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柳は緑、花は紅  作者: カブトムシ
第四章 あの声で蜥蜴食らうか時鳥《ほととぎす》
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6 斯鬼を食う

 斯鬼の視線につられて美和も目を向けると、坂の下から人の声が聞こえてきた。先ほどの火の手を見て駆けつけてきたのかもしれない。

「野郎か」

 男の話す声に斯鬼は言葉を吐き捨てた。

「来てはダメ――」

「野郎は必要ねぇ」

 声を上げるよりも早く、斯鬼は手を動かしていた。人間が登って来ていたその場所に、巨大な土の壁が盛り上がって行く手を阻んだ。悲鳴が聞こえる。棘が串刺しにはしていないだろうかと、美和は青ざめた。

『やめて!』

 だが自分の唯一の武器ともいえる言霊は、簡単に弾かれてしまった。

「無理だよ。お前の力は俺にはもう通じない」

 嬉しそうな斯鬼の声に、美和は肩を落とした。

 ごつい斯鬼の指先が美和の頬に触れる。見た目は変わっていたが、少しひんやりとする体温は変わっていなかった。

 わずかにうるんだ瞳に力を込めて、美和は斯鬼をにらむしかできなかった。

 斯鬼はまっすぐな美和の瞳に、奥歯を噛みしめると視線を逸らせた。かと思えば細い触手を美和の腕に絡みつかせると、両手を捕えてそのまま地面に押し倒した。

「見つかるまでじっとしてな」

 言うと斯鬼は目星のつけている当たりの土を探り始めた。大きな石や太い根がいとも簡単に掘り返されて、美和のそばに積み上げられていく。

 よほど小さなものなのか、一向に鬼核というものは見つ駆らなかった。

(何をすれば、いいのかな)

 遮るものが何もない空を見上げながら、美和は茫然としていた。

 クラスメイトを助けると言って、結局巻き込んだ。

 斯鬼の言葉も、サグジの言葉も美和は聞く耳を持っていなかった。

(血ぐらい、斯鬼に上げればよかった)

 初めからそうしていれば、もっと簡単にことが運んだかもしれない。

 逃げていれば、斯鬼もクスノキの霊力を得ることはなかった。

(遥は、無事なのかなあ)

 それすらもわからない。

 美和は横に同じように倒れているサグジの姿を見て、苦しげに眼をそらせた。

 本当に何もできなかった。

 サグジの言うように、あのまま逃げて他の土地神の元へ行くべきだった。そうすれば何らかの手立てを講じられたかもしれないのだ。巫女だ巫女だと言われて思い上がっていたのか、今の今まで何とかなるような気がしていた。

「う、っく……」

 胸が苦しい。

うめき声に斯鬼がこちらを見た。

「こんなの、嫌だ」

 つぶやきと共に強い吐き気が起こる。

 青ざめている美和に気付いたらしく、斯鬼は触手の力を弱めてじっと美和を見つめた。

 美和はほどけた触手から腕を引き抜くと、口元を押さえてその場から離れ、切り株の裏に膝をついた。

 喉が焼けるように痛んで蛍光色のような胃液が口元から、糸を引いて零れ落ちた。

「うえっ」

 何も出ないのに、何度もえずいた。苦しさに肩で息をする。

 斯鬼が何か言いたげに、手を止めて美和を見ていた。だが息をついた美和の視線と合った途端、すぐさま視線をそらせてしまう。

(今でも、逃げればいいのかな)

 美和は大きく息をつき、立ち上がろうとして切り株に手をついた。残っていた熱さに手を引く。

 その時、美和の目の前に不思議なものを見た。顔を下げたときの角度で、きらりと光る物があったのだ。よくよく見てもわかるかわからないか程度の、指先ほどしかない小さな穴。

 真黒に焼けていたが、美和はそこへ誘われるように指を突き入れていた。手の先に丸いものが当たって動く。まるでビー玉が入っているかのようだ。穴は小さくて周囲は分厚く盛り上がっている。異物を飲み込んだ時の木が防衛本能で包み込んだように見える。

 だがすでに朽ちた木に、高温で燃やされたからだろう。美和は指を入れてそれを書き出すと、ビー玉と一緒に入り口はボロッとすみとなって崩れ落ちた。

「これ」

 思わず言葉がでそうになり、はっと閉じた。

 スカートで煤に汚れた玉を拭いた。するとどうだろう。斯鬼の鈍色の瞳と同じ色をしたガラス玉が現れた。ただのガラス玉ではない。中では細かな泡を含んだ液体がゆっくりと対流しているのが分かる。

(これが鬼核!)

 見たこともない鬼核なのに、なぜか確信を持った。美和は強く握ると、そのままポケットに押し込もうとした。

 だが影が美和を覆いかぶさり、顔を上げるとそこには不格好な筋肉に包まれた斯鬼が立っていた。

「さすが巫女。そういうものを探す力もあるってことか」

 美和は手に包んで守るように腹部にあてると、体を二つに折った。こんなことをしても守れないとわかっていたが、それでもこれを斯鬼に私ではならないと思った。

 横目でサグジを見るが、まだ倒れたままだ。

「それを渡せ」

「小鬼、小鬼」

 美和は斯鬼の言葉を無視すると、初めて自分から呼びかけた。それに呼応するように三匹の小鬼が土から顔を出した。だが斯鬼の姿を見るや否や、驚いたように引っ込んでしまう。

「サグジを起こして、お願い」

 それでも自分の願いを告げる。だが斯鬼は隠れてしまった小鬼を見て嘲笑った。

「あんな弱い奴ら、俺が居るのになんかできるわけねぇだろ。ほら、さっさと渡せよ」

 サグジは美和の肩を押して地面に押し付ける。体を小さくしていた美和はゴロンと転がる格好になる。

 サグジはその場に膝をつくとわずかに顔を歪めた。すると鋭い爪のついていた腕が徐々に細くなってゆき、元のサグジの腕の細さにまでなる。

「お前を殺しちゃ元も子もねぇからな」

 言いながら細い方の腕で美和の額を地面に抑え込んだ。そのままわずかに視線を動かすと、細い触手が現れて美和の足を捕えた。強い力で小さく丸くなっていた美和の体が開かれて行く。

「渡す、もんか」

 美和は顔を真っ赤にして、必死に踏ん張った。だが足は伸ばされてゆき、鬼核を守るのはか弱い二つの手でしかなくなっていた。

「何を、している」

 そこに声を上げたのは、目を覚ましたサグジだ。そばには小鬼がおり、美和の願いを聞いてくれたようだ。だがサグジは体を起こすことができないのか、顔だけをこちらに向けてにらみつけている。青白い炎が生まれる。

「見つけたの、わたし見つけた!」

 美和が鬼核を握った手を大きく上にあげた。焼いてくれという意思表示の元に。

 サグジも察したらしく、青白い炎は美和の腕に向かって飛んだ。

「残念だったな! さあ寄こせ。これで俺は自由だ!」

 だが、やはり今の斯鬼にはかなわなかった。斯鬼土壁を起こしてはじいてしまう。

 斯鬼は勝ち誇った面で、美和を正面から見つめて言った。

「これでようやく、お前からも解放される」

 ハハハハハ!

 高らかな笑い声をあげて、上に突き出されている腕をつかみにかかった。だが炎が弾かれた時点で、美和は腕を引き戻していた。素早い斯鬼の腕が美和の腕をつかむ。

 強い力に骨がきしみを上げた。指先から力が抜け、手に持っていた鬼核が落ちる。

「俺の鬼核!」

 銀色にも見える鬼核が落ちてゆく。

斯鬼の喜びに満ちた声が響いたとき、鬼核は美和の口の中にすっぽりと入った。

「んぐっ」

 ひんやりとした感覚。弱い電気を流されたように舌がピリピリとする。

 美和は口を素早く閉じると、そのまま鬼核を飲み下した。

「おまえええええ!」


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