11.歪な関係
ロゼッタは、王妃の宮殿から自室へと戻る。
侍女たちが出迎えてくれたが、その表情には心配そうな色が浮かんでいた。
「あの、ロゼッタさま……王妃殿下とお話ししていたのですか?」
侍女の一人がおずおずとした様子で尋ねる。ロゼッタは頷いた。
「ええ、そうよ」
すると、他の侍女たちも心配そうに尋ねてくる。
「王妃殿下にひどいことを言われませんでしたか?」
「まだ幼いロゼッタさまに王妃殿下のお相手は酷ですわ」
「お美しい方ですが、冷酷で恐ろしい方ですもの」
侍女たちは口々に王妃を非難するようなことを言うが、ロゼッタはそれを聞き流す。
彼女たちの態度には、何やら不快感を覚える。
王妃はロゼッタにとても親切にしてくれた。
もしかしたらそれが信用を得るための演技という可能性もある。だが、力のないロゼッタに対して、そのような労力を費やすだろうか。
それよりも、侍女たちが王妃のことを悪く吹き込もうとしているように思えた。
「わたしは大丈夫よ」
「でも……」
なおも食い下がろうとする侍女たちに、ロゼッタは穏やかな口調で告げる。
「それよりも、どうしてあなたたちは王妃陛下のことを殿下と呼ぶの? 不敬だとは思わないの?」
ロゼッタの問いに、侍女たちの動きが止まる。
そして互いに顔を見合わせたあと、困ったような笑みを浮かべた。
「それは……その……」
「いろいろありまして……」
「ロゼッタさまにはまだわかりませんわ」
口ごもる侍女たちを見て、ロゼッタはため息をつく。
そして、さらに口を開こうとしたところで、扉をノックする音が響いてきた。
「はい」
ロゼッタが返事をすると、扉が開かれて一人の男性が入ってくる。それは、この宮殿の主であり、ロゼッタの父親である国王コーネリアスだった。
「ロゼッタ、王妃の宮殿から戻ったと聞いて様子を見に来たのだ」
コーネリアスはそう言って近づいてくると、優しくロゼッタを抱き寄せる。
そして、侍女たちに視線を向けると口を開いた。
「お前たちは下がってよい」
コーネリアスがそう命じると、侍女たちは一礼して部屋から出ていく。その後ろ姿を見送ってから、ロゼッタは父親に向き直った。
「おとうさま、お帰りなさいませ」
「ただいま、私の愛しい娘」
コーネリアスは優しい微笑みを浮かべると、ロゼッタの頭を撫でる。そして、その顔を覗き込むように身を屈めた。
「王妃と話をしたそうだが、どんな話をしたのかな?」
コーネリアスは穏やかな口調で尋ねる。その声色からは、娘の身を案じる父親の心情が滲み出ていた。
ロゼッタは優しい父親を安心させるように笑顔を浮かべると口を開く。
「わたしのことを気遣ってくださいました。母さまはとても優しい方です」
ロゼッタの言葉に、コーネリアスは一瞬驚いたような表情を浮かべる。しかし、すぐに笑顔を浮かべると頷いた。
「そうか、それは良かったな」
「はい!」
ロゼッタは元気よく返事をすると、父親に向かって微笑みを返す。
その笑顔を見て、コーネリアスは安堵したように息を吐いた。
「王妃は誠実な人なのだが、誤解されやすいところがあるからな。ロゼッタが理解してくれたなら喜ばしいことだ」
コーネリアスはほっとした様子で呟く。そして、ロゼッタの頭を撫でると言葉を続けた。
「あの人は責任感が強いからな。お前のことも可愛がってくれるだろう。……何せ、至らぬ私の妻となり、王妃としての責務を果たしてくれているのだからな」
「おとうさま……」
父親の言葉が意味深に聞こえて、ロゼッタは思わず聞き返す。だが、コーネリアスはそれ以上何も語ろうとしなかった。
彼の表情に一瞬影が差したように見えたが、すぐに元の表情に戻る。そして、話題を変えるように口を開いた。
「そうだ、最近は忙しかったが、やっと少し落ち着いてきた。アイザックもお前の顔を見たがっていたから、そろそろ会いに来るだろう。その時はたくさんわがままを言ってやれ」
コーネリアスは笑顔でそう告げる。
その言葉を聞いたロゼッタは顔をほころばせるが、すぐに不安そうに眉根を寄せた。
「あ、あの……おとうさま……」
おずおずとした様子でそう声をかけると、コーネリアスは不思議そうに首を傾げる。そして、ロゼッタの言葉を待った。
「おにいさまと仲良くして、本当に良いのでしょうか?」
ロゼッタは消え入りそうな声で尋ねる。すると、コーネリアスは優しく微笑んで口を開いた。
「ああ、もちろんだとも。アイザックもお前のことを大切に思っていることがわかったからな。私はもう何も言わないよ」
「でも……あ、いえ、何もないです。そうですよね、仲良くしても良いんですよね」
ロゼッタは何かを言いかけるが、すぐに口をつぐむ。そして、取り繕うように笑みを浮かべた。
そんな娘の様子に一瞬訝しげな表情を見せるコーネリアスだったが、深く追求することはしなかった。
「そうだとも、何も心配することはないよ」
コーネリアスはそう言って微笑むと、娘の頭を優しく撫でる。
その手のぬくもりを感じながら、ロゼッタは安堵したように息を吐いた。
アイザックと仲良くすると、王妃の反感を買うかもしれないと言っていたのは侍女だ。
しかし、王妃は先ほどロゼッタに優しい言葉をかけてくれた。侍女の言うことなど気にすることはないだろう。
ロゼッタはそう自分に言い聞かせると、父親に笑顔を向けた。
「はい、おとうさま」
「では、私は執務に戻ることにしよう。ロゼッタもゆっくり休むといい」
コーネリアスは優しく微笑むと、部屋から出ていく。
その後ろ姿を見送ったあと、ロゼッタは大きく息を吐き出した。
侍女たちの王妃に対する態度は、やはりおかしい。
ただ、コーネリアスとブリジットの関係は冷え切っていると、アイザックも言っていたはずだ。
しかし、ロゼッタにはどうにも理解できなかった。二人は互いを思いやっているようであり、確かな信頼関係が築かれているように思える。
だが、ロゼッタが感じた二人の関係はどこか歪で、距離があるように感じられた。
「どういうことなのかしら……」
一人呟き、ロゼッタが首を傾げていると、侍女たちが部屋に戻ってきた。
そして、ロゼッタが不安そうな表情をしているのを見ると、口々に言い始める。
「ねぇ、やっぱりあの噂は本当なんじゃない?」
「まさか……でも……」
「ええ、きっとそうよ……」
彼女らは何かを言い合っていたが、やがて意を決したように頷き合うとロゼッタの元へやって来る。そして、決意を固めたような表情で口を開いた。
「あの……ロゼッタさま……」
「な、なにかしら……?」
緊張した面持ちで話しかけてくる侍女たちに、ロゼッタは思わず身構える。
「国王陛下が新たに側妃をお迎えになるらしいという噂があるのですが、何かご存知でしょうか?」
「え……?」
侍女たちから告げられた内容に、ロゼッタは言葉を失った。









