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柳は緑、花は紅  作者: カブトムシ
第三章 恋は根尽《こんづ》く
12/23

2 目を覚ましたもの

 遥は家のベッドの中に潜り込んでいた。

 はっきりと意識を取り戻したとき、自分はなぜか夜の学校で倒れていた。夢遊病なのかもわからず、遥は不安にその場から立ち上がって家へ急いだ。

 夜と言っても車の通りはあり、メイン道路では街灯が煌々とついていた。だがなぜこんな場所に自分が居たのかという不安と恐ろしさ以上に、家へと向かう途中に見かける、白くてぼんやりしたものの存在に、心底震えた。

 足が絡んでその場に泣き伏してしまいたいと思った。だが幽霊は遥に近づいてくる。手足がなかったり、胴体がひっくり返って頭が下にあるような奇妙な幽霊もいた。白くて大きな蛇が体を揺らしながら道を進み、頭だけが空を飛ぶ。地面にでも埋められたというのか、人の手が何本も突き出していたり、どこかで見た触手がうごめいたり。到底まともではいられないと思った。

 遥は叫びならが帰った気もする。泣きじゃくりながら家へ帰った気もする。

 とにかく、不安と恐怖に布団にもぐりこんだ時、手足はドロドロだった。一瞬そのことに気付いたが、すぐに恐怖が勝った。頭から布団をかぶって強く目を閉じる。

 朝起きれば、これは怖い夢だったと思うに違いない。



 朝、母親の声に目を覚ました遥は、ガンガンと痛む頭を押さえながら、顔を洗おうと立ち上がった。床に置いてある姿見が目に入る。

 叫び声をあげていた。

 鏡に映る遥の全身には、足元から顔まで、コゲ茶色そた触手が絡みついていた。絡みついているだけではない、皮膚に食い込んでおり、木に侵されているようにしか見えない。

「どうしたの!」

 叫声を聴いた母親が一階から駆け上がってきた。

 遥はこんな姿を見られたくない、そう思って反射的に布団の中に潜り込んでいた。だが母親は勢いよく扉を開けた。

「何かあった?」

「何にもない。なんでもないよ!」

「すごい叫び声だったじゃない」

 不安そうに布団へと近づいてくる足音が怖い。なぜ体に根っこが絡みついているのか、理解できない。病院に連れていかれるのだろうか、それとも隔離されるのだろうか。いや、もうすぐ死ぬのではないだろうか。

「頭痛いのっ! 今日学校休む!」

「やっぱり病院つれて行くべきだったのかしら。遥、ちょっと顔見せなさい」

「いや!」

 めくろうとした母親から逃れるように、強く布団を掴んだ。だがそれがさらに不安を書き立てたのか、母親は意地になって布団をめくりにかかった。

「休むにしても、様子見せなさい!」

 引っ張るよりも、体ごとひっくり返され、遥は横を向いて体が見えてしまう。全身を隠さなくちゃという思いに、布団を引っ張ると、その拍子に顔が出てしまう。

 青ざめた。木の根が顔に食い込んでいるのを見られた。

「確かに、顔色悪そうね。熱はどう?」

 母親の対応は普通だった。

 もしかして、木の根が体を這っていると見えたのは、寝ぼけていたのかもしれない。遥はぽかんと母親の顔を見上げた。母親は優しげに笑みを浮かべて、子供のころから同じように、額に手を当てて様子をうかがった。

「熱はなさそうね。でも顔色がとても悪いわ。昨日も体調悪そうだったし……。仕方ない。今日は学校休む?」

「う、うん」

 いつもと変わらない母親の対応に安堵を覚えて、少しだけ笑みを浮かべる。

 やっぱり全部夢だったのだろう。

 ぼんやりと見た気がする巨大な狐や、炎。夜中に学校の工事現場にいたこと。全部夢だっ他に違いない。きっとそうだ。

 母親が乱れた布団をきれいに直してくれている中、遥はゆっくりと目を閉じた。まだ頭は痛むが、もう少し眠れば、いつものように体調も良くなっているに違いない。

「あら?」

 母親が不思議そうな声を上げ、遥は布団の中から母親の視線を追った。布団の上や床の上をぐるりと見回した。

「木くず、砂?」

 歩けば足元もわずかに砂利が落ちており、母親はなぜこうも汚れているのかと首を傾げた。布団の上にも乗っている砂に眉を寄せながらはたいた。

 だが青ざめて見つめる遥の視線に、それ以上何も言わずに微笑んで朝ごはんを運んであげると告げて出て行った。

 階段を下りてゆく足音を聞いてから、遥は青ざめて体を起こした。

「夢よ、夢よ、本当であるはずがない。夢だわ」

 鏡の前へ行くが、目を閉じてなかなか開くことができない。だが母親には何も見えていないかったのだ。きっと大丈夫、夢だったんだ、幻覚なんだ。何度も呪文のように繰り返し唱え、ようやく目を開いた。

 鏡の中にいたのは、木の根っこが体に絡みつき、細い根が皮膚に食い込んだ遥の姿だった。

 恐ろしさに胃の中がかきまぜられるような心地がして、遥はその場に四つん這いに倒れると、激しくえずいた。だが何も出て来ず、酸っぱく気持ちの悪い胃液が口の中に広がるだけだった。

「気持ち、悪い。気持ち、悪いよう」

 何度も何度もえずいて、喉がいたくなる。けれど生理的に受け付けられない状況に、体が激しく拒否反応を起こしていた。

「遥! いったいどうしたのよ!」

 物音がしていたのか、母親が階段を駆け上がって、床でうずくまっている遥を抱きかかえた。

 背中をさすられるが、それでも気分の悪さが収まらず、遥は横目で母親を見つめて助けを求めるように呟いた。

「気持ち悪いよう……」

「今すぐ病院に行こう。こんなのおかしいわ」

 額に触れて熱がないことを再度確認し、訳が分からないと母親は青ざめた。

 体に木の根が這っているなど考えたくもなかった。激しい悪寒に吐き気、気味の悪い体。これは幻覚だと何度も繰り返し、頭の中で唱える。

 青ざめた母親はベッドの上から薄い掛け布団を引きずると、遥の体の上にかぶせようとした。

 そこに体にまとわりついてるはずのコゲ茶色をした根が、遥の視界に映った。

「お、お母さん!」

「どうしたの?」

 引きつった声に呼び掛けられ、母親は驚いたように遥を見下ろした。その面は青ざめており、母親のほうが気分が悪そうに見える。

「あっ、あっ! だめ!」

 根が伸びる。どんどん母親の体に巻き付いて行く。

それなのに母親はどうしたのかと、遥のことを心配そうに問いかけてきた。遥は母親に手を伸ばそうとして体を起こした。その時、根がどこから伸びてきているのかを見て、愕然とした。

「は、るか?」

 母親が掛け布団を掴んだ格好で前のめりに倒れる。

「あら、どうしたの、かしら」

「お母さん……」

 遥は両手を口元にあてて、今にも叫びだしそうな口を必死で閉じた。根が遥の足元から伸びて、母親に絡みついていたのだ。母親はそのまま力をなくすと白目をむいて、掛け布団の上に倒れてしまった。

「あっ、あっ……」

 完全に母親が意識を失うと、母親に絡みついていた根がゆっくりと縮み、遥の体の中へと収納されてゆく。先ほどよりもずっと体が熱くなり、わずかに高揚している心地すらする。

「いやだ。なに、なにこれ」

 遥は体を抱いて、恐る恐る横にある姿見へ目を向けた。

 そこに映っていたのは、寝間着から見える肌に絡みつく根。遥を捕えるように根が皮膚に食い込んでいるように見える。

太い根が見える頬に手を当てる。だが鏡にあるような根の感触はない。手に伝わるのはなめらかな肌の感触。だが鏡では太い根が食い込み、細い根を首元、口元、目元へ向かって伸ばしている。

「何よ、これ。なんで、あたし……」

 胸をかきむしって寝間着のボタンを急いで外した。胸にも太い根が這い、細い根が皮膚に食い込んでいる。部屋のカーテンが空いているのも構わず、遥は上半身裸になると、背中を鏡に映した。

 そこにもまた、根が覆っている。

「なんで」

 気持ちの悪い状況に涙がでそうな気がした。

 だが、出なかった。そして気分は悪くなかった。いや、悪くないどころか心地よいと、頭のどこかで感じているのが分かる。

「なんで、なんでこんな、気持ち、いい、の……」

 母親の精気が体の端々に行き渡って行くのが分かる。同時に体の中から意識が摘み上げられ、ふわふわと浮かんでいく心地がする。

「ん、あ……」

 意識が遠のいてゆく中、ふっと樟脳の匂いが鼻をかすめた気がした。



 だが遥は数秒立たずして、ゆっくりと目を開いた。その瞳には不安やおそれは一つもなく、辺りをねめつけるような、苛立たしさをにじませた不快にあふれた瞳だった。

「ここは、遠すぎるわ」

 遥はぽつりとつぶやくと、上半身裸のまま二の腕を見つめた。そこにはこぶし大の腫れがあり、赤く炎症をおこしているようだ。

 軽くその部分をさすりながら、遥は壁にかかっている学校の制服を見上げた。

「あの巫女は学校よね」

 呟いた言葉と共に、遥の口元がわずかにゆがんだ。


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