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柳は緑、花は紅  作者: カブトムシ
第四章 あの声で蜥蜴食らうか時鳥《ほととぎす》
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4 最後の葉芽

「協力し合う?」

 美和の声を聴きとめた遥が、嘲笑って声を上げた。

「私たちは眷属以外の存在など、感知しない。鬼のように食いたいならまだしも、人間のように手を取り合うようなことはしない」

 遥は言いながら全ての触手を美和に向かって差し向けた。もちろん斯鬼が前に立って、土の壁を作る。だが触手は何度も何度も同じ場所を貫こうと、ぶつかり続けた。

「その通りだ。そいつはお前にゃ協力しねえよ。他の土地神に従ってんだ。お前を殺せって指示が出てるのに、協力なんかするわけねぇよ」

 不機嫌そうに美和に告げると、斯鬼は手にしている棍棒に力を込める。攻撃を受ける土壁が補強されるが、更に重ねて攻撃を食らう。

「私を殺すの?」

 美和が問いかけると、サグジの琥珀色の瞳がわずかに揺らいだ。

「逃れられない今の状況であれば、それが確実にクスノキを枯らす方法でしょう」

 体の周囲に青白い炎がいくつも灯る。薄暗い部屋が明るく照らされ、斯鬼がぎょっと慌てた顔をしたのがはっきりと見えた。

「やめろ!」

 斯鬼は押さえていた土壁から意識を離すと、棍棒を一振りして美和の方向に向かって突き立てた。机をなぎ倒して土の棘が飛び出して、美和をかすめてサグジに襲い掛かった。

 サグジは飛び下がる。

 更に斯鬼の防御を抜けた触手が、土壁を貫いて斯鬼の横腹を抉り、その部分の霊体が砕け散る。そこで触手は止まらずに美和へと伸びた。

「くそがっ」

 痛みと衝撃に倒れそうになった斯鬼だが、棍棒を杖に踏みとどまり、求めるように美和に手を伸ばした。美和はとっさのことに驚いているのか、それとも誰かが助けてくれるとでも思っているのか、触手を正面からにらみつけていた。

「美和っ」

 殺されはしないだろうが、次囚われてまた逃れられる確証はない。さらに一歩前へと斯鬼が踏み出したが、後から伸びてきた触手が腕を貫いて床へ縫い止めた。

「ぐわっ」

 斯鬼の視界の中で、美和は今にも触手にとらわれるところだった。だが縫い止められた斯鬼が顔を上げたとき、美和はそこに居なかった。

「おのれっ」

 遥の声がして、触手は斯鬼を通り抜けて空中へとめがけて伸びてゆく。

 顔を上げた斯鬼の目に、美和のスカートが目に入った。なぜ上から降りて来るのか意味わからなかったが、美和は傷一つなく斯鬼の前に立った。

 そこにはサグジが爪に炎をともして遥に襲い掛かっていた。

「何とか私が触手の動きを止めるから、斯鬼は遥を止めて」

「まじかよ」

 美和はサグジにくわえられて、遥の触手をよけていたようだ。更に今、サグジは美和を殺すことをやめて、遥に攻撃の手を向けていた。

 一本の触手が美和に伸びて来る。斯鬼は抱きかかえて飛び退いた。

「くそぉっ。支配まではいかないにしろ、まさかサグジの奴を引き込みやがったのかよ」

 状況を考えれば良い子とのはずだったが、斯鬼は吐き捨てるように言って美和をにらみつけた。美和は斯鬼が言いたいことが分かっていたので、そのまま視線を逸らせた。

「協力よ」

 苛立ちのまま肩を強くつかむと、美和が痛みに顔を歪める。斯鬼の肩頬が歪んで笑った。

「ああそうだな。お前の瞳に見つめられりゃ、誰でも惚れこんじまう」

「斯鬼も協力して」

 力強い声だ。するべきことを決めて、はっきりと瞳が前を向いている。

「どんだけお前の目は俺を引きずり込むつもりだよ」

 舌打ちした斯鬼は美和に覆いかぶさると、その瞼の上に口づけをした。物の怪である自分にとっては無意味な行動だ。斯鬼はぷいと顔をそらせて遥を下ろすと、頭を強く掻いた。

「しゃーねぇな」

「いったいなんなのよ」

 美和はそれどころではないと、遥の方を向き直り近づこうとした。ふと、斯鬼の手が伸びて、美和の傷ついたてを握っていた。

 片腕を胸に当てて顔をしかめながら美和を見つめた。

「なんか、お前から離れたくねぇ気がする」

 ぽつりと斯鬼は小さな声で呟いた。

 何のことだと見上げられた視線に、斯鬼は視線をそらすと握っていた手に力を込めた。痛みに美和が顔を歪めると、手を放して背を叩いた。

「お前が本当に止められたら、あいつの体を抑え込んでやるよ」

 意味の分からない斯鬼の行動に不信さを見せた美和だったが、すぐに頷くと机の上へあがった。

防戦一方のサグジに斯鬼が応戦に入る。二人が触手を押さえに回ってくれれば、決して漏れてはこない。だが、ようやくこれで触手が抑えられる程度だ。美和自身も触手が抑えられなければ、斯鬼に遥を抑えることなどできない。

 手の平がずきずきと痛む。少しの間アドレナリンが出ていたのか、痛みを忘れていた。美和は傷口から血が緩やかながらにこぼれていることに気付くと、ペロリと舐めとった見た。

 決して美味しいとも思えない、どろりと粘るような血液。美和が舐めても彼らのように力が満ちることはない。自分の霊力だから当然だろうか。

 美和は二人が触手を振り払い、少しでも近づこうとしている様子を前に、大きく息を吸い込んだ。

 痛い手の平にさらに力を込めた。

『遥、止まって』

 わずかに遥の触手が強張る。サグジが爪で触手を切り取り、斯鬼が棍棒で断ち切る。

『触手を仕舞うの!』

 強く言霊を吐く。サグジが抑え込んだ触手を斯鬼がスバ楽切り落とした。だが触手はまだそこから生まれ出て来る。

だがまだ足りない。

『遥、止まって。その場に止まりなさい!』

 強く強く、これでもかと言霊を遥に向けて吐いた。

 触手が固められたかのように動きを止めた。その瞬間を二人は見逃さず、三本ずつ触手を床から生えている根元から切り落とした。守る盾のなくなった遥が一人そこに立っている。

 斯鬼が床を蹴って飛びかかった。

「うるさいっ!」

 だが斯鬼が遥に届く前に、怒声を上げた遥の眼前に触手が二本再び伸びた。斯鬼は顎を殴られたようにのけぞり、その場からバックステップする。

 顎が目元へ向かって切り裂かれており、砕けた霊体が空中に散った。

「斯鬼!」

「集中しろ!」

 ぎょっとして美和が叫ぶと、斯鬼が叱責を飛ばした。

 斯鬼の傷口は閉じる。まだ霊力がある証拠だ。こうしている間にも触手はさらに生み出されて、サグジの足を貫いた。だが向かう気を失うことなく、触手を噛み切る、触手を燃やす。

 一刻も早く、自分の役目を果たさねばならない。美和は深く深呼吸すると、机の上を飛び移って遥へとより近づいた。

「あんま近づいてくんな!」

 斯鬼が声を上げる。だが美和はそ知らぬふりをして、さらに一歩近づいた。

「遥、遥はるか」

 美和は幼馴染の名を何度も口の中で唱えた。そして喉がつぶれるほどに力を込めて叫んだ。

『とまれえぇっ!』

 空気が震える。斯鬼とサグジの体も一瞬動きを止めるほどの言霊が、遥の体を捕える。

「ぐっ」

 遥がうめき声を漏らした。サグジが炎を生み出して遥の周囲にひいた。サグジが生み出せる小さな結界のようなものだ。囚われた遥は怒りに瞳を燃え上がらせて、腕を振るわせながら動かして、二の腕を掴んだ。

「まだ動けんのかよっ」

 斯鬼が飛びかかり、遥の肩を掴んでそのまま後ろへ押し倒す。倒れていく最中、遥の顔の横から触手が一本生えてきて、斯鬼は大きく体を後ろへそらせた。

 遥は背中から床に倒れると、空気が肺から絞り出される苦しさに呻いた。

『動かないで!』

 美和が机から飛び降りてまた一歩近づくと、強く言霊をかけた。遥は体をしならせ、そこに斯鬼が上から棍棒を持ってそばに突き刺した。土が盛り上がるとまるで手錠のように遥を縫い止める。

「長くは持たねえぞ」

 見た目に体を押さえつけているように見えるが、どちらかといえば霊力をもって遥の動きを封じていた。

 斯鬼の言葉にサグジが遥を上から見下ろす。そして人型へと変化すると、遥が二の腕を掴んでいる手を強い力で引きはがしにかかった。

『遥、動かないで』

「ぐ、ぐ、ぐ」

 遥は引きつり歪んだ顔で美和をにらみつける。

『放しなさい』

 遥が苦しげに呻く。わずかに腕から力が抜けていくのか、サグジの力が強いのか、ゆっくりと二の腕から腕が外れてゆく。

 どれだけ思い切り握っていたのかわかるほど、真っ赤に手型がついており、更に赤く膨れ上がっていた。

「本体だ」

 サグジが告げ、赤く腫れあがった部位に手をかけた。

「うわあああっ」

 遥が叫び声をあげる。だがサグジは淡々とした調子て、その二の腕の晴れた部位に指を押し入れた。

 触手が最後のあがきと言わんばかりに吹き出した。斯鬼が棍棒を振り回し弾き、床を叩くと土の棘が触手を貫き返した。

「遥」

 美和が歯を食いしばってサグジのすることを見ている。

 サグジが指を押し入れると、腫れた部分には膿でも溜まっていたのか、クリーム色をした液体が飛び出して来た。

 強い樟脳の香りが周囲にあふれ、鼻が痛いほどだ。

「わたしのおっ、あああうっ」

 遥は叫ぶ。膿に血の色が混ざったとき、サグジは米のような楕円形をした茶色い物体を取り出した。

「芽を……」

 完全に取り出すと共に、遥の体に巻き付いていた根が見る見るうちに崩れ去ってゆく。体の中に入り込んでいたように見えた細い根も共に消えて、肌の引きつりが見る見るうちに消えてゆく。

 首から力が抜けた遥に、美和は飛びつくとすぐさま鼻に触れて息があるかを確認した。

生きているようだ。強い安堵感に、体から力が抜けていく。

 言霊など今の今までまともに使ったことはなかったが、霊力とやらを使っているらしく、全力疾走した後のように体は重くぐったりとしていた。

肩を落として力を抜ききった美和は、サグジの手にあるものを見た。

「それが、本体?」

「そうです。最後の葉芽だったんでしょう」

 ゆっくりと窓を覆い、廊下を覆っていたクスノキの触手が消えてゆく。たとえ本体が残っていたとしても、扱うための器がなければどうにもならないようだ。

「そいつはまた生きてる」

 斯鬼はサグジの手の中から感じる力に、にやついた。

「ええ、燃やし去ります」

 言うとサグジは青白い炎を反対の手に浮かべた。美和は少しばかり切ない表情をすると、小さく頷いた。

 炎の上に葉芽をつまんでくべようとしたとき、突然斯鬼が棍棒で床を叩きつけた。

 床が盛り上がり、土の棘が道のように生えてゆき、先に居たサグジの腕を肩を貫いた。

「ご苦労さん! こんな力あるものを捨てちまう馬鹿がいるかよっ」

 斯鬼が嬉しそうに叫ぶと、腕を貫かれてこぼしたクスノキの本体を素早くつかみ取った。

「斯鬼!」

 信じられないと美和が叫んだ。

「お前ともこれでお別れだな」

 斯鬼はわずかに悲しげな眼を向けたが、次に浮かんだにやりとした笑みの中に掻き消し、クスノキの本体を口の中に放り込んだ。

 美和もサグジも突然のことに何もできず、ただ目を見開いただけだった。

 サグジの口が閉じられ喉が上下する。

クスノキの本体はサグジに飲み下された。


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