4 苗床
遥は制服に着替えて一階に降りると、玄関先に居たヌイが激しくほえたてた。それを一瞥すると共に、根である触手が地面から生えてヌイに向かう。ヌイは驚いたらしく、その場から飛び退いたが、更に生えた新たな触手にとらわれ、そのまま昏倒した。
「まずい」
一言残すと、遥は玄関を開けて歩き始めた。
忙しい午前中ということもあり、住宅街では掃除機の音や布団を干す主婦の姿が見えた。だが外にはあまり人はおらず、遥は二の腕をさすりながら学校へ向かって歩いた。
そこに前から犬を連れた七十代らしい白髪交じりの女性が現れた。遥はかわいらしい顔を歪ませ笑うと、通り過ぎざま触手を女性に這わせた。
女性はあっという間に白目をむいてその場に昏倒する。犬は怯えたように遥を見て吠えるだけだ。
遥は学校へと向かう最中、すれ違う人に触手を伸ばしては霊力を奪い取ることを繰り返していたが、突然、パッと顔をそちらに向けた。
「たくさんの、人の匂い」
小さく声を立てて笑うと、遥は少し横道へそれた。そちらの方向には大学がある。高校とは違って通学の時間帯が違うこともあり、駅から歩いて来た大学生が連なって歩いていた。
遥は唇をぺろりとなめると、列をなして歩いている大学生の中へと向かってゆく。
大学生たちは少し遅い時間に、制服を着た高校生が歩いていることに驚いたようだったが、何も言わず友人らとしゃべりながら、時には一人急ぐように歩いて行く。
「うふ」
遥はいやらしい笑みを浮かべて歩く。歩く傍ら体から根を伸ばしてすれ違う学生たちの霊力を奪えるだけ奪い始めた。
霊力を奪われた人間は、あっという間に意識を失って倒れる。霊力を奪われなかった学生が、急に倒れた人を見て悲鳴を上げた。
「美味しい」
体がどんどん熱くなる。霊力が体の中に蓄積されて行くのを感じる。遥は二の腕を軽くさする。
「救急車をよんで!」
「ちょっと! 大丈夫なの!」
通学路は混乱を起こし、倒れてない学生たちが、倒れた学生を介抱していたり、不安そうに見つめていたりしている。遥はその野次馬の中で、また舌なめずりをした。
「うふふ」
人の混乱を見つめ、自分の中へ満ち溢れる霊力を感じ取り、小さく笑う。
「やだ、昨日もあったんでしょ」
「ショッピングモールだろ。なんか高校でもあったとかなんとかって聞いたけど」
「これって実はパンデミックとかじゃないの」
「だったらここに居るのヤバいんじゃ?」
野次馬たちは不安そうな声を上げながら、倒れた人々を見つめていた。
やじ馬たちの的外れな話をほくそ笑みながら聞いていた遥は、満足そうに吐息を吐いて二の腕をさすると、その場を通り抜けて行く。
「私の苗床に会わなくちゃ」
遥が歩んだ後には、さわやかな樟脳の香りが漂っていた。




