの言葉を遮るように口を開く。
「ロゼッタに専属の侍女を付けることにした。名前はセレサだ」
「え……?」
突然のことに、ロゼッタは戸惑いの表情を浮かべた。
そんなロゼッタを見て、コーネリアスは苦笑すると言葉を続ける。
「これまでの侍女たちは、お前にあまり良い態度を取らなかっただろう? だから、信頼できる者に任せたいんだ」
「そう、なんですか……」
コーネリアスの言葉を聞いて、ロゼッタは納得したように呟いた。
確かに、あの侍女たちはどこかおかしかったように思う。ロゼッタを操り、側妃の座に収まろうとしていたのだ。
そのことをコーネリアスも察していたのだろうか。
「早速、今日からセレサをお前に仕えさせる。仲良くするんだよ。それでは、また夕方に会おう」
「はい、おとうさま……」
ロゼッタが素直に頷くと、コーネリアスは満足そうに微笑む。そして、ロゼッタの部屋を出ていった。
一人残されたロゼッタは、セレサという侍女がやって来るのを待つことにした。
しばらくすると、一人の侍女がロゼッタの部屋にやって来た。
彼女は恭しくお辞儀をすると、口を開く。
「お初にお目にかかります、ロゼッタさま。セレサと申します」
セレサと名乗った侍女は落ち着いた声でそう言ったあと、ロゼッタを真っ直ぐに見つめた。
長い亜麻色の髪を後ろで一つに結い上げ、青い瞳はどこまでも澄んでいる。年齢は二十歳に届くかどうかといったところだろうか。
優しげな雰囲気をまとっており、彼女を見ていると不思議と心が落ち着いた。
ロゼッタがセレサのことを観察していると、彼女はにこりと微笑んで言葉を続ける。
「今日からロゼッタさまの侍女を務めさせていただくことになりました」
「え……ええ、よろしくお願いするわ」
戸惑いながらもそう返すと、セレサはにっこりと微笑んだ。
先ほど父に側妃のことを尋ねたときは、はぐらかされてしまったが、彼女が側妃候補なのだろうか。
ロゼッタはセレサをじっと見つめる。だが、彼女は微笑んだまま何も語ろうとしなかった。









