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柳は緑、花は紅  作者: カブトムシ
第三章 恋は根尽《こんづ》く
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6 引きずりよせる力

 多くの人間から霊力を奪い取り、足取りの軽い遥は校門を潜り抜けて、辛坂を上ってゆく。

 周りにはたくさんの霊が居る。精霊もいる。物の怪もいる。

たくさんの視線を感じながら、遥は舌なめずりをした。

「集まってる、集まってる」

 遠い昔、この場所は盆地に面した森だった。自分以外のクスノキもたくさん生え、杉、ケヤキ、どんぐりのできるクヌギにコナラ、そしてクリの木など、多種多様な木々が生えそろっていた。

 動物たちも今のようにタヌキやイタチだけでなく、鹿に熊、ヤマネにリスと様々に森を行きかっていた。昼にはタンチョウが空を飛び池へと向かい、夜はコウモリが巣穴から飛び出して狩りをする。人も山菜を採り、動植物を仕留める。

 穏やかな日々が長く続いた。

「楽しい」

 遥は手を上へあげて、薄暗い木々の枝葉の中を駆け回る人の生首、ミミズのような物の怪が枝からぶら下がっている姿を嬉しそうに見上げた。

 昔の活気が戻るようだと、二の腕を押さえた。

「もっと、集めよう」

 たくさん集めて、昔森だった時のように人間だけじゃなく、多くの動物を集めよう。そして、木々の深い森に戻そう。

「もっと、もっと」

 唇を舐めると同時に、周りに居た霊的な存在が、人には聞こえない声で悲鳴を上げた。

「この私が育つ場所は、豊かで暖かでなくては」

 たくさんの霊や物の怪が、何か強い力に引きずられ始めた。どの存在もある一点に向かって引きずられて行く。

 助けを求めるように手や、触手を伸ばす者もいた。だが引きずる力は強大で太刀打ちできずに、引きずられて行くばかりだった。

「もっともっと、集めたい。もっともっと」

 遥は可笑しさを止められずに、声を上げて笑った。

「うふふふ」



「くそ、一体どうすれば」

 切り株のそばで触手に縛られたままのサグジは、力のない狐の姿のままだ。何とかして触手から逃れようと、口で引きちぎろうとしたりを繰り返したが、どうしても抜け出せなかった。

「力が足りない」

 霊力を振り絞って、クスノキを焼こうとして惨敗した今、サグジにはほんのわずかな霊力しかなかった。ちらりとみる尾の付け根には小さな突起があるが、霊力のない状態では尾の復元も難しい。

「……急に、なんだ?」

 周りの竹藪もなく日差しが容赦なく降り注ぐ中で、空気全体が灰色に変化したと感じた。ただでさえ負のエネルギーが満ちていたというのに、そこへ更なる陰の気が渦巻いたのを感じた。

「来た!」

 強い霊力に、クスノキがこの場所に戻ってきたことを感じた。

 それと共に、更にサグジを掴む触手の力が強まった。腕を足を胴を引きちぎるほど力がこもる。

「うっ、ぐぅ」

 呻きながらも必死に抵抗した。少しでも気を抜けば、体がバラバラにされてしまうような力だ。だが強い力にいつまで抵抗できるのかわからず、サグジの面は恐ろしさと、苦しさに真っ青になっていた。

 そこへ力のない人間の霊体が、引きずられるように銀色の防音シートをすり抜けて現れた。切り株に向かって一直線だ。

霊体は、磁石がくっつくように霊体が切り株にぶつかる。それを合図にするように、根元から触手が現れて、霊体を掴んだ。霊体は切り株に体を貼り付けにされる。かと思えば、引き込む力の強さに体が負けて、霊の足がひしゃげた。

「!」

 霊が悲鳴を上げるが、力は止まらずに胴を引きずり込み始め、あっという間に胴は切り株に押しつぶされた。残った頭と伸ばした腕がけいれんを起こしたようにガクガくと震える。それでも触手は動きを止めることなく、左右に頭を切り株に押し付ける。頭も腕もすりおろされ、すべて潰れた。

「このままでは、私がつぶれてしまう」

 ぞっとして、サグジを掴む力に必死に抵抗した。

 次から次へと霊体や物の怪が引きずり込まれ、切り株の上にまるで血を捧げるかのように、押しつぶされて行った。

 サグジの目には切れ切れになった体が散らばって、切り株に覆いかぶさって行くのが見えていた。

「くそ」

 死んだ霊体の塵になるのはごめんだと、サグジはその場に四つん這いになると、こちらへ飛んでくる精霊を口でつかみ取った。

 小さな草木の精霊はなすすべもなく、サグジに飲み下される。さらに現れた小さな物の怪にもかぶりつく。

 少しでも霊力を取り返さねば、何もできずに消えることになってしまう。必死にとらえることのできる霊体を捕え、サグジは飲み下した。

 そして一定量の霊力がたまると、尾が一本体から吹き出すようにして生えてきた。即座にサグジはその霊力を使い、体を膨らませた。巨大な狐の姿へ変化するとどんなものでも断つ鋭い牙を持って、触手にかぶりつく。

 クスノキの力も増しているのか、なかなか切れずにサグジの口から呻きが漏れる。だがサグジの牙がついに触手を断ち切った。炎を吹きあげて新たに巻き付こうとして来る触手を払いのけ、残った触手もすべて断ち切った。

 ケーッとサグジは声を上げると、その場の引力に逆らうように飛び上がり、動いていない重機の上へと逃げた。触手はほかの霊体を捕えるのに忙しく、逃げたサグジには興味を示さない。それを確認すると、サグジの体は小さくしぼんで人間の体型をとった。

「霊力を補給せねば」

 三本あった太い尾は一本になっており、人間の腕ほどの太さしかなくなっている。このままではクスノキを前にしたとしても、あっという間に返り討ちにあってしまう。

「いや……」

 周囲を見回していたサグジは、失望に空を仰いで目を閉じた。

 すぐそばにクスノキの存在を感じ、また同時に斯鬼、そして巫女の存在を感じ取った。この負のエネルギーが渦巻く中で、巫女の力がはっきりと感じ取れる。サグジにも感じ取ることができるのだから、もちろんクスノキも感じ取って、巫女に向かっているに違いなかった。

「戻って補給する時間はない」

 ぐっと奥歯を噛みしめて、サグジは重機の上から校舎の方に向かって足を蹴った。

 校舎からは人間の悲鳴が響き渡っていた。



「うふふ」

 校舎の玄関前に来た時、遥は心地の良い空気を深く吸い込み、切り株の方から流れて来る新たな霊力を感じて、自然と面がにやついた。

 期待にあふれた瞳を二の腕に向ける。

 半袖からのぞく二の腕は、こぶし大に赤く腫れている。だがそれを見た遥は深くため息をついた。

「やっぱり、この体じゃダメみたい」

 今までにないほど霊力を手にしているというのに、まだ足りないのだろうか。

「生えないなあ」

 遥は玄関の中へと目を向ける。たくさんの生気を感じる。今日手に入れたよりも、ずっとたくさんの数がここにはいる。

「うふふ」

 遥は笑いながら職員室の前を通りすぎる。

偶然職員室から女性の教師が姿を現し、二人は顔を見合わせた。

「こら、もう授業は始まってるのよ」

「まずそう。でもいっぱいいっぱい栄養取らなきゃ」

 顔をしかめて見せた女性教師に対し、遥は近づくと、手をトンと教師の肩にあてた。それと共に教師は頭をぐらっと揺らしたかと思うと、その場に倒れ落ちた。

「やっぱ栄養少ない」

 遥はしかめっ面すると、そのまま女性教師を放置してさらに奥へと進んだ。背後では倒れた女性に気付いた教師の誰かが、慌てた様子で声をかけている。

 階段を上って二階へ上がると、手近な教室を覗き込んだ。

「おいしそうなの、一杯」

 ちょうど教室の後ろの扉であったために、遥に気付いたのは扉近くの二人ほどだった。見たことのない生徒だと、不審な目を向けた。次の瞬間、遥は触手を伸ばして十人もの生徒の霊力を吸い上げた。

 突然机の上に昏倒する生徒たち。それを見た生徒がさらに悲鳴を上げた。だが遥は舌なめずりをして、更に十人もの霊力を奪い取った。

「お腹いっぱい」

 残された十人ほどの生徒は、意味が分からず狂ったように悲鳴を上げて、倒れた生徒から離れるように窓際へ、扉の方へと駆けだした。

 隣のクラスからも何事かと、生徒と教師が顔を覗かせ、倒れている生徒の様子にさらに悲鳴の数を増やした。

「でも、食べなきゃ」

 遥は二の腕をさすりながら、当惑してオロオロとするばかりの生徒たちに触手を伸ばした。次々生徒が気絶してゆく。

「巫女、どこ」

 満腹感に大きく息を吐き出し、遥は先へと進んだ。

 廊下を進みながら時折教室の生徒をつまみ食いしては進んでゆく。

 次の教室を覗き込んだ時、すぐそばに強い力を感じてそちらを見た。隣の教室の入り口で不安そうにしている生徒たちの一人に、目が吸いつけられた。

彼女の体からは、力があふれて太陽のように輝いている気がする。遥は眩しそうに眼を細めた。

 美和だ。

「私の苗床、見つけた」

 遥はにやっと口を歪めて笑うと、廊下の先で振り返った美和に向かって足を進めた。


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