ティーサロンオープン
その日、ケーキをたくさん焼き、その味見をしつつ、カーラさんとクローネから意見を聞いた。私が「元々漁師の奥さんたちがしゃべれる場がつくりたかった」という話をすると、クローネは腕を組んだ。
「どうなんでしょね? 主婦層は実のところ井戸端会議で間に合ってるところはあります。漁に出てた船が帰ってくるまでは、主婦層も暇なんで、皆で焼いたお菓子を持ち合って、庭でお茶してるんです」
「なるほど……」
「でも、この島で暮らしてるのは、なにも漁師関係者だけじゃないですし。ここにある騎士団の駐屯所の人とか、レモンを買い付けに来ている商家とか、あと牧場の人たちの休み時間ですね」
「牧場? 牧場もあるんだ?」
「ありますよ、乳牛牧場」
なるほど。なにかあったらそこでミルクやバター、生クリームを買いに行けばいいんだな。私はひとまずメモしておきつつ、「お菓子はどう思う?」と尋ねた。
「商家の人たちは、割と王都風のお菓子を食べ慣れていますけど、このあたりだとあんまり小洒落たお菓子を食べる習慣がありません。だから、出すと珍しがられて受けるんじゃないかなと思いますね。あとこの辺だったら大麦コーヒーを飲むのが普通ですから、ハーブティーも珍しがられると思います」
「毎日来てくれたりはするかな?」
「そうですねえ、本当に珍しいお菓子は、存外神殿から持ち込まれるんで、これが王都の流行りなんだなと思ったら受け入れてくれると思います。こちらのお菓子を王都風にアレンジするとかだったら、馬鹿にされてると思って怒るかもわかりませんけど」
「よかった、味が気に入ってもらえるんだったらそれでいいや。馬鹿にするようなことはしないけど、この島で食べられているお菓子は個人的には気になるかな」
ちなみにお菓子の流通には意外と神殿が関係している。
神殿にいる神官たちが自分たちの持っているお菓子や寄付で届いた食材を使ってお菓子をつくる習慣があるし、出張で出向いた先でレシピ交換をして広まっていく。
だから神殿がつくったお菓子が王都から離れた場所で流行っているということも、割と多かったりする。
それを私はクローネと話をしつつ、だいたいの店で並べるメニューを決め、お茶も少しずつ並べて考えることにした。
頑張ろう、ティーサロン。
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ところで、聖女が逃亡したことで、王都の神殿は大騒ぎになっていた。
「あんなにいい縁談のなにが嫌だったの!? あの子には六年間くらい頑張ってくれたから、本当にいい縁談持ってきたのに!」
神官長はかなり狼狽えて泣いていたし、行儀見習いたちも困惑した様子だった。一方洗濯婦たちは褪めきった顔をして洗い物を籠にまとめて通り過ぎていた。
「あ、あの……聖女様、急に荷物まとめて出て行ってしまいましたけど、そんなに聖女の役割奪われるの嫌だったんですかね?」
「ああ、そっか。あなたはミーナのことあんまり知らないから」
「ミーナも民間出身で貴族のしきたりとか全然染まってないからねえ。貴族出身の多い神官とか行儀見習いとかだったら、そういうしきたりだから納得できるだろうけど、民間だったらそりゃ無理でしょ。というか、ミーナの自由人気質は聖女の役職がカセになっていたんだから、公爵令嬢の婚姻のために剥奪されたら、そりゃ自由人気質を留める理由がなくなるんだわ」
彼女たちは皆、ミーナと同じくらいのときに神殿に入って洗濯婦として働いていたのだから、彼女の気質は皆知っていた。行儀見習いたちはほぼほぼ貴族令嬢で固められていたため、彼女の気質を全く知らなかったのである。
新入りの洗濯婦は困惑したまま先輩たちを見る。
「あの……どういう意味で?」
「実家に帰っても居場所がない。そんなのここで働いてる子たちは大なり小なりそうなのにね。だからといって貴族と結婚してもいい具合に生活できない。となったら、今までの稼ぎ持って逃げるでしょ」
「ええ……でも、侯爵様、聖女様のこと好きでしたよね……?」
聖女はほぼ分刻みでスケジュールを埋められていたため、彼女はしゃべった相手のことは忘れなかったが、それ以外の相手のことはほぼほぼ覚えていなかった。
新入りの指摘に、洗濯婦たちが顔を見合わせる。
「ミーナのこと考えたら、言われないと気付かなかったと思うわよ」
「聖女やっているときはわかりにくいだけで、貴族の利権まみれの言動だけワアッと見せられたら、そう簡単に信じられないでしょうし」
「侯爵様、どうするのかしらねえ」
洗濯婦たちがいっせいに声を上げて、あの孤高の美丈夫がどう動くのか、それとも諦めるのかとしばらくの話の種となった次第であった。




