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柳は緑、花は紅  作者: カブトムシ
第四章 あの声で蜥蜴食らうか時鳥《ほととぎす》
18/23

2 襲い来る触手

「教室の中に入って!」

 パッと目を走らせただけでも十二人のクラスメイトが巻き込まれていた。

「なんなのこれ! いったい何なの!」

 悲鳴のような声を上げて、穂香が美和の背中に縋り付いて来た。がっちりと服を掴まれて身動きが取れなくなる。

「穂香。きっと大丈夫だから」

「化け物だわ、大丈夫なわけないよ!」

 穂香は激しく体を震わせながら、涙目で美和に助けを求めた。美和は片手で穂香の体を抱気締めた。

 そばでは真鈴がしゃがみ込んで身動き一つとれなくなっている。他の生徒たちも寄せ集まり、ただひたすら美和を頼りにするように見上げて来る。

 何とかできるはずがないと思った。だが美和は皆に向かって笑いかけていた。

「私が何とかする」

「美和」

 耐えるように口元を一文字に結び、穂香は頷いた。だがそばにうねる触手があるのだ、不安は消えずに青ざめたままだ。抱きしめていた手を放して、穂香の頬に触れた。

「穂香、私に協力して。皆をできるだけここから離したい。だからいったん教室に――」

 強い風切り音に美和は目を見開くと、穂香の肩を力任せに突き飛ばした。触手が穂香に巻き付こうとしていたのだ。倒れた穂香にさらに触手が襲いかかる。

 美和には対抗する手段がなかった。ただ庇うように穂香の前に立った。

「馬鹿かお前は!」

 ばんっという音と共に斯鬼が触手を棍棒で弾き飛ばした。それを目の片隅で見ると、美和は穂香の腕を握って立ち上がらせた。

「離れて!」

 美和の言葉にはじかれるように、皆が悲鳴を上げて教室の方へとばらばらと走った。

 だがそちらに向かって触手が伸びた。美和は走って触手を手でつかんだ。

「美和!」

 素手でつかんだ美和の姿に七未が、泣き叫ぶ悲鳴を上げた。

「いいから早く離れて!」

相手は霊体であるため、普通の筋力で対応できるものではない。触手の先端を両手で引きちぎって投げ捨てる。トカゲのしっぽのようにうごめくと、しゅうっと蒸発するように消えた。

だが引きちぎりはしたが、強い不安が美和の胸に宿った。

(斯鬼の言ってた通り)

 今は引きちぎることができたが、昨日のように触手は柔らかくなかった。まるで一本針金を通したかのような、固い筋を感じて引きちぎった方の手がジンジンとしていた。

 さらにどれだけの霊力で維持しているのか、触手は次から次へと伸びて来る。

 教室の端に集まった生徒の方へと、触手が向かってうずくまっている真鈴の腕をつかみ上げた。

「ひぃぃぃっ」

「やめろっ」

 伸びた触手の間へと飛びかかり、力任せに引きちぎろうとした。だが腕ほどもある太い根は簡単に切れない。

 だが何とかしなくては霊力を奪われる。奪われるだけで済むならまだいい。何らかの後遺症が残らないとも言えない。いや、死ぬ可能性もあると聞いた。

「斯鬼!」

 美和は大声で叫んでいた。

 斯鬼は手前で美和に憑りつこうとする触手をさばいていたが、その声に軽く跳躍して棍棒で根を床にたたきつけた。

 真鈴も床に引きずり倒される。

「切れ!」

「お前に切れねェもんを俺が切れるか!」

 生徒たちが真鈴を助けようと、群がって巻き付いている触手を必死に外しに取り掛かる。

「だめっ!」

 皆の行動は正しく思われた。だが相手は実態を持たぬ精霊と呼ばれる存在だ。触手は外れるどころか、人間の精気を感じて、先端部分が細かく枝分かれした。

 生徒たちが悲鳴を上げる。

 細かく分かれた根がそれぞれに絡みついて行く。まさに養分を求めて根を伸ばすように。

 そこに小鬼たちが顔を覗かせた。美和の悲鳴に呼応するように、斧を持って生徒たちを捕えている根に向かって振り下ろす。だが根は固く小鬼たちには切れないようだ。

「美和、こいつらを出すな」

「出すなって言ったって、勝手に出てきてるのよ」

「戻れって命じろってんだよ!」

斯鬼は新たに伸びてきた触手を棍棒で振り払う。

 小鬼たちは斧を振って根を切ろうとしたが、到底かなう相手ではないらしい。ほぼ無傷と言える状態だったが、遥は不快に眉をひそめたのが見えた。

「やめて、遥! お前たち戻れ、戻って!」」

 美和は気付いて声を上げた。だが小鬼たちが講堂するよりも先に、根が鋭く伸びて小鬼たちの体を突き通した。

「もどれっ! もどるのよっ!」

 小さな悲鳴を上げて、二匹はしゅっと蒸発するように消え失せ、他の小鬼たちは怯えたように床に潜って消えた。

 美和は教室の入り口に立っている遥をにらみつけた。あの二匹は死んだのが分かる。美和は目を引きつらせて、力を込めた言葉を吐いた。

『放せ』

 笑みを浮かべていた遥の表情が、美和の言霊に反応して、一瞬凍りついたように固まった。

「げほっ」

「くるしっ……」

 背後では触手の力が溶けて、生徒たちが解放された。だがそれは美和の力ではなかった。遥が故意的に触手を引き戻したのだ。

「うふ、やっぱり巫女だ」

 遥は嬉しそうに、舌なめずりをしながら、自らの触手の感触を楽しむようになでた。

「やっぱり、乗っ取られてるんだね」

 美和は目の前で遥ではありえない、いやらしい表情をする遥に苦しげに顔を歪めた。遥の体であるはずなのに、まるで別人のようだ。

「遥……」

信じたくなかった。この状態になって遥自身はどうなっているのだろうか。

「くるぞっ」

 斯鬼が声を上げた。一本を振り払い、二本を足で抑え込む。さらに迫った三本目を棍棒ではじく。だが四本五本と触手が襲い掛かり、斯鬼は棍棒を地面に突き付けた。床から土が持ち上がって壁となって相手をはじいた。だがすぐに壁は崩れ落ちた。

「とにかく、この子たちを逃がさなきゃ」

 美和は即座に窓に走り寄った。鍵を開けて窓を開ける。わずかな縁があれば隣の教室に移動できるはずだ。泣きじゃくり嗚咽を上げている生徒たちは小さく丸くなって震えている。中には気絶したのか、それとも霊力を奪われたのか、ぐったりとして動かない者もいる。

 一刻も早くこの場から出してやりたい。そう思って開いている窓から体を乗り出そうとして、頭をぶつけた。

「えっ?」

 強い痛みに涙目になるが、それよりもなぜ頭をぶつけたのかと、美和は窓に手をやった。ガラス戸は開いているのに、更に窓があるかのように外へ手を出せなかった。

「な。なにこれ」

 窓もないというのに外へ出られない。斯鬼が吐き捨てるように告げた。

「結界だな。閉じ込められてんだよ」

「うわあっ!」

 美和の足に触手が絡みついた。斯鬼が飛び上がって触手を床へ押さえつける。美和は床に落ちたが、即座に足に絡みついた触手を引きはがしにかかった。

 そこへ穂香と沙由が飛びついてきた。

「引っ張るから!」

「私も!」

 霊力を持たない人間が太刀打ちできるはずがない。だが気持ちがうれしくて、美和は二人に笑みを見せた。

「ねえ美和! こいつら何なの!」

「物の怪、だよ」

 斯鬼が美和に襲い掛かる触手を払いのけるが、五本も六本も一人ではさばけない。手の届かなかった一本が美和に襲い掛かっていた。

 気付いた穂香が、足を囚われたままの美和の前に出た。

「だめ! 穂香!」

 細い首に触手が巻き付く。美和は自分の足にまきつく触手は後回しに、穂香の首にまとわりついた触手に飛びついた。持ち上げられていく穂香の体。霊力を奪われるではなく、窒息死してしまうと美和は青ざめた。

「遥、やめて!」

沙由が震える声で叫んでいた。そして美和と同じように触手に飛びかかった。

「みんな、穂香を助けてよぉっ」

 泣きながら叫ぶと、固まって震えていた真鈴が顔をぐしゃぐしゃにしながら、触手に飛びついて来た。さらに他のクラスメイトも持ち上げようとする触手にしがみつき、沙由が首吊りにならないようにと必死に抑え込んだ。

「お前たち、邪魔だわ」

 残った触手で斯鬼とやりあっていた遥が、視線をこちらに向けて、冷たく言い放った。

 その声と共に穂香を捕えていた触手が大きく膨張した。かと思うと細かな根が飛び出して、網状に広がった。

 網状になった根は廊下を塞いだ触手と同じく、檻となって凝固するとクラスメイト達の体をその場に縫い止めたのだった。

「いやあああっ」

「たすけてえええっ」

 クラスメイト達は壁に縫い止められた形で、泣き叫んだ。

 縫い止められなかった美和は、クラスメイト達の檻に手をかけるが、固くてどうにもならない。

「霊力ってまだ尽きないの!」

 昨夜斯鬼とサグジが闘っていた時は、霊力が尽きたような話をしていたのだが、これだけの行動を起こしておいてクスノキの力は全く弱まるようには見えない。

 遥は檻となった触手を切り離すと、新たに触手を生やす。五本の触手がうごめき斯鬼と美和に襲い掛かった。

斯鬼は棍棒で触手をはじき、床を突く。床が盛り上がって触手の方向を変える。

「外から霊力を得てんだよ!」

 美和は青ざめた。外ということは、今ここに居る以外の生徒たちから霊力を奪い取っているということだ。この中に遥が居るからと言って、誰も安心できないのだと青ざめた。

「ねえ、美和。こっちおいでよ」

 遥は勝ち誇った笑みを浮かべて、床に座り込んでいる美和を見下ろした。美和の足を捕えている触手に力がこもり、美和は引きずられる。

「遥!」

 奥歯を噛みしめた。よく知った遥の顔が禍々しいものに見える。遥の体に巣食うクスノキは土地神だったという話だが、今ではそんな良いものではない。

禍々しく、不吉、忌まわしい雰囲気。

 美和は教室の壁に貼り付けになっているクラスメイトを見つめてから、自分を引きずる触手を持つ手に、さらに力を込めた。

「なんとか、しなきゃ」

「何とかったって、こっちは霊力もうないんだけど」

 言いながら棍棒で触手を振り払う。床を盛り上げる術らしきものは、確かにどんどん小さくなっていた。今では斯鬼は全く使わない。いや、霊力が足りずに術を起こせないのかもしれない。

美和には何もできなかった。奥歯を噛みしめて、目の前で張り付いた気味の悪い笑みを浮かべた遥はにらみつけた。

「おい、泣くなよ」

「泣いてない!」

 倒れた机を蹴って一回転して触手をよけた斯鬼が、涙目の美和を見て困惑したように言葉をかけた。

「頭をぶつけただけ」

 美和は強く目を閉じると、グイッと肩口でうるんだ瞳をぬぐった。

「美和。美和。みわ。巫女のみわ。こっちおいで」

 美和自身に霊力があるため、先ほどの穂香のように、あっという間に引きずりあげられることはなかった。だが小さな遥の手が前に差し出されると、触手に力がこもる。美和の体を引きずる速さが増した。

 遥は顔を歪めて叫んだ。

『とまれ!』

 遥の体が何かに抑えつけられたように、止まる。だがわずかに震えたかと思うと、美和の言霊をはじいた。

「私の苗床。こっちにおいでよ」

『とまれ!』

 ビリビリと空気が震え、斯鬼のほうが動きを止めてしまう。だが同じくして触手の動きも止まっている。

「だめ。私は芽吹く。だからお前の体が欲しい」

 遥は重くのしかかる言霊に抵抗しながら、自らがゆっくりと歩み寄って来る。美和を掴んでいる触手一本に集中しているのか、他の触手は床に落ちている。

「美和。お前の霊力をちょっと食わせろ」

 斯鬼は美和の体に手を回して、体が引きずられるのを止めようとするが、それでもやはり引きずられる。

「なんでっ」

「このままじゃどうにもならねぇだろ。俺が結界を破る」

『とまれっ! とまれ!』

 遥の足をにらみつける。ずずずと地面を擦ってでも近づいてくる。

 斯鬼はさらに言葉を続けた。

「思ってる以上に霊力ありすぎ。こんなもんどうにもなんねぇよ。なら結界を破ってお前を逃がすのが一番の手だ」

「みんなを放って行けって言うの!」

 苛立ちにらみつけると、言霊の威力が外れた。

遥が一歩二歩と近づいてくる。斯鬼は跳ねるように体を起こすと、名一杯力を込めて触手を棍棒で叩きつけた。切れはしないが、触手を貫き床に縫い止める。

「ほかの奴らなんて、知らねえよ!」

「なら無理」

 怒鳴りつけた斯鬼を押しのけ、そこにある棍棒を掴むと体を預けるように立ち上がった。

 遥はすぐそばにまで来ている。

「他にどうしろってんだ!」

 斯鬼の言葉が胸に刺さる。どうにも美和にはできない。

「お前があれに乗っ取られちまったら、何もかも終わりだろうが!」

「乗っ取られたりなんかしないわ!」

「いいや。お前は巫女でも力を扱いきれていない。そんなんじゃ何もできずに食われるね」

「そうだとしても、遥を放ってはいけない!」

「遥じゃなくて、お前が居ることが危ないってのが、なんでわかんねぇんだよ!」

 向き合ってが鳴り合った二人だったが、触手が斯鬼の体にまとわりついたかと思うと、そのまま教室の壁にたたきつけた。

「斯鬼っ!」

 美和が前のめりになって体を起こすと同時に、遥が肩に触れた。

「私の苗床」

 びくつき振り返った視線の先に、遥の嫌らしくにやついた顔があった。長く一緒にいるがこれほど気持ちの悪い表情を見たことはなかった。顔に醜い根が張っているからではない。明らかに別人だ。遥ではない。

美和は反射的に肩にかけられた遥の手首を握っていた。そのまま自分の方へ引き寄せ、もう一方の手で胸元に向かって体重をかける。

 遥の体はバランスを崩して、仰向きに倒れ込む。はずだった。

 だが相手は二本脚の人間ではなかった。床から触手が伸びてきて、バランスを崩しかけた遥を支えた。

「あら、切れてる」

 遥は自由に動いた美和に驚き、自分の触手へ目を向けた。突き刺さっている斯鬼の棍棒の先から、触手が消え失せている。美和も今になって絡みついていた触手がないことに気付いた。

 叩きつけられていた斯鬼が起き上がり、棍棒を抜き取りに走り寄ってきた。だがそれに美和が飛びついた。

「貸して!」

 意味が分からないでいる斯鬼をよそ目に、美和は棍棒を両手でつかんで持ち上げた。かなり重い。だが手にした部分が熱く感じる。そのまま美和はクラスメイトを捕えている触手に向かって振り下ろした。

 ジュッと高熱で断ち切るように、檻となっていた固い触手が切断された。

「おのれ」

 遥が怒りに満ちた声を上げた。

「俺どうすんだよ!」

 斯鬼が武器がないと声を上げたが、どうすることもできずに拳で触手を殴り、蹴り、抑えにかかる。

「あと、もうすこしっ」

棍棒は先端部分が少し大きくなっているために、振り上げるには力がいる。だが両手を使って振るえば、テコの応用で大まかに振り回すことができた。

 さらに力をこめればまるで熱を伝えたニクロム線のように、触手を切断した 

「どうして、邪魔をするの」

 遥がいらだち声を上げる。斯鬼は幾本かの触手相手に、抑え込もうと四苦八苦していたが、さすがに武器がなくては力が使い切れない。

仕方がないと声を上げると着ている服を引きちぎるようにして脱ぎ、器用に霊力を伝えて触手をからめとった。二本の触手を縄とした服で包み込めば動きが封じられる。

「みんな押してっ!」

 大まかに檻の周囲を断ち切ったとき、意識を保っているクラスメイト達が中から強く押した。べりっと樹皮のようにめくれると、皆その中から一目散に逃げ出した。

 クラスメイト達は部屋の端に向かって逃げる。だが廊下も窓も出る場所がなく、彼女たちは一か所に集まって震えるしかなかった。

「しまった!」

斯鬼の声が響いた。簡易の武器ではどうにもならなかったらしい、服を突き破って根が突破してきた。

 根の目的は美和だ。振り向いた美和の腕から触手は棍棒を奪い取るとそのまま、部屋の端へと放り投げた。さらに続いてもう一本が美和の腕に絡みついたかと思うと、そのまま床に向かって叩きつけた。

「げほっ」

「美和っ」

 教室にいたクラスメイト達もまたその惨状に悲鳴を上げた。

「てめぇが死んだらどうすんだよ!」

 斯鬼が怒声を上げたのが聞こえた。胸が痛くてすぐに起き上がれなかった。

 幾本もの触手が美和をからめとろうとしている。斯鬼は間に合わないと判断すると、手じかに居たクラスメイトに目を付けた。

 そして一人を抱きかかえた。

「えっ? えっ? なに……?」

 七未だ。突然見えないものに抱えあげられて、恐怖に声を上げた。

「斯鬼っ」

 必死に呼吸を整えようとするが、その度に胸が痛む。強い言霊を吐いて斯鬼の動きを止めようとしたが、呼吸が整わねばどうにもならない。

 さらに触手が美和の腕、足に絡みつき、身動きがますます取れなくなっていた。

斯鬼は七未を抱えたまま髪を持って顎をのけぞらせると、そのままかぶりつくように口を重ねた。あっという間に七未の腕から力が抜け、腕が垂れる。

 しなった触手が斯鬼を殺そうと鋭く穿たれる。だが斯鬼は足を強く踏み鳴らし、床を盛り上げることで防ぎ切った。

「クソ、こんなもんじゃ太刀打ちなんかできねぇ」

 ごみを捨てるように七未から手を放すと、七未は支えをなくしてその場に崩れ落ちた。クラスメイト達が悲鳴を上げる。更にもう一人のクラスメイトを捕まえると、口を合わせるために覆いかぶさる。

「斯鬼っ!」

更に二人に口を重ねて霊力を奪う。その姿に美和が非難の声を上げたとき、同時に遥が苛立った声を上げた。

「私のものだ」

 遥が苛立った声を上げた。

「ここにあるものすべて、私の栄養だ」

 三本四本と触手が現れて斯鬼に襲い掛かる。だが霊力を採って顔を上げた斯鬼は、棍棒を拾い一回転すると、あっという間に遥に詰め寄った。

「肉を破壊すれば、これほどの霊力も維持できねぇはずだ!」

 棍棒が遥の顔面をとらえた。

「さっさと枯れちまえ」

美和は抑えつけられたまま、やめてと悲鳴を上げた。

「本当に、邪魔、邪魔じゃま!」

 遥の眼前には樹皮のような壁ができており、棍棒はそれを貫くこともできず、はじかれていた。

 押された斯鬼はそのまま美和の元に飛び退いた。

 その時、美和を押さえていた触手が動き出し、背中から斯鬼の腹部を貫いた。

「ぐわっ」

 血は出ない。だがちぎれた霊体が辺りに散ったのが見えた。

斯鬼が思いもしなかった場所からの攻撃に、目を見開いて振り返る。

「斯鬼っ」

「お前本当に邪魔」

 美和の悲鳴と遥の冷たい声が響き、今度は正面から触手が斯鬼の体を貫いた。

腹部に、足に、腕に。

斯鬼は目を吊り上げ歯を食いしばると、手にしていた棍棒に力を込めて床を叩いた。目の前に壁が盛り上がり、その先からは鋭い棘が生み出されて遥に襲い掛かる。

「くそっ、やっぱこの程度じゃ無理だ」

「斯鬼、斯鬼っ」

 腹部を押さえて痛みに呻く。鈍色の瞳が美和を見た。食い入るように見た。その瞳には欲望の色が混じっている。美和はぞくっとして視線をそらしかけた。だが斯鬼が許さずに顔を掴んだ。

「美和。お前を食わせろ」

 確かにもう、どうすることもできない。

斯鬼の体には穴が開いており、霊力によって閉じようとしているが、手ぶれを起こした写真のように見えるだけで、完全には閉じないでいた。

物の怪の命がどうなっているのかは知らない。だが青ざめた面はかなり具合が悪そうだ。放置すれば死ぬこともあるかもしれない。

「俺はお前に惚れてるっていっただろうが」

「私は」

 何よりこのまま斯鬼に力を与えなかった場合、美和はクスノキに乗っ取られてしまう。そのあとは学校の生徒を養分として食ってしまいかねない。

 だが力を与えれば斯鬼は美和を連れて逃げるとはっきりと告げていた。

それでもここで美和が逃げきれば、学校に残った生徒は霊力を絞り採られるかもしれないが、いずれクスノキは枯れる。

被害はこれ以上広がらずに済むかもしれない。

「お前に痛いことはしねぇよ」

「あ」

 返事をする前に斯鬼は美和に覆いかぶさった。

 自分にはどうすることもできない。斯鬼に霊力を与えて、逃してもらうしかない。

美和は斯鬼を悔しげに見上げた。

 その時、突然ガラスが割れる音が教室に響き渡った。


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