14.貴族派
「まず、簡単に言うと王宮には二つの派閥がある。王妃派と、貴族派だ。王妃派のほうは、母上を支持している者たちのことだね。そして、貴族派は、母上のことを快く思っていない者たちのことだよ」
アイザックはそこで一度言葉を切ると、ロゼッタの表情をうかがう。そして、ロゼッタが小さく頷くのを見てから言葉を続けた。
「貴族派の中心人物は、グラスター侯爵なんだ」
「グラスター侯爵……」
その名を聞いた瞬間、ロゼッタは目を見開いた。
グラスター侯爵の名は、ロゼッタもよく知っていた。なぜなら、彼は側妃マライアの父であり、ロゼッタにとっては祖父にあたる人物だったからだ。
「きみはグラスター侯爵と会ったことは?」
「いえ、ないです……」
物心つく前のことはわからないが、少なくとも記憶にはない。
ロゼッタが首を横に振ると、アイザックはわずかに表情を曇らせた。そして、そのまま言葉を続ける。
「僕は彼と話したことがあるけど、あまり好感は持てなかったな……」
「そう、だったんですか……?」
ロゼッタが戸惑った表情を浮かべながら聞き返すと、アイザックは複雑そうな面持ちで答える。
「うん……彼は野心家でね……自分の娘を側妃として送り込んだんだよ。でも、側妃が産んだのはきみという王女だったからね。本当は自分が次期国王の祖父になって、実権を握るつもりだったんだろう」
「そんな……」
アイザックの話を聞き、ロゼッタは絶句する。
明言は避けたが、つまり祖父はロゼッタが王子であれば、アイザックを亡き者にしようと企んでいたのだろう。
そのことに思い至り、ぞっとしたような悪寒が背中を駆け抜けた。
そんなロゼッタの様子に気づくと、アイザックは優しい笑みを向ける。そして、彼女の頭を軽く撫でた。
「大丈夫かい? 怖がらせてしまったかな……?」
「い、いえ、大丈夫です!」
心配そうに顔を覗き込むアイザックに、ロゼッタは慌てて取り繕うように笑顔を見せる。
すると、彼は申し訳なさそうに眉を下げたあと、話を再開した。
「結局、彼の計画は失敗した。でも、諦めきれなかったんだろう。きみの母君は、早く王子を産めと何度も催促されたみたいだ。だけと、父上はそんなつもりがなかったようで……きみの母君はどんどん追い詰められて、心を病んでしまったらしい」
「そう、なんですか……」
目を伏せながら、ロゼッタはぽつりと呟く。
母はロゼッタが男に生まれてこなかったことを罵り、虐げてきた。それには、やはりそういう背景があったのだと思うと、複雑な心境になってしまう。
彼女の仕打ちは許せない。だが、同時にかわいそうだとも思った。
周囲の思惑によって嫁がされながらも愛を得られず、破滅に追い込まれていく母。それは、かつてのニーナの姿にどこか重なって見えたのだ。
「それでね……きみの母君が療養中となったため、新しい側妃を迎えるべきだと貴族派が騒ぎ出した。グラスター侯爵も、せめて自分の息がかかった者を側妃にしておきたいんだと思う」
「なるほど……そうだったんですね」
納得するようにロゼッタはそう言って、深く息を吐き出した。
自分たちを側妃にするようにと働きかけてきた侍女たちは、おそらく貴族派なのだろう。そう考えると、いろいろと合点がいく部分もあった。
あの侍女たちは、王妃の悪口をロゼッタに吹き込んできた。ロゼッタを貴族派の象徴として利用し、王妃と対立させようとしていたのかもしれない。
「おとうさまは……貴族たちの言いなりになるつもりなのでしょうか?」
おそるおそるそう尋ねると、アイザックは少し困ったような顔をしながら答える。
「うーん……子が僕たち二人だけで、しかも弟妹が増えそうにない以上、難しいところだよね。まして、父上と母上の不仲は有名だし……」
アイザックはそう言って、言葉を濁すと大きくため息をついた。
「でも、もし新しい側妃が増えたとしても、ロゼッタは大丈夫だよ」
アイザックは穏やかな声でそう告げると、安心させるようにロゼッタの頭に手を乗せる。それから柔らかい笑みを向けた。
「父上はきみのことを大切にしている。そんなきみに危害を加えようとはしないはずだよ。だから、心配することなんて何もないからね」
「はい……」
ロゼッタが弱々しく返事をすれば、アイザックは小さく微笑む。
その柔らかな眼差しを見ると、彼の優しさが伝わってくるようだった。だからこそ、胸が痛くなる。
「でも……おにいさまは? 側妃が増えれば、おにいさまのお立場は悪くならないのですか?」
ロゼッタが小さな声ながらも懸命に訴えかけると、アイザックは驚いたように目を見開いた。そして、すぐに苦笑いすると答える。
「ははっ、本当にきみは賢くて優しくて強い子だね。僕は大丈夫だよ。きっと上手くやるから。ありがとう」
「で、でも……」
言葉を続けようとするロゼッタの唇に、アイザックはそっと人差し指をあてた。そのままロゼッタの言葉を遮るように、彼は小さく首を振る。
「それにね、新しくきみ付きの侍女になったセレサ。彼女はきっと母上が送り込んだ側妃候補だ」
「えっ……!?」
やや声を潜めたアイザックの発言を聞き、ロゼッタは動揺して固まる。そして、彼をじっと見つめた。
「セレサはもともと母上付きの侍女だ。だから僕も知っているけれど、おっとりした優しい女性だよ。貴族派から側妃を出しては、面倒なことになるだろう。だから、母上は自分の息のかかった者を側妃にしようとしているんだと思うよ」
「そんな……」
やはりセレサは側妃候補だったのか。ロゼッタのことを守ると言っていたのは、王妃の命令だったのだろうか。そう考えると心苦しかった。
「で……でも、セレサは本当はどう思って……それに、母さまだって……!」
ロゼッタが戸惑った様子でそう口走ると、アイザックは再び眉を下げる。彼は寂しげな笑みを浮かべ、こう言った。
「仕方がないよ。それが王族というものなんだ」
「……っ」
あまりにも悲しい答えに、ロゼッタは何も言えずに押し黙ってしまう。
そんな彼女の様子を目にすると、アイザックはさらに付け足すように語る。
「母上は父上が新しい側妃を迎えることに抵抗はないんだろう。二人の関係は冷え切っているからね。それに、セレサだって側妃となれば出世できる。きっとそのほうが嬉しいはずだ」
諭すようなアイザックの言葉に、ロゼッタはぎゅっと拳を握り締めた。
「そんなの……おかしいです……だって、おとうさまと母さまは……」
俯きがちになりながら、ロゼッタは消え入りそうな声で呟く。
コーネリアスとブリジットが不仲だとは、散々聞いていた。
だが、彼らが互いのことを話すときは、静かな尊敬を込めたものだったように思う。少なくとも、二人は互いを嫌っているわけではないはずだった。
それなのになぜ、こんな事態に陥ってしまったのだろう。
かつてニーナが処刑を言い渡された際、婚約者を冷たく見下ろして去っていったコーネリアスの姿が脳裏をよぎる。
あのとき、何か声をかけてくれるのを期待するだけではなく、ニーナから何かを言っていればどうだったのだろうか。
処刑は免れないにしても、あんな形で別れることはなかったのかもしれない。
ロゼッタが母に殺されそうになった際、初めて助けを求めて声を上げた。
そうしたら、本当に助けが来たのだ。
もちろん、いつもそう簡単に上手くいくなんてことはないだろう。
だが、何も行動しなければ、何も変わることはない。
今のコーネリアスとブリジットが、そのときのニーナたちと同じように思えた。
そう考えると、居ても立ってもいられない気持ちになる。なんとかしなければならないと使命感のような感情が芽生えた。
「……やっぱり、このままじゃだめです」
しばらく考えてから決意を込めてはっきりとそう言えば、アイザックは不思議そうに目を丸くする。
彼の瞳をしっかりと見据えたまま、ロゼッタは力強く言葉を紡ぐ。
「わたしは……いえ、わたしたちはみんなで幸せになりたいんです。おとうさまも母さまも、おにいさまも、そしてわたしも……傷つくことのないようにしたいんです」
そう語ってからロゼッタは表情を引き締めると、凛とした面持ちのままアイザックに詰め寄る。
「おとうさまと母さまが仲良くなれば、貴族派の付け入る隙がなくなるっていうことですよね?」
真剣な態度で質問をするロゼッタに対し、アイザックは戸惑いの色を見せつつも頷く。
「え……うん、まあ……そうだね……そうかもしれないけど……」
引き気味のアイザックを見ても、ロゼッタが引くことはなかった。さらに顔を近づけると、強気な態度で続ける。
「だったら、お二人を仲直りさせましょう!」









