ケーキとお茶と開店と
私はオーブンを見ながら「わあ」と言う。
旧式の薪オーブンだ。使えないことはないけれど、かなり時間がかかる。最近は魔法石や輝石を燃料に使う魔科学オーブンが主流だったから、まだ残ってたんだなあと少し関心する。
「あのう、カーラさん。ここのオーブンって、全部薪オーブンですか?」
「そうさねえ。そもそも、この島だったら魔科学の商品取り扱っているところが月に一度しかやってこないから、壊れたときに修理も面倒だから、昔ながらの薪オーブンが今も現役さね」
「なるほど」
「使えないかい?」
「いえ! 実家は薪オーブンだったんで!」
農家の子でよかったと思いながら、私はせっせと薪を突っ込んで焼きはじめた。
一応私の加護は使っておこう。カーラさんに見つからない程度にこっそりと。薪オーブンだけだと時間がかかるけれど、加護を使うと熱量を少し底上げしつつ、オーブン内に均一に熱が回るから、焼き上がりも綺麗になる。
続いて、ティーサロンに出すブレンドティーの選択することにした。
疲れているときは、ミルク多めのスパイスティー。シナモンとショウガと茶葉を煮出すのだ。
眠気を飛ばしたいならペパーミントレモンティー。レモンの皮を少し混ぜたペパーミントティーは味が濃い上に、鼻から眠気が抜けていく感覚がたまらない。
美容ならばローズヒップティー。バラの実は栄養が豊富だから、華やかな匂いと一緒にすっきりさっぱりとする。
私がそれぞれを淹れていたら、カーラさんも飲んでくれた。
「はあ……王都って結構洒落たもんが多いんだねえ」
「やっぱりもっとオーソドックスなもののほうがよかったですか? 大麦コーヒーとか……」
「いや? むしろ王都に憧れている年頃の子にはいいかもねえ」
「あれ、ここ結構若い人も」
「いるいる。漁師は割と子だくさんな家系も多いし、ここで燻ってるくらいだったら王都に出て一旗揚げるって子、かなりいるから」
なるほど。なら主婦層だけでなく、そんな若い子たちもターゲットにしてもよさそうだなあ。そう思っていたら、まだケーキも焼き上がってないのにカランと音を立てて人が入ってきた。
「カーラさーん、聞いてくださーい!」
「いらっしゃい。今うちの店子が店をはじめるために試飲会してるところだけど、よかったどうだい?」
「あれ? 店子さんいらっしゃったんですか? こんにちはー」
どうもカーラさんの言っている漁師の家の子らしかった。
洗い古したワンピースに、煤けた茶色の三つ編み。日焼けしてそばかすの浮いたなかなか可愛い子だった。
「いらっしゃいませ。カーラさんにお世話になることにしたミーナです」
「ミーナ……なんか聖女様みたいな名前ですねえ」
「アハハ、よく言われまーす」
思ってるより聖女の名前有名だな。私、自分が把握してないだけでそこまで有名人だったの? 知らない。そうは思いつつ、「よろしかったら、どれかひとつどうぞ。今ケーキ焼いてるところです」と勧めた。
彼女はヒクヒクと香りを嗅ぎ、ローズヒップティーを飲みはじめた。
「酸っぱい……!」
「あー、これ試飲用ですけど酸っぱかったですか? よろしかったら蜂蜜も一緒にどうぞ」
「ありがとうございます……あれ、おいしい。果物みたいな味」
「それローズヒップティーですから。バラの実はジャムとかにも使われますけど」
「ああ、だから果物みたいな味になるんだあ。でもこんなおしゃれな飲み物、王都だったらよく飲むんですか?」
尋ねられて、私は「うーん」と首を捻った。
「忙しいところで働いてたんで、楽しみが飲み物とお菓子くらいしかなかったんですよね。だから、ひとりで王都のカフェやティーサロン巡って、いろいろ飼ったり集めたりしてました」
「はあ、王都も大変なんですねえ」
「ところであなたは? カーラさんに相談あったみたいで、私お邪魔だった?」
一応話を戻すと、彼女は「ごめんなさい!」と頭を下げた。
「いつもの通り家出です」
「はあ……」
「この子はクローネ。しょっちゅう兄貴のところから家出してくるんさね」
「あらま、お兄さんと?」
「はい」
クローネはちびちびとローズヒップティーを飲み干してから、口を開いた。
「うち、両親がしけで死んじゃいましたから。だから兄貴とふたり暮らしなんです。私がいたらいつまで経っても兄貴が結婚できないから、私も働きに出ようとしてんですけど、ずっと仕事を邪魔されて、独立できないんです」
「まあ……」
「ここの言えも難しいのさ。兄貴視点では、クローネを先に嫁に出したいんだろうけど、あれにも既に許嫁いるからねえ。クローネにはまだそんな相手いないから、申し訳ないから家を出ようとするのを、ずっと邪魔されて潰されてるのさ」
「うーん、しけが原因とはいえど、お兄さんが過保護な感じですか?」
「まあ、しけで家族が亡くなる、全滅しかけて生き残るとなったら、生き残った家族への情がどうしても濃くなっちまうからねえ」
それは旦那さんを船の事故で亡くしているカーラさんだから出る言葉だろう。
そう思っていたら、砂時計の砂が全部落ちた。ケーキが焼き上がったんだ。私は棒で薪オーブンの中のケーキを取り出した。そのふかふかしたケーキを、クローネは目をパチパチさせて見ていた。
「これは?」
「王都風のレモンケーキ。よかったら食べてみる?」
「食べたいです!」
本当はもうちょっと焼いたものを置いておいたほうが味が馴染むんだけど、まあいいや。元気のないクローネにあげよう。
まずは私はそれを薄く六等分に切り分け、ひと切れはクローネ、ひと切れはカーラさん、そして私の分に分けて、皆で試食会をはじめた。
うん。ここのレモンは味も香りも強い。オリーブオイルの匂いも綺麗に飛んで、軽い食感だけ残ってくれた。おいしい。成功したなあと思っていたら、そのケーキを食べつつカーラさんが言った。
「あんた、どうせここでティーサロンやりたいんだろう? 看板娘にクローネを雇うのはどうだい?」
「え……私はかまわないんですけど、まずクローネは……」
「え? たしかに島から出ないんだったら、兄貴も大きく反対はしないと思いますけど……」
「まあ、二ヶ月分くらいは家賃免除してあげよう。その間に、あんたたちでしっかり店を繁盛させな」
すごい太っ腹なことを言われたぞ。私は「ひとまず、この島の人たちが好きそうなものを教えて!」とクローネから聞き取りをはじめることにした。




